第47話:さよなら私のトマト、ようこそ恐怖の説教タイム
お祭りのような市場での大繁盛を終え、売上金の入った袋をホクホク顔で揺らしながら、美和は家路についていた。
背中には、トルネードポテトを食べて満足したハルくんがスースーと気持ちよさそうに寝息を立てている。
ちなみに、いつもなら朝から影のように寄り添っている最強の黒龍・ルゥは、今日に限って不在だった。
獣人国へ来る途中に立ち寄った天空の民の国、空島『エルフェスタ』へ、美和のちょっとしたお使いを頼まれて出かけているのだ。
「うーん、結局、レオは来なかったなぁ……。まぁ、お昼からで良いって言ったのは私だけど……何かあったのかな?」
そんなことを考えながら、我が家へと近付いていく美和。
だが、家まであと数十メートルという距離に差し掛かったその時、美和の耳に妙な音が飛び込んできた。
ドガァァン! バキィッ!!
「るっせぇクソジジイ!! そこをどけっつってんだろ!!」
「かかか! 往生際が悪いぞ、この薄汚い犬ころめがァァ!!」
「それは!美和のお気に入りのカップ!殺すっ!」
「馬鹿めが!このジィ!まだまだ若いもんに殺されるほど老いてはおらぬわ!」
それは、明らかな建物の破壊音と、教育上ハルくんには絶対に聞かせられないような、口汚い怒声と罵声の応酬だった。
しかも、その声の主たちには、とても聞き覚えがある。
「はは……この音……まさかウチじゃないわよね?」
美和は頬を引きつらせ、乾いた笑みを浮かべてボソッと呟きながら、一歩一歩、恐る恐る足を進める。
パリィィィィィン!!!
その瞬間、美和のお気に入りの1つ、花柄のカーテン付きの窓ガラスが、内側から激しく割れた。
そして窓を突き破り、カーテンごと外へと吹っ飛んできた「何か」
それは、レオによって盛大にリビングから消し飛ばされた、黒ずくめの暗殺集団の一人だった。
「ひっ……!?」
美和が硬直した次の瞬間、割れた窓から、今度はベコベコに形が変形したフライパンらしき物体が、もの凄いスピードで美和の顔面めがけて飛んできた。
「危ない――っ!」
避ける間もない。そう思った刹那、美和の首元からシュルリと白い閃光が走った。
ルードヴィヒの白く美しい尾が、鞭のようにしなってフライパンをガシャァン!! と空中ではたき落としたのだ。
(……なっ!? 俺は今、この猿を助けたのか!? 誇り高き蛇族の長たるこの俺が、なぜ……っ!?)
自身の体が勝手に動いたことに、ルードヴィヒ自身が一番激しく困惑し、小さな頭を抱えてプルプルと震えている。
「……っ、白蛇様ありがとう〜! 当たり所が悪かったら危なかったわ!」
美和は首元の白蛇を優しく撫で、ついに我が家の敷地内へと足を踏み入れた。
そして――家に入る前から、完全に唖然とした。
そこに広がっていたのは、見るも無惨に荒らされた庭だった。
木で出来ていたベンチは綺麗に真っ二つに叩き割れ、美和が毎日楽しみに手入れし、もうすぐ収穫できるはずだった野菜たちは、激しい足跡によって無残に踏み荒らされている。
「あ、あ、私のトマトが……ナスが……」
美和の目のハイライトが、すうっと消えていく。
怒りと絶望で体が震える中、恐る恐る玄関のドアを開け、美和は室内の光景にさらに絶句した。
ボトリ。
お土産に持って帰ってきた、まだ温かいトルネードポテトの袋が、美和の手から床へと力なく落ちる。
リビングは、もはや言葉では表せないほどの惨劇の現場と化していた。
壁紙は引き裂かれ、家具は粉砕され、床には氷の破片と飛び散ったクナイ。
……しかし、その地獄絵図のような空間の中で唯一、壁の一角だけは例外だった。
まるで世界からそこだけが綺麗に切り取られたかのように、ホコリ一つなく手付かずのまま【勾玉と羽】が鎮座している。
だが、リビングの男たちは、玄関のドアが開いた音にすら全く気付いていなかった。
獣人の性なのか、完全に野生の戦いスイッチが入ってしまった野郎共は、好戦的な笑みを浮かべてバチバチにやり合っている。
普段なら寡黙で冷静なはずのレオでさえ、瞳をギラギラと輝かせ、鋭利な爪を惜しげもなく剥き出しにして、勢いよく飛び掛かっている。
その血生臭いカオスの中、呆然と立ち尽くす美和に最初に気が付いたのは、彼らではなかった。
「――っ、聖母様!?」
ボロボロのヨレヨレになりながらも応戦していた、隠密先輩(105号)だった。
その声に反応し、コハクもバッと振り返る。
「聖母さま〜〜!!」
狐の尻尾をブンブンと乱舞させながら、パタパタと美和の元へと駆け寄ってくる隠密ブラザーズ。
こんな状況でなければ両手を広げて歓迎したかった。
だが、状況が悪すぎた。
無邪気な隠密たちとは対照的に、我に返った犬族の二人の顔が一瞬で真っ白になる。
「……ッ!? 美和……っ!?」
「美和さん……っあ!!」
やばい、と本能で察知する二人。
しかし、ここに一人だけ、致命的に空気を読めない猿獣人のジィがいた。
「ハァーーーッ!! 犬ころめ、隙ありィィィ!!!」
ジィは勢いよくビッツへと飛びかかった。
「ばっ、お前空気読め!! 今は……ッ!!」
「かかか! この好機を逃すジィでは無いわい! さぁ、坊っちゃまの居所を吐くのじゃ!」
「まだ言うのかよ、この妄想ジジイ!! って、今はマジでそれどころじゃねぇんだよ!! ……み、美和?」
ビッツの視線が限界を超えて引きつる。
「……怒ってる? のか……?」
恐る恐る美和の顔を覗き込むレオ。
「……(ボソッ)」
「……え?」
聞き取れずに聞き返すビッツ。
ゆっくりと顔を上げた美和の顔には――それはそれは「素晴らしい満面の笑顔」が張り付いていた。
「……お座り」
「へ?」
美和のそのあまりに綺麗な笑顔に、全員が恐怖を通り越してついつい釣られて「ヘラり」と間抜けに笑い返してしまう。
美和は無言のまま、人差し指で静かに床を指差した。
「――お座りっ!!!」
ここから、国家転覆級の暗殺集団と、最強の犬族獣人たちを巻き込んだ、地獄の正座説教タイムが幕を開けるのであった。




