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戦えない母は赤ちゃん抱いて異世界にいた  作者: くじら


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第58話:子どもは親の所有物じゃない! おかんの激怒と精霊のクローゼット



ジャム欲しさに暴走する精霊たちの猛攻によって、地面へ叩きつけられていく暗殺部隊。


それを少し離れた場所から見守る獣人の猛者たちは、呆れ顔で腕を組んでいた。


「……俺たち、出番ねぇな」


ビッツが後頭部に手を当てながらつぶやくと、コハクが残念そうに拳を握りしめる。


「準備運動がてらに身体を動かしたかったです〜!」


「狡いです!私もジャム食べたいのに!」


忍びの格好をした隠密先輩も、精霊たちを羨ましそうに睨みつけていた。


「なぁ、レオさん……アレ、ほっといて大丈夫なのかな?」


「……大丈夫……ではないな……」


レオの苦い予感は、見事なまでに的中する。


最初こそ、美和の指示通りに程よく手加減しながらお仕置をしていた精霊たちだったが――


「ハル君、ちょっとオムツ替えようね〜」


美和が遥斗を抱えて少し離れ、完全に目を離したその瞬間。


ピキィィィンッ!


精霊たちの雰囲気が一変した。


キャッキャウフフと無邪気に笑いながら、彼らはそれはそれは楽しそうに、美和が見たらドン引くような『惨殺の一歩手前』の暴走を始め出す。


本来、一般の人間には精霊の姿は見えないはずだった。


だが、度重なる攻撃で死の淵を彷徨わされた弊害か、暗殺部隊の男たちの目には突如として精霊たちの『真の姿』が映り始めてしまったのだ。


「ぎやぁぁぁぁっ!?」


幼い頃、誰もが一度は想像し、妄想して絶望したような悪夢のフォルム。


それが牙を剥いて襲いかかってくる。


「ヒィィ! やめてくれぇ! 来るな、来るなああぁっ!」


さらに、美和から固く禁じられていたはずの『精神攻撃』まで解禁され、男たちのメンタルは崩壊寸前まで追い詰められていく。


そこへ――


「はい、ハル君スッキリしたね〜」


オムツ替えを終えた美和が、ゆっくりとこちらへ目を向けた。


――パッ!


瞬時にそれを察知する精霊たち。


普段は自由気ままで、連携など絶対に取れない連中だ。


傍若無人、自己中心的、唯我独尊。


そんな精霊たちがピタリと動きを止めると、何事もなかったかのように手抜き感満載でピカピカと可愛らしく光り始めた。


「うん、聞きたいことあるし、そのくらいで……」


遥斗を抱きかかえた美和が歩み寄ってくる。


商売道具のおむすびが入ったシートを指差しながら、遥斗をそっとレオへと差し出した。


「レオさん、少しだけ、ハル君のこと見てて欲しいな? アッチにおかわりの『おむすび』もまだあるし。食べ足りてないでしょ?」


ニコッと笑う美和の視線の先では、ボロボロだった半獣の子供たちが、夢中で温かいおにぎりを頬張っている。


(ハル君に聞かせたくない言葉が飛び交うかもしれないし……)


そう考えた美和の配慮だった。


「……わかった。だが、美和、油断するな?」


「大丈夫だって! 俺たちもついてるし!」


「それにアイツら、もう気力も体力もないと思いますよ?」


「です!」


猛者たちの頼もしい言葉に美和は「ふふ、ありがとう」と頷くと、まるで屍のように転がっている暗殺部隊の元へゆっくりと歩み寄った。


静かにかがみ込み、虫の息になっているリーダー格の男と向き合う。


「ねぇ、聞きたいことがあるんだけど?」


「……下民の女……風情……っ、がはぁ!」


さすがリーダー格と言うべきか、満身創痍でありながらも美和を睨みつけ、蔑む言葉を吐き捨てようとした――その瞬間。


ブワァッ!!


「……っ!?」


黒の精霊が恐ろしいほどの黒い霧を発生させ、リーダーの男を飲み込むように覆い尽くした。


そしてあっという間に、その霧が男の口から体内へとドロリと侵入していく。


「うわっ……」


「それはヤバイだろ……」


引きつった顔で見守るコハク、隠密先輩、そしてビッツ。


黒い霧を発生させた黒の精霊『黒ちゃん』は、チカチカと輝きながら美和の周りを優雅に飛び回る。


その姿はまるで、


(私、偉い? 偉いでしょ? 悪者を黙らせてやったわ! 褒めて!)


とアピールしているかのようだった。


美和はハァーと深いため息を吐き出した。


「黒ちゃん、やりすぎ……」


その一言に、ピタリと動きを止める黒の精霊。


次の瞬間、男の体内に侵入していた黒い霧が、パッと消え失せた。


「ゴホッ! ガハッ……! ゲホッ……っ!」


激しく咳き込むリーダーの男から、美和は暗殺部隊がなぜここへ来たのかを最低限聞き出そうとする。


すると男は血を吐きながら吐き捨てるように叫んだ。


「ソイツを渡せっ! ソイツはカサンドラ様のご子息だっ! カサンドラ様の所有物に手を出せばどうなるかお前らも……」


「……所有物?」


静かに佇む美和は、冷ややかな視線だけを暗殺部隊へと向けた。


「そうだ! ソイツはカサンドラ様の所有物で――」


怒りのあまり、美和の手が思わず大きく振り上がる。


だけど――その手を振り下ろすことはできなかった。


美和はグッと拳を強く握り締める。


「子供は……っ! 子供は親の所有物ではないわ!」


かつて、まだ異世界転移をする前。


遥斗を身篭る前、美和は誰かの『所有物』だった。


元夫は美和を自分に縛り付け、モノとして扱った。


離婚した後に再び現れ、遥斗を奪おうと画策し、泥沼の争いになった。


異世界へ来る直前まで、美和はその身勝手な欲望に苦しめられてきたのだ。


目の前の男も、あの元夫と同じ種類の人間だった。


「誰も! 他人を所有する権利なんて無いのよ! 自分は自分のモノよ!」


その言葉は、暗殺部隊だけでなく、過去の自分自身に向けた叫びでもあった。


大きな黒い瞳に溜まる、大粒の涙。


唇を噛み締め、必死に拳を作って耐える美和の姿に、その場の誰もが息を呑む。


「何を馬鹿なっ……」


「ふっぎゃぁぁぁんっ!」


美和の叫び声に驚いたのか、離れた場所で遥斗が大きな声で泣き始めてしまった。


「あ……!」


その泣き声にハッとした美和は、我に返って周囲を見渡す。


誰もが自分に注目していた。


「あ……はは……あ〜……へへ……ハル君ごめんねぇ〜! 驚いちゃったねぇ」


咄嗟に遥斗の元へ駆け寄る美和。


愛おしそうに遥斗を抱きしめながら、美和はフゥーと長く息を吐き出した。


「……レオさん、ビッツ、この人たち邪魔にならないようにお願いできる?」


振り返らずに伝えたのは、これ以上あの男たちを目にすれば、口汚く罵ってしまいそうだったからだ。


「お、おう、任せろ! ロープでぐるぐる巻きにして転がしとくわ!」


ビッツとレオたちが手際よく、ボロ雑巾のように倒れている暗殺部隊の男たちを縄で縛り上げていく。


沈みかけた重い空気を変えるように、美和がニコッと笑う。


すると、それに釣られるように子狐コンビがソッと寄り添ってきた。


「美和殿、美和殿〜! 野いちご摘みの競走したいですぅ〜!」


「え!? あぁ、そうだった! そうよ、野いちご! ふふ、忘れるところだったわ!」


そこへ、キラキラと瞳を輝かせた隠密先輩が、とんでもなく可愛い顔で見上げてくる。


「美和様〜、あのゴミカスはいかが致しましょうか?」


「ご、ゴミカス!?」


隠密先輩の手には、なぜか殺傷能力抜群のクナイが握られていた。


(そのクナイで何をするつもりなの……!?)


「と、とりあえずクナイは仕舞おうね!?」


キョトンとした顔で見上げてくる隠密先輩


「はぁい!」


キャッキャと笑いながらトコトコと可愛らしく駆けて行く隠密先輩はそれだけで可愛いらしかった。手に持ってるクナイを除いてだが。


呆れつつも、レオが美和に問いかけた。


「美和、コイツら送り返すか?」


「あ、その人達はまだ用事が有るから……黒ちゃんのクローゼットにしまっといて!」


「……美和、良いのか? ソイツら死ぬぞ」


「へ? 大丈夫! 黒ちゃん〜、死なないように保管出来る?」


美和の問いかけに、黒の精霊『黒ちゃん』は俄然張り切ってチカチカと明滅した。


そして――影のような黒い空間を広げると、暗殺部隊の男たちを次々とその中に放り込んで収納していく。


「「「ヒイィィィッ!?」」」


その凄まじい手際と、あっけなく謎の亜空間クローゼットへ片付けられていく暗殺部隊の無様な姿に、レンたち半獣は口を開けて呆然とするしかなかった。


するとそこへ――


(ジャム! ジャム!)


お仕事を終えた精霊たちが、「約束のジャムをくれ!」と言わんばかりに美和の周りでおねだり大行進を始め出した。


チカチカと眩しいほどの光の大群が、美和の腕や肩にすり寄ってくる。


「はいはい! 精霊さん達も野いちご摘み手伝ってね! いっぱい集めてくれたらいっぱい作ってあげるから頑張って! あ! 半獣……ラズさん達も! お手伝いお願いできますか〜?」


恐ろしい精霊の大群を、まるで幼稚園児をあしらうかのように言葉だけで軽くいなしていく美和。


彼女は、先ほどまでの暗い影を微塵も感じさせないほど、パッと明るい笑顔を咲かせた。


(あ、あの恐ろしい精霊たちを……あんな軽くあしらってる……!?)


半獣たちの衝撃は、どこまでも深まるばかりだった――。

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