第59話:『ラズ』から『レン』へ――からの、空を突く巨大火柱!?
「よし! ジャムのために、野いちご集めるわよー!」
美和の掛け声とともに、森の中で前代未聞の『野いちご争奪戦』が幕を開けた。
「ジャム! ジャム!」
「赤い実を奉納せよ!」
目を血走らせた子狐たちが、目にも留まらぬスピードで森へ散っていく。
もはや手摘みなどというレベルではない。
そんな子狐コンビの後を追うように、光の束となった精霊たちが茂みを駆け抜け、あっという間に野いちごを刈り取っていく様子は、完全に高性能な農業機械のそれだった。
「あ! まだ青いのや小さい実は採っちゃダメよ!」
「「はぁ〜い!」」
元気な返事が森に響く中、一人だけ焦り狂っている者がいた。
「我も! 我も手伝うぞ! お仕置は大人しく見てたのだ! いい子で待ってた我も参加するのだ!」
暗殺部隊へのお仕置参加を却下されていたルゥが、必死の形相をしながら、ちっちゃな前足で籠を掴み持ち、野いちごの元へと猛ダッシュする。
だが――
「ルゥ……力加減! 潰れてジャムどころかジュースになっちゃってるから!」
「ガーーン!?」
ショックでその場に崩れ落ちるルゥ。
そんなカオスすぎる光景の中で、小さなカゴを持たされた半獣の子供たちは、呆然と立ち尽くしていた。
「俺たち……さっきまで刺客に殺されかけてたよな……? なんで野いちご摘んでんだ……?」
「美和が笑ってるからそれでいいんだろ。お前たちも安心しろ。悪いようにはしないから」
レオの呆れを含んだ言葉に、ノアを含む半獣たちは思わず美和を見つめ、お互いの顔を見合わせる。
そして、自分たちに向かって手を振り、優しく笑いかける美和と遥斗の元へとおずおずと歩み寄った。
「ねぇ、見て! この苺、ハート型! 食べてみて! 甘酸っぱくて美味しいから!」
「おいち〜!」
美和の言葉を真似する遥斗の可愛さに釣られ、緊張が解けたように微笑み合う半獣の子供たち。
森の中に、穏やかで温かい空気が流れていた。
◇
「はい! 大収穫ね! 精霊さんたちもありがとー!」
集められた山盛りの野いちごを前に、美和はお鍋と簡易コンロを取り出した。
(ふふふ〜! 市場で見つけた冒険者のための必需品! 少し値は張ったけど、買って大正解! これでどこでも調理ができるわ!)
ぐつぐつと煮詰められていく野いちごの甘酸っぱい、幸せな香りが森いっぱいに漂い始める。
「うわぁ……」「いい匂い……」
鍋を囲み、精霊たちだけでなく、猛者たちも、そして半獣たちもゴクリと生唾を飲み込んで見つめていた。
「はい、出来上がり! 熱いから気をつけてね〜」
出来上がった特製ジャムを、今朝作って持ってきたお茶入りポットにたっぷりと入れ、しっかりと混ぜ合わせてからコップへと注ぎ、半獣の子供たちに手渡す。
おそるおそる、コクリと飲み込んだ子供たちの目が、大きく見開かれた。
「んむ……っ!? う、うまぁぁぁいっ!!」
「甘い! 甘くて、ちょっと酸っぱくて……すごく美味しい!!」
泥を舐め、ゴミを漁るように生きてきた彼らにとって、それは生まれて初めて味わう『甘くて優しい味』だった。
ボロボロと大きな涙をこぼしながら、夢中でコップを傾ける子供たち。
その姿を、美和は愛おしそうに見つめていた。
◇
ノアの熱もすっかり下がり、疲れが出たのか半獣の青年の背中ですやすやと寝息を立て始めた頃。
空腹を満たした青年に、美和が優しく向き直った。
「お腹、いっぱいになった?」
「あ、ああ……御馳走様でした……」
深々と頭を下げる半獣の青年に、美和はふふっと微笑む。
「そういえば、あなたたちの名前を聞いてなかったわね? なんて呼べばいいかしら?」
「名前……」
問いかけられた瞬間、青年はぎゅっと胸元を握り締め、力なく俯いた。
「名前なんて……ないよ。俺たちは全員『ラズ』……ゴミだの出来損ないだの呼ばれてただけだ。誰も俺たちに名前なんてくれなかった」
自嘲気味に笑い、諦めきった目を向ける青年。
だが――次の瞬間。
ポンッ。
温かい体温が、青年の頭に触れた。
誰かに優しく頭を撫でられるなど、生まれて初めてのことだった。
「え……?」
見上げると、美和が柔らかく微笑みながら青年の頭を撫でていた。
その瞳には、溢れんばかりの温もりと、決して揺るがない強い光が宿っていた。
「そんな悲しい呼び名、私が綺麗に上書きしてあげる!」
「う、上書き……?」
「そう! あなたは……そうね。まっすぐで、澄んだ綺麗な目をしてるわ。今日からあなたの名前は『レン』よ!」
(レン……?)
「レン兄ちゃん……!」
「格好いい名前……!」
周りの子供たちがワーッと歓声をあげる。胸の奥が、カッと熱くなった。
「俺は……ゴミじゃない……? ラズじゃなくて……レン……?」
「当たり前じゃない! あなたは大事な仲間を守ろうとした、かっこいいお兄ちゃんよ。ラズなんて二度と名乗らせないわ!」
優しく微笑む美和の顔が、滲んで見えなくなる。
ポタポタと、自分の膝の上に大粒の涙が落ちていく。
壊れた蛇口のように涙が止まらなくなったレンを、美和はそっと抱きしめた。
「よく頑張ったね、レンくん」
「っ……う、あぁぁぁっ……! ありがと……ありがとう……っ!!」
弟を失い、世界から拒絶され、泥を這いずり回ってきた青年の絶望が、温かい腕の中で溶けていくようだった。
◇
――と、そんな感動的な空気で綺麗に締まるはずだったのだが。
ドッカーン!!!
突然の大爆風と凄まじい衝撃音が森に響き渡った!
「ふざけるなぁぁぁ! 我の! 我のジャムぞ! おのれぇぇぇっ!」
『キャハハッ! クフフッ!』
「な、何ごと!?」
突然の爆音と咆哮に、美和は飛び跳ねるように立ち上がる。
視線の先には、黒い鱗の身体を怒りで真っ赤に染め上げるルゥの姿があった。
「おのれぇ! 許さん! 殺す! 死ねぇぇぇ精霊共ッ!」
小さなルゥの身体が、見る見るうちに山のごとき巨大な姿へと変貌していく。
「我の! 我のジャムをぉぉぉぉっ!」
「キャァァァァ!」
「ひぃぃぃぃっ!?」
「落ち着けルゥ!」
少し目を離した隙に、精霊たちがワラワラとルゥの顔や頭へ大殺到していたのだ。
しかも、その中の1匹の精霊の手には、ルゥのモノらしきジャムの容器が握られている。
それを見せびらかすように、ルゥの目の前を行ったり来たりと飛び回っていた。
精霊の後を追うように、ルゥの巨大な目玉が左右へと動く。
その瞳孔がスーッと細まり、殺意に満ちた縦のラインへと変化した。
そして――
「消し炭になれぇぇッ!!」
一瞬ののち、ジャムを持つ精霊に向かって放たれる巨大な火の塊!
ドカンッ! と直撃だった。
空へと突き抜けるルゥの超巨大な火柱は、遥か遠くの獣人国からでもはっきりと目視できるほどの規模だった。
(当然、その謎の巨大火柱を目にした獣人国が大騒ぎになったのは言うまでもない。)
直撃を受けた精霊は即死かと思われた。
しかし、轟々と音を立てていた火の塊が鎮まり消えた、次の瞬間――
『きゃ〜はははは!』
消し炭どころか傷一つなく、精霊がケラケラと笑いながら飛び出してきた!
だが……その手からジャムの姿は消えていた。
「わ、我の……我のジャムが……っ」
そう。消し炭となったのは、ルゥのジャムただ一つだったのだ。
『もう一回〜!』と言わんばかりに、無傷の精霊がルゥの顔の周りにまとわりつく。
「クッ……おのれ……不死身の精霊共め……!」
「ちょっ……!? ルゥ! 何しちゃってんの! ストーップ!」
美和の叫び声に反応し、ルゥの動きが一瞬ピタリと止まる。
そしてブルブルと震えたかと思えば、次の瞬間――ポンッと音を立てて元の小さな姿へと戻った。
「美和ぁぁぁ! 酷いのだ! アイツらが酷いのだぁぁぁ!」
そのまま美和の胸へと弾丸のようにダイブするルゥ。
「我が楽しみにして取っておいた美和特製ジャム酒をぉぉぉ!」
エグエグと涙を流して訴えるルゥ。
どうやら精霊たちが悪戯をしてジャム酒を奪ったのが原因だったらしい。
美和はハァーと深いため息を吐きながら、精霊たちに向き直る。
「こらぁ! ルゥに謝りなさい!」
しかし、危険を察知したのか、そこには塵一つ残さず姿を消した精霊たちの虚無があるだけだった。
「そうなのだ! 我に謝るのだー!」
美和は威張るルゥの頭をぺしっと叩いた。
「と、その前に! ルゥも! みんなが怖がるでしょ! 無闇矢鱈と火を吹いちゃダメでしょ!」
「す、すまんなのだ……わ、わざとではなく……美和、怒るななのだ。」
美和の怒り顔に焦ったルゥは、ヘラヘラと笑いながら口を滑らせた。
「いや、だが、美和……怒ると皺が増えるぞ? 気にしてたではないか! 小じわが増えるぞ?」
「……う、うるさぁぁぁい! オヤツ抜きっ!!」
「そ、そんなぁぁぁ!? 美和ぁぁぁ!」
「めっ! めっ! ぬき〜!」
レオに抱かれた遥斗が可愛く「めっ!」と真似をすると、堪えていた周囲からドッと爆笑が巻き起こった。
「「「あはははっ!」」」
感動的なシーンからの突然の巨竜化と火柱に恐怖するはずが、ルゥをペシペシ叩いて「オヤツ抜き」を宣告する美和の姿に、泣いていたレンも、仲間たちも、お腹を抱えて笑い転げるのだった――。




