第54話:木漏れ日のピクニックと、無駄な放火
――マリアーレ聖教国が誇る最高位暗殺部隊の7名は、鬱蒼とした森を抜け、ついに目的の場所へと到達していた。
「居ない……どういうことだ? 確かに此処で間違いないはず」
木々に囲まれた開けた敷地にポツンと建つ、一軒の温もりあるログハウス。
だが、気配を探っても人の気配は一切ない。
「だが、聖母カサンドラ様のお言い付け通り、任務を遂行する」
隊長の冷徹な一言で、7名の暗殺部隊はぬかるむ地面を音もなく踏み締め、ログハウスを取り囲んだ。
「我が聖母様より授かりし、聖なる力! 火炎!」
一斉に両手を掲げると、その掌から凄まじい火柱が飛び出した。
7人分の極大火炎魔法。
ゴーッと凄まじい爆音とともに、燃え盛る炎は瞬く間に美和のログハウスを丸ごと呑み込んでいく。
激しい熱風が木々を揺らし、黒煙が天を突いた。
「ふん……任務完了。次に我々は、逃げた子供を追う。散!」
ログハウスが跡形もなく焼き尽くされたと確信した暗殺部隊は、冷酷な残光を残して、蜘蛛の子を散らすように森の奥へと消えて行った。
――暗殺部隊がいなくなったログハウス。
轟々と猛火が立ち込め、木枠が爆ぜる音が響く……はずだった。
じわ……じわじわ……。
ログハウスを包んでいた炎は、なぜか燃え広がるどころか、急速に勢いを失っていく。
まるで、家全体が巨大な『不可視の結界』で覆われているかのように。
そして――。
――シュポ。
拍子抜けするような小さな音を立てて、炎は完全に消え去った。
ゆらりと立ち上る僅かな煙の後に現れたのは……焦げ跡ひとつ、傷ひとつ見当たらない、ピカピカのログハウスだった。
(黒龍ルゥ意図的に張っていた『超高密度魔力膜』のおかげである。ただ、黒龍ルゥは自身の隠し財産、もとい美和お手製のオヤツを後でコッソリ食べようと自身の寝床深くに隠し、そのオヤツを守る為、広範囲にたまたま、張った結界。ただそれだけだった。)
そうとは知らず、暗殺部隊は「ログハウスを焼き払った」と思い込んだまま、子供の行方を追っていた――。
◇
そんな惨劇が起きているとは露知らず。
その頃、美和たち親子と愉快な仲間たちは、森の中を流れる清らかな小川で休憩を取っていた。
「なぁ、美和! もうそろそろ弁当の時間ではないか?」
「もぉ、まだだってば! まだお昼前よ?」
もう何度目かも分からない黒龍・ルゥの催促に、美和は困ったように微笑みながらため息を吐き出す。
「それに、少し身体を動かした方がお弁当も美味しいわ! ほら、水が冷たくて気持ちいい!」
「我は! 水遊びより弁当の見張りをするぞっ!」
ルゥはお弁当の重箱の横にちょこんと座り込み、頑として動こうとしない。
川面からはキラキラと輝く水飛沫が舞い上がり、光の精霊たちが気持ちよさそうにくるくると舞踊っている。
(本来の姿は置いといて。美和の目に映る光の流出はそれはそれは美しかった)
足首まで水に浸かる二匹の可愛い狐――コハクと隠密先輩は、楽しそうにキャッキャと駆け回っていた。
今日は美和の頼みで、獣の姿をしているレオは、大きな身体を行儀よく「おすわり」させ、穏やかな瞳で美和たちを見守っている。
同じく獣の姿のビッツは、美しい白い毛並みを靡かせながら高くジャンプすると、少し深いところへバシャン!と豪快に飛び込み、この時ばかりは年相応にはしゃいでいた。
サワサワと心地よい風が吹き抜け、美和と遥斗の柔らかな黒髪を優しく靡かせる。
「さぁ、ハルくん、パシャパシャ」
美和が遥斗の小さな指先に優しく水を掛けてあげると、遥斗は「キャッキャッ!」と声を上げて満面の笑みを咲かせた。
――だが。
ガサリ。
茂みの奥から響いた不穏な足音に、美和と遥斗以外の全員が、瞬時に警戒態勢をとった。
「誰だっ! さては、我の弁当を狙っておる不届き者か!? 握り飯は渡さん! タコさんウインナーも我のモノだっ!!」
黒龍のルゥはお弁当の入った重箱を両手でガッチリとホールドし、牙を剥き出しにして茂みへ向かって叫んだ。
「グルルルル……」
低く威嚇の唸り声をあげたレオが、一瞬で美和たち親子の前に割り込み、巨体で庇う。
先ほどまで気持ちよさそうに泳いでいたビッツも、全身から水をボタボタと滴らせながら、「ガルル」と鋭い牙を剥いて茂みの奥を睨みつけた。
コハクたち小さな獣も負けじと美和たちの側へ駆け寄り、精霊たちが危険を知らせる警戒音をチカチカとカチカチと点灯させる。
一気に張り詰める緊張感――
(ルゥだけはお弁当を守るのに必死だが)。
その茂みの奥から、フラフラと姿を現したのは――。
「……た、助けて……ください……っ」
ボロボロの布を纏い、血と泥に塗れた者たち。
マリアーレ聖教国のスラム街から命がけで逃げ出してきた、獣人と人間の混血児――『半獣』の者たちだった。
そして、その半獣の青年の背中には、衰忘しきった小さな男の子――カサンドラの息子であるノアが、必死にしがみついていたのだった。




