第55話:お話し(物理)をしましょうか
「えっ!? 大変、怪我してる!!」
倒れ込んだ半獣とノアの姿を見るなり、美和は大慌てで倒れる二人に手を伸ばした。
そのノアの後ろから特徴的な容姿を持つ半獣たちが現れる。
「……半獣」
「美和、ソイツら――」
彼らの特徴的な姿を見たレオたちが何かを言いかけるが、美和はそれを遮るように叫ぶ。
「ビッツ、私の鞄から消毒液持ってきて!」
「美和、僕が変わりましょうか?」
「大丈夫! パパッと手当てするから! それにしても酷い怪我だわ……!」
半獣――人間からも獣人からも「蔑みの対象」として虐げられ、奴隷以下の扱いを受ける者たち。
そうとも知らずに、美和は傷だらけの半獣たちへ普通に駆け寄り、甲斐甲斐しく手当てを開始した。
「ッ……!?」
手で触れられた瞬間、半獣の青年は恐怖で身体を跳ねさせた。
だが、美和の温かい手に暴力の気配など一切ない。
青年が背負ってるノアの状態(怪我)に一瞬、美和の手が止まる。
明らかに故意に傷付けられたその姿に美和の心は深い哀しみと怒りに満ちて行く。
しかし直ぐにニコッと笑い優しく声を発する。
「少し滲みるよ〜? いたくな〜い、いたくな〜い! フーフーしようね! はいっ!……ハルくんも、せーの?」
「ふー! ふー!」
美和と抱っこされた遥斗が、一緒になって傷口へ「フーフー」と息を吹きかける。
その瞬間、精霊特製の消毒液が驚異的な治癒能力を発揮し、傷口がみるみるうちに塞がっていった。
「な……傷が……!? え……!?」
「あっという間に終わり! 頑張ったね、偉い偉い!」
撫で回される小さな子供は、信じられないものを見る目で美和を見つめていた。
「さ、次は貴方!」
「お、俺は大丈夫です」
ノアをおぶっていた半獣の青年はビクッとしながら後退する
「大丈夫じゃありません!バイ菌入ったらどうするの!」
「めっ、め〜よぉ!」
遥斗も参戦し小さな掌で半獣の青年をペシペシと叩く。
痛くもなんともない……それどころか、信じられないほど温かい手だった。
忌み嫌われるはずの自分たちに、この幼子すら恐れを見せないことに、青年は胸を打たれる。
本来、自分たちのような存在は触れられることすら嫌悪され、石を投げられるのが当たり前だった。
「あ、あの……! 俺たちにはお返しできるものなど何もありません! ですから、治療していただいても差し上げるモノは……俺たちの身体くらいしか……」
そして青年はゴクッと生唾を飲み込み言い放つ
「俺を奴隷として飼ってください! どんな労働でもしますから……!」
(半獣の俺たちや、明らかに訳ありだと思われるノアを前にしても蔑んだりしないから悪いようにはならないはず)
半獣の青年はそう思いながら声を発したが、美和の慌てふためく声と自分が発した声に反応したレオやビッツ、子狐達やルゥの放たれる威圧に身体を硬直させる。
大人の半獣の青年が必死に頭を擦り付けると、美和は「へ?」と間抜けな声を上げた。
「ど、奴隷!? 結構です! お断りします!」
「な、なら何を差し上げれば……っ!?」
身体を硬直させながらも、半獣の青年は頭を少しだけ浮かせ美和を見つめる。
そして後悔する。
ドス黒いオーラを放つ美和親衛隊。
(美和の下僕じゃなく、遥斗の下僕は我ぞ!byルゥ)
(優しい美和の奴隷?奴隷と言いながら絶対美和の傍に居座るつもりだ!byビッツ)
(隠密の我々を差し置いてこの半獣め!これは何としても阻止だ!断固として阻止だっ!by小狐二名)
(美和に身体を差し上げる……だと?よし、消そうbyレオ)
その各々のドス黒いオーラに気付かない美和は何かを必死で考える。
「差し上げるって言われても……欲しいものなんてないしなぁ……あ! なら!」
困り顔の美和が思いついたように手をポンと叩いた。
「このあと、みんなでお弁当を食べたあと! 食器を洗うののお手伝いと、野いちご摘みを手伝ってほしいの! この近く、野いちごが大量に生えてるって聞いてて!」
「え……? し、食器洗いに、野いちご摘み……ですか!?」
「うん! みんな、手伝ってくれたらすごく助かるわ! 」
「は、はぁ……そんなことで良いんですが?」
「もちろんよ!凄く助かる!ありがとう!」
「美和!我も!我も手伝うのだ!野いちご摘み!我はいちご摘みの名人なのだ!」
半獣に対して感謝の言葉を述べる者など、この世界のどこを探しても存在しない。
半獣たちは呆然と立ち尽くし、やがてポロポロと大きな涙を溢ぼし始めた。
◇
「ルゥ! お弁当開けて、みんなにも食べさせてあげて!」
「えっ……!? 我のタコさんウインナーが減ってしまう……っ!?」
美和に命じられ、黒龍のルゥは重箱を抱え込んで盛大に悶絶した。
だが、美和の「ん?」という笑顔の圧に負け、涙目でおにぎりを差し出す。
「……く、食うが良い……! 美和の握り飯だ……感謝して味わえ……っ!」
渡されたタラコおにぎりを恐る恐る一口食べた瞬間、半獣たちとノアの身体が神聖な光に包まれ、残っていた疲労や内臓の損傷までもが完全に完治した。
「う……うまあああい!!」
「温かい……こんなの食べたことない……っ!」
大泣きしながらおにぎりを頬張る一同。
そんな中、美和はノアをおんぶしていた半獣のリーダー格の青年へ、静かに歩み寄った。
「で、話してくれますよね?」
「……っ。貴女方が良い人だと分かっています。怪我を治してくださり感謝しています。
ですが……あの子のことを知ったら厄介事だと思うかもしれません。
貴女方が危険な目に遭うかもしれません……!
ですので……」
言い淀む半獣の青年の言葉に美和は一言だけ声を上げる。
「大丈夫です」
美和の迷いのない瞳に、青年は息を飲んだ。
「大丈夫だから、私に、私達に話していただけませんか? 決して見捨てたりしません。約束します」
美和は優しく語りかけると、ノアの前へ屈み込み、その小さな肩に手を置いた。
「貴方をそんな風に傷つけたのは……誰?」
美和の瞳の奥には、深い悲しみと怒りが立ち込めていた。
◇
体力が全快したノアは、美和の手をぎゅっと握りしめた。
あふれる感情と伝えたいことが多すぎて、ボロボロと涙をこぼしながら吐き出す言葉は、半分もちゃんとした形になっていなかった。
今までの自分達の環境。
義母に引き取られた経緯。
縛られた人生。
操り人形で道具としか思われてないルチアの事。
折檻され、ボロボロの兄。
醜悪な貴族にされたこと。
お勤めと称した仕事。
ボロボロと涙を流しながら必死に叫ぶノア。
「お母様……嫌だって言ったけど……ヒック、庇った兄ちゃんが、ふぅ……うぅ…。
鞭で兄ちゃん、今にも死にそうで……っ! ルチアも、今回ばかりは酷いことされるって僕……だから一緒にって……っ……」
「大丈夫よ?大丈夫……ちゃんと聞いてるから……」
「ルチアが僕とお兄ちゃんを逃がすために一人で残って……っ!」
ノアの口から語られる、聖母カサンドラのおぞましい折檻。
養子を商品として貴婦人たちに貸し出す悪行。
そして、神殿の闇。
「……」
話し終えるまで静かに相槌を打ってた美和はノアをそっと抱き、労るようにその頭を優しく撫でる。
「頑張ったね……偉い……君は偉いよ」
そう言って小さく微笑む美和。
だが次の瞬間――美和の瞳から、すぅ……といつもの温かな光が消え去った。
柔らかな笑顔は消え、見たこともない『無』――冷徹な真顔がそこにあった。
「後は……私に、私たちに任せてくれるかな?」
静かな、静かな声。
だが、その背後に立つ美和ファミリーの気配が爆発した。
「……美和。あの国、我が今すぐ国ごと燃やすか?」
ルゥの瞳が縦に裂け、黒龍としての絶対的な威圧感が森を揺らす。
「美和、俺たち(獣人)の言葉でこんな言葉がある。
『甘き乳の匂い残る子とて、踏み外せば鉄の拳が教えとなる。』
俺たち獣人は幼い頃より拳でわかり、分からせてきた。何があっても弱者は守るべきもので幼い幼獣でも分かる事を人間が平気な顔してソレを踏みにじむ
一思いに噛み砕いてやろうか?」
レオとビッツが凶悪な殺気を剥き出しにして牙を鳴らす。
「私達は声を掛けて頂けたら、今すぐにでも動きます。」
普段は可愛らしい小狐二人組も瞳を尖らせ毛を逆立て美和の傍へ擦り寄る。
そんな二匹の頭を優しく撫で「私……」声を発した瞬間
――その、絶対的に『踏んではいけない地雷原』へ。
「ターゲット発見。直ちに排除致します。聖母カサンドラ様の為にっ!死ね!偽聖母!」
突如、茂みを引き裂いて現れたのは、マリアーレの最高位暗殺部隊(7名)だった。
「ハハッ、半獣どもの足跡を追って正解だったな! 脱走者もまとめて一網打尽だ! 聖母様に仇なす愚か者どもめ!」
「あの汚らしいログハウスは跡形もなく焼き払ってやったわ! お前を慕う薄汚い獣人もろとも、ここで殺してやる!」
「…………」
ピキ。
暗殺部隊の言葉を聞いた瞬間、美和ファミリーの脳内で、何かが決定的に弾けた。
ログハウスを燃やされたと思い込んだ美和、そして惨劇の元凶を知るもの達
自分の隠しオヤツを狙われたと思い込んだルゥ
美和を『薄汚い偽聖母』と侮辱されたファミリー一同
「……ねぇ、ルゥ」
「なんだ、美和」
「あの人たち……ちょっと『お話し』しようか」
笑顔だが目の奥が一切笑っていない美和の静かな宣言とともに、哀れな暗殺部隊への無双劇(処刑タイム)の幕が上がる――!




