第60話:脳がバグる警備隊と、プリンを食べたいネズミ王
「おい! 今の火柱は何だ!? 国境の森が吹き飛んだぞ!!」
獣人国・国境警備隊の本部は、蜂の巣をつついたような大騒ぎに包まれていた。
空を突くほどの超巨大な火柱。
あれほどの威力の魔法を行使できる存在など、世界を探しても一握りしかいない。
「隊長! 偵察部隊より報告です!」
「状況は!? マリアーレの暗殺部隊か! 敵国の侵攻か!?」
「それが……その……『山のごとき黒竜が暴走したものの、人間(美和)にペシペシと叩かれてオヤツ抜きを宣告され、半獣の子供たちがジャムを舐めて爆笑している』と……」
「……は?」
警備隊長の脳が完全にバグを起こしていた頃
――獣人国の王宮では、また別の『頭の痛い会話』が繰り広げられていた。
◇
「うん、報告ありがとね! 僕もラズ(半獣)の件は何とかしないとって思ってたんだよね〜」
豪華な執務室で、のんきな声を上げる人物がいた。
獣人国を統べる王である。
その向かいでは、気配を殺した一人の男――隠密先輩の父親である狐族の男が恭しく頭を下げていた。
「現在は『甘味の聖母』美和様の元で一時保護されている模様です。引き続き監視を継続いたします」
「うん、半分とはいえ仲間の血が混じってるからほっとけないよ〜」
「しかし……長老達が黙ってないかと……」
「そうなんだよねぇ〜僕も頭が痛いよ〜。あの純血至上主義石頭の老耄たちがさ〜」
「王よ、言葉がすぎます」
呆れたように諌める隠密父に、王様はへらりと笑う。
「おっと、失敬失敬〜。と言うか君の倅、隠密辞めるって騒いでるらしいねぇ?」
「……はい。半人前のくせに、一族を抜けるとまで……」
「君も大変だね〜」
そんな会話を交わしていた二人だったが、ピクニック不参加だったルードヴィッヒの訪問により、空気が切り替わる。
「失礼致します。王、ルードヴィッヒ様がお越しです」
「え!? もうそんな時間!?」
「では、私はこれで……」
案内係の声と同時に、狐族の隠密(父)は煙のように姿を消した。
入れ替わりで重々しい足音とともにルードヴィッヒが入室してくる。
「ルードくんいらっしゃい〜待ってたよ〜」
そう言いながら、小さな身体でチョコチョコと走ってくる王様。
ルードヴィッヒの足元にしがみつくと、必死の形相でズボンをよじ登り始めた。
見た目こそ掌に収まる愛くるしい子ネズミ。
だがその実体は、並み居る猛者たちを力でねじ伏せ、この獣人国の頂点に君臨する『最強の雄』であった。
ルードヴィッヒは盛大なため息を吐き出すと、そっと手を差し出した。
王様は当たり前のような顔でその手の上に飛び乗る。
「ふふ……ありがとうねぇ」
「王よ……私を呼んだ理由は?」
「ん? ん〜、なんかこんなモノがいっぱい届いてさ〜。ルードくんに助言してもらおうかなって呼んだんだ〜」
王が小さな手で指し示したのは、これまで何度も無視し続けてきた『マリアーレ聖教国』からの外交親書の山だった。
「何通も何通もしつこいよね。自分たちの都合のいい時しか僕たちの話なんて聞かないくせしてさ。図々しいと思わない? そのうえ刺客や暗殺者の嵐……僕疲れちゃった。正直言ってあの国チョー嫌い」
「王よ……嫌いと言うだけで外交親書を無視したと? 何度も?」
目頭を押さえ、深々と眉間にシワを寄せるルードヴィッヒ。
「だってさ、上から目線で聖母美和を差し出せって言うんだよ?」
「一度話し合いの場を設けては?」
「冗談! そんなことしたらマリアーレに着いた瞬間、首チョンパされるだけだよあの親子(美和と遥斗)」
「だったらどうしろと?」
「だって僕、聖母が作ったプリンまだ食べてないんだもん!」
「は?」
ルードヴィッヒの思考がピタリと止まる。
「だからプリン食べてない! それに密密カスタードもまだ食べてないんだもん!」
手の上で短い前足をジタバタさせながら、王は真面目な顔で主張を曲げない。
「もんって……王よ。お年を考えて発言を」
「良いでしょ! 見た目は小さくて可愛いネズミなんだから!」
はぁー……と、ルードヴィッヒは本日何度目かわからない溜め息を吐き出した。
まさかの理由に、胃がキリキリと激痛を訴える。
だが、今朝届いたばかりの最新の外交信書を開いた瞬間、ルードヴィッヒの顔から完全に余裕が消え去った。
そこに書かれていたのは――
『聖母と名乗る偽聖母(美和)を直ちに引き渡さねば、我が国は獣人国に対し戦争を開始する』という、明確な開戦通告だった。
(まずい……このままでは戦争一直線だ……!)
頭を抱えるルードヴィッヒの横で、何も知らずに手の上で「プリン〜」と呟くネズミ王の姿があった。
――だが、事態はそれだけで終わらなかった。
さらにその一週間後。
マリアーレ聖教国から、怒号のような圧が込められた『新たな信書』が獣人国へと叩きつけられる。
そこにしたためられていたのは、開戦予告を遥かに超える、開いた口が塞がらないレベルの言いがかりだった。
曰く――
『偽聖母美和が、我がマリアーレ聖教国が誇る聖母カサンドラ様のご子息を誘拐した。直ちに身柄を引き渡さねば全軍をもって踏みつぶす』
「は……? ゆう、かい……?」
あまりの理不尽さと図々しさに、信書を握りしめるルードヴィッヒの手がワナワナと震える。
(虐待し、暗殺部隊まで放って切り捨てようとした挙句、逃げ出したノアを『誘拐された』だと……!?)
「あはは! 僕たちを脅すために、ついにそんな出タラメまで言い出したんだねぇ〜」
呑気に笑うネズミ王の横で、ルードヴィッヒはうめき声を上げて深々と胃を押さえ、限界突破の激痛に今にも倒れ伏さんばかりに顔を歪めるのだった――。
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