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戦えない母は赤ちゃん抱いて異世界にいた  作者: くじら


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第57話:半獣の逃亡劇と、ジャムに買収された精霊たち




「ハァ……ハァ……っ! こっちだ、足元に気をつけろ!」


森の暗闇を、死に物狂いで駆け抜ける。


背中に背負った人間の少年――ノアは熱で体が熱く、息も絶え絶えだ。



背中のコイツ(ノア)が誰かに追われていると気がついたのはすぐの事だった。


後ろからは、足音もなく迫る不気味な気配。


マリアーレ聖教国が誇る『暗殺部隊』の刺客たちだ。


その暗殺部隊の腕には黒銀の肩当、そこには白銀でできた羽。


その肩のエンブレムは聖母直属の暗殺部隊の印だった。


誰もが知ってるその印を見たら逃げろと言われてるくらい有名なものだった。


「ちくしょう……! アイツら神殿の奴等かよ。コイツ何しやがったんだ……」


背中のノアをチラリと見ながらチッと舌打つ。


普段なら、もう既に見限って逃げてる頃だった。


だけど、背中の重みがどうしても死んだ弟と重なってしまい、半獣の青年は必死で森の中を駆け抜ける。


仲間の半獣を手助けしながらの逃走は簡単ではなく、既に何人かが暗殺部隊の手によって離脱した。


「……捨てれば良いだろこんな子供……何で、こんな必死になってんだよ……俺は!」


自分に毒づきながら、俺は走りざまに手先を動かした。


ポケットから取り出した細いワイヤーを木々に引っ掛け、枯れ枝の束を仕掛けトラップとして設置する。


さらに、ぬかるんだ泥と木々が鬱蒼と茂る複雑な地形へ仲間たちを誘導し、視界を遮断した。


カサッ――ガシャンッ!


「ぬっ……罠か! 手間をかけさせおって!」


暗殺部隊の足が一瞬鈍る。


俺達が生き残るためには頭を使い使えるモノは使う。


胸の中の貴重な魔晶石を触る。


使おうか一瞬だけ迷う。


運良く手に入れた魔晶石。


ラズの俺では手に入れることすら困難な代物。


それを今、使っていいものか判断が付かなかった。


だが――相手は人を殺すプロだ。


一歩、また一歩と確実に間合いを詰められていく。


「追いつかれた……くそっ、ヤラれてたまるか!」


ついに森が開けた場所へ追い詰められ、俺たちは暗殺部隊に完全に包囲された。


黒装束の男が手榴弾を取り出す。


迷ってる暇など無かった。


魔晶石を放り投げるのと暗殺部隊が手榴弾を放り投げるのは同時だった。


「ゴミどもが、まとめて消えろ」


「が……ハッ!」


俺は歯を食いしばり、ノアを庇うように背を向けた。


手榴弾の爆風に弾き飛ばされるのと同時に、暗殺部隊も俺が投げた魔晶石の爆風に弾き飛ばされた。


獣人の血が混じっているせいか、人よりタフな俺たちは、傷を負いながらも、なんとか暗殺部隊からほんの少しだけ距離を取ることに成功した。


――だが、次の瞬間。


『キャッキャッ、ウフフ』


頭上から、楽しげな小さな笑い声が響いた。


驚いて見上げる暇すらなく、俺たちの足元に突如として『真っ黒な穴』がぽっかりと口を開ける。


「うわあっ!?」


悲鳴をあげる間もなく、全員まとめてそこへ呑み込まれた。


まるで真っ黒な滑り台を転がり落ちていくような感覚。


暗闇の筒を突っ走り――勢いそのままに、ポンッとどこかの茂みの奥へと放り出されたのだった。


「な……んだ、ここ……!?」


音を立てて怖々と進む俺たち。


遠くで水の音と誰かの笑い声。


だけど次の瞬間――


「誰だっ! さては、我の弁当を狙っておる不届き者か!? 握り飯は渡さん! タコさんウインナーも我のモノだっ!!」


黒い身体と小さな羽根を生やした見た事もない生き物と、グルルルと獣の威嚇音が響き渡る。


あまりにも異常な光景だった。


俺たちを見下ろすように立ち塞がったのは、凄まじい圧を放つ強者たち。


その周囲をチカチカと輝きながら飛び交う、おびただしい数の精霊たち。


そして、一目でわかる。彼らはただの獣人じゃない。


獣人国の中でも一騎当千と謳われるような、最高峰の『猛者(上位種族)』たちだ。


(ヒッ……! 殺される……!!)


あまりの威圧感に、俺は血の気が引いて立ち竦んだ。


――だが。


暗殺部隊よりマシだと思ったのは本能だったのか。


次の瞬間、俺は助けを求めていた。


限界だったのかもしれない。


弟と重ねている背中のノアを助けたい一心だったとも思える。


「助けて……くださいっ……」


そんな俺に救いの手が伸ばされる。


その猛者たちの中心、鉄壁のガードよろしく守られていた小さな人影――一人の人間の女性と、幼い子供が、俺たちの姿を見るなり目を丸くして駆け寄ってきたのだ。


「大変! すごい怪我じゃない!!」


「た〜よ〜っ!(たいへん〜!の意)」


「えっ……あ……?」


そこからは、もう何が何だか分からなかった。


怖がる余裕すら与えられないまま、あれよあれよという間にシートへ座らされ、傷口の手当てをされ、温かいスープと『おにぎり』なる見たこともない食べ物を手渡された。


(な、なんだこの美味い食べ物は……!? 毒でも入ってんのか……!?)


最初の警戒なんてどこへ行ったのかと思うほど、ここは居心地が良く、そして温かかった。


ノアはボロボロの体で、藁にも縋る思いで自分たちが置かれた現状を必死に美和という女性に伝えた。


俺もまた、覚悟を決めて自分の口から切り出した。


「……俺たちは、スラムから逃げてきた」


「うん」


ゴクリと生唾を飲み込み、俯きながら伝える。



「俺たちは『ラズ』だ。」


(関わらない方がいい)は、どうしても言えなかった。


俯きながら伝えたのは、俺たちを見る目が変わるのを見たくなかったからかもしれない。


俺たちはゴミだ。出来損ないだ。そう告げれば、どんな人間も蔑みの目を向ける。


だが――美和は首を傾げ、ポカンとした顔で呟いた。


「ラ、ラズ? ……へぇ……」


(ラズってなんだろ? 愛称? ラズベリーに似て可愛い響きだなあ)


脳内でそんな呑気なことを考えていそうなキョトン顔の美和に、呆れたような、けれど温かい眼差しを向けたレオが、そっと耳打ちをした。


「美和、ラズとは『半獣』のことだ」


「あ、そうなんだ! ……で?」


「で、でとは……?」


俺は思わずポカンと口を開けた。


同時に、まだ少女のようにも見える母親――美和を見つめる。


「……」


本当にわかってない表情。


「え?」


「ん?」


普通ならここで忌々しそうな顔をしたり、汚れを見る目で見下すはずだ。


固まる美和を見かねて、レオが再び耳打ちをし、半獣がこの国でどういう扱いを受けているのか、どれほど過酷な状況に置かれているのかを小さな声で簡単に教えた。


それを聞いた瞬間――


「……は?」


美和の顔から、さっきまでの温かい笑みが消えた。


場の空気が、一瞬で凍りつく。


「人間でもない?ゴミ扱い……? 目があっただけで罰せられる存在!?何それ」


「いや、実際、聖母カサンドラの臭いの一言で俺たちは粛清され……」


「粛清……そんな理由で、貴方達やこんな幼いこの子たちを痛めつけて……?」


静かな、けれど地獄の底から響くような美和の怒りの気配に、周りの猛者たち――ルーやレオ、ビッツたちが一斉に殺気を跳ね上げた。


そこへ――空気を全く読まない声が、茂みの奥から響き渡る。


「おいゴミども! ラズの分際で!絶対逃がさんわっ!」


追いついてきた暗殺部隊が茂みから飛び出してきた、その瞬間。


美和はゆっくりと立ち上がり、お弁当の箸をギシッと握りしめながら、冷徹な暗殺者たちを睨みつけた。


「私の考えではこの方々が例の?」


ニコッと笑う美和から怒りの炎が立ち上がる。


ノアを含む半獣達は一斉にコクコクと肯定する。


「……そう」


美和は静かに頷くと、空中にチカチカと漂う精霊たちを見上げた。


「手を貸してほしいんだけど……あいにく私はあなた達の『主』じゃないから、これはただの『お願い』ね?」


だが――気まぐれで悪戯好きな精霊たちは、ぷいっと横を向いて知らんぷり。


そりゃそうだ。彼らの契約主はあくまで息子のハルくんであり、美和はただの『母親』なのだから。


(やっぱりそう来るわよね……)


美和は苦笑しながら、ふと胸の中で呟く。


遥斗の精霊術を使わないと決めていたのは、精霊の力を借りるには『恐ろしい対価』が必要だと聞いたからだ。


だけど――


(対価が必要なら……こっちで決めちゃえばいいのよ!)


美和はぽつりと、けれど精霊たちの耳に届く絶妙な声量で呟いた。


「あーあ、残念。手を貸してくれた子には、大好きな『花の蜜』と『採れたての野いちごで作った特製ジャム』をプレゼントしようと思ってたんだけどなぁ……」


――その瞬間だった。


ピキイィィィンッ!!


空気が一変した。


さっきまで知らんぷりを決め込んでいた精霊たちが、血相(?)を変えて美和の元へ大殺到!


まるで砂糖に集まる蟻のように集まり、美和の周りを覆い尽くすおびただしい数の光。


あまりの密度の高さに、一瞬美和の姿が見えなくなるほどだった。


その中に黒竜も居て、必死にアピールする。

「我も!我もお仕置するのだ!我もジャムが欲しいのだ!」


仲間を守るため? 聖母の怒り?


ちがう、彼らはただ『美和の作る特製ジャムが食べたい』だけなのだ!


精霊たちに埋もれながら、美和の容赦ない声が響く。


「ちょっ……こんなに助けはいらないんだけど!? あ、ルゥは今回はダメよ?」


その言葉にガーンとショックを受ける黒竜のルゥ。


一方、精霊たちは一向に引き下がらない。


「自分にジャムを!」「僕が!」と言わんばかりに光を輝かせ、暗殺部隊の方へと一斉に矛先を向けた。


「ひっ……な、なんだこの精霊の数は……!? 狂っているのか!?」


殺し屋として訓練されたはずの男たちが、あまりの光の暴風に恐怖で顔を引きつらせる。


「あ、殺しちゃダメよ? 亜空間に落とすのもダメ! ん? 四肢欠損は良いか? ダメダメ! 目や口は取って良いか? それもダメだってば! 目も取っちゃダメ! 口も取っちゃ話せなくなる!」


美和がビシッと指をさした。


「それじゃあ……みんな、よろしくね! ただし、痛い目を見るだけで留めること!」


指示が飛んだ瞬間、ジャムに目が眩んだ精霊たちの『怒涛のおねだり(物理攻撃)』が暗殺部隊へ一斉に襲いかかった!


「ヒ、ヒイィィッ!? なんだこの光は――ぐあああああっ!?」


暗殺者たちの悲鳴が森に木霊する。


殺しちゃダメ、四肢欠損もダメと釘を刺された精霊たちは、加減をしつつも(ジャムのために)全力で光の乱打をお見舞いしていく。


死なない程度の攻撃を繰り返していく中で、途中、精神攻撃をしようとする黒の精霊に気付き、美和が制止を掛ける。


「黒ちゃんストーップ! 頭も弄っちゃダメ!」


「あ……あ……」


俺は開いた口が塞がらなかった。


泥と汗に塗れ、死ぬ気で逃げ回っていたあの恐怖の『暗殺部隊』が、ジャム欲しさに群がる精霊の嵐によって、一瞬で文字通りボロ雑巾のように地面を転がり、全滅していく。


ショックで固まるルゥの横で、美和は何事もなかったかのようにパンパンと手を払うと、お弁当のシートへ戻ってきた。


「ふう……お騒がせしました。終わるまでのんびりしましょう? はい、これおかわりのおにぎりね。温かいスープもあるから召し上がれ」


「「「……え?」」」


あまりの規格外すぎる光景と、目の前の『おかん』の温度差に、俺たち半獣はただただ呆然と立ち尽くすしかなかった――。

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