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戦えない母は赤ちゃん抱いて異世界にいた  作者: くじら


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第44話:掌の上の白蛇さまと、ジィのガチすぎる大捜索





――



(……!? 身体が、動かん……?)



 深い昏睡から意識が浮上した瞬間、ルードヴィヒを襲ったのは奇妙な違和感だった。


 三日三晩、あの凄まじい頭痛の暴風にのたうち回り、出し尽くして憔悴しきった身体。


本来なら自分のベッドの上で、限界まで人化を解いて疲労を回復させていたはずだった。


 ルードヴィヒの獣化は、蛇族の中でも特殊で、人間など一呑みにできる巨大な白蛇だ。


 はず、なのだが。


 なぜだか今は、ひどく狭い。


妙にカサカサと鳴る編み込まれた『カゴ』の中で、自分でも困惑するほど小さく小さくとぐろを巻いている。


(ま、まさか……身体を、てのひらサイズに縮められた……!?)


 魔力の残滓を肌で感じ、自身の異常な状態を悟る。


 一体誰の仕業だ、と怒りで赤い目を剥き、ふと頭上を仰ぎ見たルードヴィヒは、そこに漂う「異物」に息を呑んだ。


 ――天井付近で、数体の小さな光がフワフワ、キャハキャハと楽しげに飛び回っている。


(精霊……っ!? それも、あの悪戯好きの赤の精霊か……!)


 ルードヴィヒは驚愕し、カゴの中で全身の鱗を逆立てて警戒した。


 高位の精霊は、その気まぐれな悪戯で国一つを大混乱に陥れることすらある。


衰弱している今の状態で、これ以上何をされるか分かったものではない。


 だが、いくら身構えても、精霊たちは一向に攻撃してくる気配はなかった。


 それどころか、天井で浮遊する彼らは、何故だかルードヴィヒの方をじっと見つめ、何かを今か今かと待ちわびるようにソワソワ、ワクワクと身を揺らしている。


 彼らの狙いは一つ。


 ――この冷徹な大蛇の長が、必死に獣化を解こうとしても全く元に戻れず、絶望して落胆する最高にマヌケな瞬間を見て、大爆笑したいのだ。


 当然、そんな精霊たちの意図など知る由もないルードヴィヒは、ただただ不気味に思いながら思考を巡らせる。


(……チッ、何もしないのなら今の内だ。さっさと獣化を解いて元の姿に戻り、この場を離れるぞ)


 そう決意し、魔力を練ろうと深く息を吸い込んだ、まさにその瞬間だった。


「あ、起きた〜」


 頭上から降ってきたのは、信じられないほど能天気な女の声だった。


 カゴの隙間から見上げれば、そこにいたのは――


(こいつは……! あの、門前の煩い猿……っ!?)


 なぜここに。


いや、なぜ俺がここにいる。


 混乱する頭のなかで、ルードヴィヒの心にドス黒い感情が湧き上がる。


 今すぐ人間の姿に戻り、この女に冷酷で辛辣な言葉を投げつけてやろうか。


徹底的に言葉の刃で傷つけ、追い詰めてやればいい。


構うものか、こいつが傷つこうが泣こうが知ったことか! むしろせいせいする。


 それほどまでに、ルードヴィヒは『人間』という生き物が大嫌いだった。


嫌いという言葉では生ぬるい。


それは、魂の奥底に刻まれた深い憎悪だ。


 ――だが、殺気立って魔力を練ろうとした瞬間、ルードヴィヒはふと動きを止めた。


(……いや、待てよ。なぜ俺がここにいるかは分からんが、怪しい人間の懐に飛び込んだ形になるわけだ。ここで蛇のフリをしていれば、この猿が何を企んでいるのか、その弱点を握ることができるかもしれない……!)


 そうなれば、あの鼠の王がねじ込んだ営業許可とやらも、力ずくで叩き潰せる。


この国から合法的に叩き出せる。


 冷徹な計算が脳内を駆け巡り、ルードヴィヒはすっと鎌首をもたげたまま、しばらく「ただの小さな白蛇」として様子を見ることに決めた。


 すると、美和はおもむろにルードヴィヒのいるカゴの前で、自身の両手を胸の前でぴたりと合わせたではないか。


「白蛇様〜、ありがたやー! 珍しいお姿だし、これは何かご利益があるかも! 家内安全、無病息災、商売繁盛! ハルくんが健やかに育ちますように! あ、ついでにレオやみんなも健やかに〜!」


 美和は目を閉じ、ふんふんと勢いよく頭を下げながら、呪文のようによく分からない言葉を唱え始めた。


「南無阿弥陀仏〜、南無阿弥陀仏〜。合掌!」


(…………は? この猿は、何を求めて俺を拝んでいるんだ? ナムアミダブツ……?何かの呪いか!? 訳が分からない、不気味で変な猿だ……!)


 尊大な態度で弱みを握るつもりが、初手から未知の宗教的儀式(?)をぶつけられ、掌サイズの白蛇はカゴの中で本気で困惑し、硬直するしかなかった。


 ー


 一方その頃、丘の上のルードヴィヒの屋敷では、未曾有の大パニックが発生していた。


「坊っちゃま〜〜〜〜っ!! 坊っちゃまが居りませぬッ!!」


 静まり返るはずの本邸で、老猿のナニーが喉を枯らして絶叫していた。


 数時間前、ベッドで大人しく眠りについたはずの主人の姿が、忽然と消え失せている。


 ナニーは70を過ぎた老体とは思えない凄まじい猿の身体能力を発揮し、廊下を爆走し、壁を蹴り、お屋敷の木々の上をキョキョッと飛び跳ねて周囲を見渡すが、坊っちゃまの姿はどこにもない。


「はっ……! もしや、可憐で類稀なる美貌をお持ちの坊っちゃまが、激痛に憔悴しきった隙を狙われた……誘拐!? あの美形を妬んだ不届き者による、人種売買ならぬ『獣種売買』ですじゃな!?」


 一度妄想のスイッチが入った老猿の目は、一瞬でハイライトを失い、ガチの狂気へと染まった。


「おのれぇ……卑劣な誘拐犯め……! 坊っちゃま、このナニーが今すぐお助けに参りますぞ……!!



……来い」


 ナニーが低く冷たい声で床を叩いた、その瞬間。

 

 シュババババッ!! と、部屋の影、天井の隙間から、音もなく『黒ずくめの集団』が壁を埋め尽くすように現れた。


 ルードヴィヒ個人がお抱えしている、国でも最精鋭の【影の暗殺集団】である。


普段は主人の命令にしか従わない冷酷なマシーンのような彼らだが、幼獣の頃からルードヴィヒを知るナニーの怒気には、さすがに居住まいを正した。


「坊っちゃまが人さらいにさらわれた。――探せ。一網打尽にせよ……」


 ナニーの短い冷徹な命令に、黒ずくめの集団は無言で深く一礼すると、再びシュッと音もなく、世界中へ散るように消え去った。


 ――絶対に見つかってはいけない(色んな意味で)美和さんの家まで、あと、わずか。



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