第46話:さわるなきけんの大決戦と、白蛇さまのトルネードポテト
キィィィン!! ドガァァァン!!
美和の留守宅のリビングは、今や完全に戦場と化していた。
縄張りを侵された巨大な番犬の如き圧倒的な威圧感で、鋭い「爪」を突き立てて敵の刃を受け止めるレオ。
対するジィは、猿族の驚異的な身体能力で家具から壁へと縦横無尽に飛び跳ねる。
その壁際の一角には、かつて黒の精霊が美和に贈呈した、国家転覆級の呪いを放つ【勾玉と羽】が飾られていた。
敵も味方も、細胞レベルの生存本能か、「あそこに触れたら死ぬ」と理解しており、そこだけ綺麗に避けながら、凄まじい超次元バトルが繰り広げられている。
しかし、天井の赤の精霊たちが「もっとやれー!」と気まぐれに放った悪戯魔法のせいで、足元が急に氷へと変わった。
「うわっ、足元が!? 精霊ども、勾玉の方に滑らせるなァァァ!!」
「なっ! トラップを避けた先が『さわるなきけん』ですぞ!!皆、気をつけながら犬共を蹴散らすのじゃ!」
暗殺集団の容赦ない猛攻、精霊の悪戯、そして一歩間違えれば即死という極限の緊張状態。
その生存危機の連続が、ビッツの「獣人としての本能」を最悪の形で呼び覚ましてしまったのか。
「――グ、ゥ……ッ、ア、ガァッ……!!」
ビッツの口から、普段の彼からは想像もつかない、地を這うような禍々しい獣の咆哮が漏れた。
白い髪が逆立ち、爪が肉を破らんばかりに鋭く伸長していく。
瞳のハイライトが消え、ギラギラとした野生の狂気が宿る。
人化でもなく、完全な獣化でもない。
桁違いのパワーとスピードと能力を得る代わりに、制御が難しい禁忌の形態――「ビースト化(野獣化)」
まだ自身のビースト化のトリガー(怒りか、恐怖か、あるいは死への危機感か)を解明できていない若いビッツは、この極限状態のなかで、本能に意識を乗っ取られそうになっていた。
衣服の隙間から見える肌が、徐々に人間離れした野獣のそれへと変貌していく。
「ハァッ、ガァァアアアッ!!」
理性を失いかけたビッツが、文字通り「狂犬」と化して敵味方問わず引き裂こうと飛びかかろうとした、その瞬間。
「――っの野郎、こんな時に……ッ!!」
レオが自身の防御を完全に捨てて飛び込み、背後からビッツの太い両腕をガチッとホールドして床に組み伏せた。
「ガァァッ! 離せ、レオッさ、離せェェエ!!」
「耐えろ、ビッツ……! 呑まれるな、牙を引けッ!!」
馬鹿力で暴れるビッツを、レオは全身の筋肉を軋ませながら必死に抑え込む。
その隙を狙って影の暗殺者が上空から刃を振り下ろしてくるが、コハクが「させません!」とクナイでギリギリ滑り込み、火花を散らしてレオたちの盾となった。
「ここで理性失ったらお前、後悔するだろ。冷静になれ!美和の家ごと全部壊しちまうぞ……っ! あいつの帰る場所を、俺たちの手でぶっ壊す気か!!」
レオの魂の叫びが、ビッツの脳裏に「美和の笑顔」を強烈にフラッシュバックさせた。
「美、和……っ、うあ、あガッ……!!」
ハァハァと激しい荒い息を吐きながら、ビッツの爪が、瞳の狂気が、ゆっくりと元に戻っていく。
危機一髪、レオの必死の制止によって、ビッツは理性の側に踏みとどまることができたのだった。
「くそ……すまない、レオさん……助かった……」
「気にするな。それより、あのクソジジイどもを早く片付けるぞ!美和が待ってる!」
お互い一歩も引けない、そして1ミリも話が噛み合わないまま、リビングでの大決戦はさらに激化していくのだった――。
――その頃。
お留守番陣営が血反吐を吐くような思いで戦っているとは露知らず。
活気に満ちた市場の店先では、美和の明るい声が響き渡っていた。
「はーい、いらっしゃい! 新メニューの『トルネードポテト』だよ〜! 串に刺してぐるぐる巻き付いた、サクサクもちもちのポテトだよ!」
美和が今日売り出したのは、じゃがいもを螺旋状にカットして串に刺し、カラリと揚げたお祭りの定番・トルネードポテトだった。
片手で持てて歩きながら食べられる手軽さと、スパイスのいい匂いに、市場の獣人たちが次々と足を止める。
「おっ、美味そうだな! 聖母様、一つくれ!」
「はい、毎度あり〜!」
「トルネードって何ニャ?それにしても美味そうな匂いだニャ!俺にも一つくれニャ!」
「はい!後ろに並んでください〜!」
ハルくんを背中におんぶした美和は、パパッと片手でポテトを揚げていく。
そして、そんな美和の首元には――現在、ひんやり涼しい「白蛇マフラー」として定着させられているルードヴィヒの姿があった。
(……な、なんだ、この妙な形状の食べ物は)
ルードヴィヒは首元からじっと美和の手元を見つめていた。
串に美しく巻き付いたポテトの螺旋。
それは、どう見ても、自身がカゴの中でとぐろを巻いている姿に酷似していた。
「ふふふ! 今日の新メニューは、 この白蛇様の美しい巻き付き方からヒントを得たんだよ〜!大正解だったわ!それに縁起がいいでしょ!」
「おおっ! 本当だ、聖母様の首の白蛇様にそっくりだ! これはご利益がありそうだなぁ!」
(は? 俺の姿から? 蛇族の誇り高き姿を、客寄せに使ったと? どこまでも巫山戯た猿め)
ルードヴィヒは真っ赤になって身体を持ち上げユラユラと揺れ、怒りの抗議を繰り出すが、市場の客からは「うわ〜、白蛇様がこっち見てる! 」と大評判。
さらに大行列ができてしまう。
悔しい。
だが、それ以上にルードヴィヒを苦しめたのは、目の前で次々と揚がっていくポテトの、暴力的なまでに香ばしい匂いだった。
蛇族の本能が、その美味そうな匂いに激しく揺さぶられる。
(くっ……ただの芋のはずだ。なのに、なぜこんなにも鼻腔をくすぐる……。いや、惑わされるな俺。俺はこいつの弱みを握るために……吸い込むな、匂いを吸い込むな俺の鼻……耐えろ。精神を無にするんだ……)
必死に本能と戦い、小さな頭をプルプルと振らせるルードヴィヒ。
そんな彼の苦悩など知る由もない美和は、ポテトの端っこを小さくちぎって、首元のルードヴィヒの口元へ差し向けた。
「はい、白蛇様もがんばって客寄せしてくれてるから、はい、あーん。出来立てでサクサクだよ?」
(バ、バカにするな! 誰がそんな猿の餌など――)
サクッ。
(…………ッ!?!?)
口内に広がったのは、極上のサクサク感と、じゃがいもの優しい甘み、そして絶妙な塩気。
(う、美味い……っ!! 悔しい、悔しいがめちゃくちゃ美味いぞこの芋の螺旋兵器ぃぃ……!!)
この脳天を突き抜ける美味さに、ルードヴィヒはジィが持ってきた、あの柔らかで優しい甘さのクッキーに引き続き、完全に敗北した。
心の中で涙を流しながら、夢中でサクサクとポテトを咀嚼する。
「あはは、白蛇様、気に入ってくれたみたい! 可愛い〜!」
「ばぶー!」
首元で大人しくポテトを食べる白蛇マフラーと、背中で喜ぶハルくん。
市場の店先には、世界が平和で満たされたかのような、のんきで温かい時間が流れていた。
◇
一方その頃、美和の家。
ドゴォォォン!!!
「おのれぇぇ! 坊っちゃまをどこへ隠した!犬どもめ!!吐け!」
ジィの放った一撃がリビングのテーブルを粉砕し、レオの額に青筋が浮かぶ。
「……おい。坊っちゃまが誰だか知らねえが、ここには居ねえって言ってるだろ。……チッ、テーブルの脚が折れたじゃねえか。美和にどう言い訳すんだよクソジジイ」
低く、地を這うようなレオの声音からは、ジィの猛攻を受けた時以上のガチの殺気が漏れ出ていた。
家主のいないリビングでは、勘違いが限界突破したまま、未だに血みどろのカオスバトルが繰り広げられているのだった。




