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戦えない母は赤ちゃん抱いて異世界にいた  作者: くじら


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第48話:地獄の正座説教タイムと、空島からの不穏な影







「――お座りっ!!!」



 美和の絶対遵守の怒声が響き渡ったリビング。


 ついさっきまで血みどろの死闘を繰り広げていた最強の男たちは、その笑顔の圧に完全に魂を引っこ抜かれ、気付けば全員がフローリングの床に綺麗に正座させられていた。


 並んで正座するのは、犬族のレオとビッツ。


 そして、ボロボロになりながらも嬉しそうに尻尾を振っているコハクと隠密先輩(105号)。


 さらにその対面には、空気を読めずに大暴れしていた猿獣人のジィと、その配下である黒ずくめの暗殺集団が、訳が分からないまま、顔には少しだけ不満を浮かべながらも、小さくなって膝を揃えている。


「さて……。誰から言い訳を聞こうかしら?」


 美和はハルくんを背中におんぶしたまま、腕を組んで仁王立ちになり、底冷えするような笑顔で男たちを見下ろした。


 その背後からは、シュルシュルと黒い怒りのオーラが立ち上っている。


「……俺は、お前のお気に入りのカップを守ろうとしただけだ。だから、俺は悪くない」


 普段は寡黙なレオが、美和の視線から必死に目をそらしながら、子供のようにボソボソと言い訳を口にする。


「俺は止めようとしたんです! でもこの妄想ジジイが急に窓を割って突っ込んできて!」


 ビッツも冷や汗を滝のように流しながら、必死に手を振って弁明した。


「ぬかせ犬ころどもが! さては人間の女! お主がルードヴィヒ坊っちゃまを――」


 フンと鼻を鳴らしたジィが、堂々と自身の正義を主張しようと顔を上げた、その瞬間だった。


 ジィの老獪な眼光が、美和の首元に巻き付いている「白蛇」をハッと捉えた。


 その白く美しい鱗、独特の気高き魔力の波長。間違いない。


「――お、おおっ!? 坊っちゃ――」


「ッ!!!!!!(ガタガタガタガタ!!!)」


 ジィが感極まって飛び掛かろうとした刹那、白蛇――ルードヴィヒは、小さな頭を激しく横に振り、血走った眼光でジィを猛烈に睨みつけた。


(黙れ、ジィ。それ以上余計な口を開くな……。


周りを見ろ、この状況が分からんのか。今ここで俺の正体が露見すれば、あの得体の知れぬ女に何をされるか分からん。頼むから空気を読め、その口を今すぐ閉じろ……!)


 声には出せないものの、死に物狂いの凄まじい「無言の圧力」と「懇願の目力」をジィへとぶつけるルードヴィヒ。


 あまりの坊っちゃまの必死な様子に、ジィは「はぐっ!?」と口をへの字に結んで硬直した。


「……ん? 坊っちゃま? 誰のこと?」


 美和が怪訝そうに目を細める。


「い、いえっ! 何でもございませぬ! 最近歳をとったせいかの〜記憶が混雑するのですじゃ! カカカ……」


 冷や汗を流して誤魔化すジィ。


ルードヴィヒは首元で「危なかった……」と激しい胃痛に襲われながら、小さく息を吐いた。


 そんなジィの真横で悪態を付くのはビッツだった。


「耄碌ジジイがボケてんじゃねぇぞ。そもそもこの現状はこの猿がいきなり!」


 ビッツの言葉に大きなため息を吐き出す美和。


「ビッツ、気持ちはわかるけど落ち着いて」


 美和の言葉に、真横のジィを睨み付けながらも大人しく口を閉じるビッツ。


 美和はビッツから視線をジィたちへと向けた。


 その瞳には、何の感情も浮かんでいる様には見えなかった。


 だが、そう見えなかっただけで、美和はすこぶる頭に来ていた。


 笑顔も恐ろしく感じたが、真顔は更に恐ろしいと思う一同。


「で、貴方達はどなたかしら? ――私のトマトとナス、それからお気に入りのベンチを踏み潰して真っ二つにしたのは、貴方たちで間違いないかしら?」


「き、貴様のような人間に……」


「ん?」


 黒ずくめの暗殺者の1人が口を開いた瞬間、ゴゴゴゴ……と部屋の温度がさらに数度下がる。


男たちは一斉にヒッと息を呑み、完全に石化した。


 だが、パッと空気を変え、美和はニコッと笑うと天井に視線を向ける。


「あ、それと、天井でパタパタはしゃいでる精霊たちも。降りてきてそこに座りなさい」


 美和が静かに指を床に向けると、天井で「もっとやれー!」と面白がっていた光の粒子たちは一瞬、その動きを止める。


 だが、誰がお前の話を聞くか! と言わんばかりに再び飛び回る精霊たち。


「きゃははは! くふふ〜」


 だが、


「だーあぁぅ! ……めっ! めっ!」


 ハルくんが手をフリフリした次の瞬間。


 息を合わせたようにその動きをピタリと止め、しゅんとして床へと降りてきた。


 精霊の愛しき子である遥斗の言葉。それは精霊たちにとって絶対的命令だった。


 美和の目には、それはただの「綺麗で無邪気な光の玉」が大人しく正座の列に加わったように見えていた。


 ――だが、もし今の美和に、本来の精霊たちの姿が見えていたら、その場で悲鳴を上げて逃げ出していただろう。


 光の渦の内側にいたのは、片目がなく、衣服は血と泥に汚れ、手足の関節が有り得ない方向に折れ曲がった【見た目が壊れたフランス人形】のような異形の群れだったのだ。


 あるものは髪がなく、あるものは陶器の顔面がひび割れ、カタカタと不気味に歯を鳴らしている。


 この世界の神聖なる精霊たちが、なぜこんな『おぞましい呪い』に満ちた姿に変えられているのか。美和がそれを知るのは、もう少し先の話である――。


「よし、全員揃ったわね。判決を下します。全員で、今すぐ部屋の片付けと庭の植え替えをすること! 一つでもゴミが残ってたら、今日の晩ご飯抜きだからね!」


「「「はいっ!!!」」」


 最強の獣人、国家転覆級の暗殺集団、そして呪われた精霊たちが、美和の一喝で一斉に雑巾とクワを手に取り、涙目でリビングを掃除し、庭を耕し始めるという、最高にシュールな光景が広がった。





 数時間後。


 男たちの血と汗の結晶により、我が家は入居当時よりもピカピカになり、庭には新しくトマトの苗が綺麗に植え直されていた。


「ふぅ、これなら許してあげるわ」


 美和が満足げに頷いた、その時だった。


 バサリ、と家を覆い尽くすほどの巨大な影が差し掛かる。


 そう、家ほどの大きさへと変化をして、エルフェスタへお使いに出ていた最強の黒龍・ルゥだった。


「我、帰還! なりっ!」


 家の上空でバサバサと羽ばたきながら、その巨体を徐々に縮める愛龍のルゥ。


 大事そうに両足で抱えるのは、美和に頼まれていた米だった。


「これでおにぎりなるものが食えるっ!」


 ウキウキとしながらゆっくり美和目掛けて降りていく黒龍。


「あ、ルゥ! お帰りなさーい! ありがとね、お使い大変だったでしょ」


「ふふぅん! 最強の瞬速を誇る我に不可能は無いっ! 朝飯前と言うやつぞ! ふははは!」


 小さく身体を変化させた黒龍は、美和の周りを嬉しそうに飛び回る。


 その傍らで屍のようにグッタリしてる男たちには気付かない。


「ありがとう〜! ご褒美のクッキーが戸棚にあるから食べてね!」


「なにぃ! クッキー!?」


 美和の言葉に、嬉しそうに男たちの横を通り過ぎて、初めて彼らをその視界に捉えたのだった。


「何を寝ておる!? 我がこうも重要な任務に出てたと言うのに、お主ら……まったく! 我を見習うが良い!」


 ヤレヤレと頭を振りながら家の中へと入って行く黒龍。そんな黒龍をジト目で見つめるレオたち。


 そして、庭の片隅で、疲労困憊で灰になっているジィたちは、その最強の黒龍をまるで飼い犬のように飼い慣らす美和の姿を見て、改めて「あの聖母、やっぱり恐ろしい……」とブルブルと震え上がった。



 しかし、その日の夜。


寝る準備を終えた美和の元へ向かう黒龍。


 その縦長の瞳孔を更に細め、真剣な眼差しで美和へと向き直る。


 その瞳の奥に、いつもの無邪気さは一切ない。


 ルゥは部屋の隅でとぐろを巻き眠る白蛇ルードヴィヒの存在を一瞥すると、美和の耳元へ顔を寄せ、低く、地を這うような真剣な声で囁いた。



「――美和。エルフェスタで、不穏な噂を聞いた。人間の国で何やら、きな臭い話が動いているらしい。……気をつけた方がいい」



 ルゥの言葉に、美和の表情がハッと強張る。


 部屋の隅でとぐろを巻いていたルードヴィヒもまた、その不穏な気配を察知したように、冷たい身体を硬直させた。



 昼間の和気あいあいとした劇の終幕に、突如として落とされた、空島からもたらされる黒い影。


 美和たちの日常に、新たなる激動の予感が忍び寄ろうとしていた――。



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