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戦えない母は赤ちゃん抱いて異世界にいた  作者: くじら


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第42話:賄い付きの警護員と、不可を突きつける蛇の長






 市場から帰宅した美和は、さっそくダイニングでレオ、ビッツ、コハク、そして相変わらずスタイを付けた隠密の先輩を前に、拳をギュッと握りしめて宣言した。


「私、この市場で自分のお店をやろうと思うの! 祭りの出店みたいに、その場でぱっと食べられるものを自分で作って売るの!」


「だ、ダメだ! 絶対に反対だ!」


 真っ先にガタタッ!と椅子を鳴らして立ち上がったのはレオだった。


大柄な体を震わせ、過保護オーラを全開にして美和に詰め寄る。


「市場には有象無象の獣人が集まるんだぞ!? 人間嫌いな奴だって珍しくない。もし変な奴が寄ってきたらどうする! 危険すぎる、絶対に許さん!」


「もう、レオは心配性だなぁ。自分でお店をやるならね、ハルくんを誰かに預けることなく、ずっと一緒にいられるの。それに、レオが警護として、従業員で一緒に働こうよ!あ、もう他の仕事決まっちゃった? 美味しいまかないも付いてるんだけどな?」



「ま……賄い……っ!?しかもハルとも一緒……っ!?」


 『賄い』という魅惑の響きに、レオの耳がピクッと跳ねた。美和の作った出来立てのご飯が、仕事終わりに特権として食べられる――。


 レオが「うぐっ……」と猛烈に揺らいだ瞬間、周りのメンバーが色めき立った。


「ずるいっ! 賄いなんて狡いです! 私も、働きたいです!!」


 身を乗り出して叫んだのは、ペット(仮)を目指す隠密の先輩だ。よだれを拭うのも忘れて美和に猛アピールする。


 だが、美和はふんわりとした笑顔のまま、優しく諭すように言った。


「うん、隠密くんは、ご家族の許可がおりたらね?」


「ぐはっ……!?」


 先輩は胸をかきむしってその場に崩れ落ちた。


 そうなのだ。昨夜あれほど「隠密を辞めてペットになる」と豪語していた先輩だったが、実は彼の生家は、この国でも屈指の『隠密特化のガチ名家』。


実家の権力と圧力が強すぎて、未だに退職届が正式に受理されておらず、実質まだ隠密を辞められていない状態だった。


「先輩、諦めて実家と話し合ってください……」


「嫌だ! 私は実家を捨ててでも美和様の従業員ペットになるんだ……!」


 コハクがジト目を向ける中、夕方に「何が何でも戻ってくる」と言っていた通り、息を切らせて帰ってきたビッツがそこに参戦した。


「美和さん、それ最高だよ! 労働者として雇われるのが違法なら、自営業なら法律の抜け道になるかもしれない。


レオさんの警護つきなら安心だし、何より、美和さんの美味しいご飯なら、市場の獣人たちを全員胃袋で奴隷にできるよ! 尻尾を振って大行列ができるに決まってる!」


 犬耳をこれでもかと激しく揺らし、大賛成するビッツ。


「……うん、奴隷は大袈裟だけどね〜」


 こうしてみんなの協力を得て(レオを賄いで釣りつつ)、美和の「異世界初・お祭り出店計画」への挑戦が始まった。



 ――だが、その裏で。



 狐族のコハクは、人生最大の危機に直面していた。


 美和が市場で出店を出すという計画を、一応上司である『狐族の長』に報告しようと向かったはずだったのだが――なぜかコハクが通されたのは、国を治める7人のおさよりもさらに先に、その頂点に君臨する『鼠族の王』の御膳だった。



(な、何故、私が此処に!?


はっ! 私が隠密としてのミスをしたのがバレたのでしょうか!?


それとも聖母様の作るご飯に惑わされ、ちゃっかり食卓までお邪魔してる事をお怒りに!?


甘味の誘惑に負け、聖母様の撫で撫でに絆され、(アレは非常に心地がいい!)その事を嘆いて? 罰する為!? どちらにしても私のノミの心臓がっ!)


 豪華絢爛な部屋の真ん中で、コハクはガタガタと震え、縮こまっていた。


 滅多にお目にかかれないお方であり、末端隠密からしたらまさに雲の上の、そのまた上にいる存在。


「ふふ……そう緊張しなくても大丈夫だよ?」


 鈴の鳴るような、穏やかな声が響く。


 大きな玉座に、ちょこん、と腰掛けているのは、驚くほど小さな鼠の王様だった。


 コハクはガタガタと震えながら、頭をペタリと床に押し付ける。


「わ、私は処罰されるのでしょうか……っ?」


「処罰?」


「お願いします! 処罰は私だけでお願いします〜! 私の家族に被害が及ばぬよう何卒、何卒ぉ……!」


「ふふ、なにか勘違いしてるみたいだね? 狐族のコハクって言ったかな?」


 末端の、自分などの名前を国の頂点が覚えてるという事実に、コハクの茶色い毛が一気にブワリと膨らんだ。それは尻尾の先まで、まるでタワシのように丸々と膨らみ上がる。


 それを見た鼠の王は、楽しそうにクスリと笑った。


「大丈夫だよ! 誰も処罰なんてしないから」


「……へ?」


 咎められない? ならば何故、自分は此処に呼ばれたのだろうか。


 そう思ったコハクの疑問は、すぐに王の口から語られた。


「ねぇ、君たち、なんか面白いことするらしいね?


出店かぁ〜。本当なら身元引受人も居らず、さらに人間。


面倒な手続きもあるし、何より、あの蛇族のルード君が許さないだろうしねぇ〜。


……確か、市場の商業認可の手続きなんかは、ルード君の管轄だったよね?」


「は……はい。ルードヴィッヒ閣下の、内政法務管轄……だったかと」


 それまで王の背後で静かに佇んでいたコハクの上司(狐族の長)が、フルリと一つ震え、消え入りそうな声で言葉を吐き出した。


やはり、上司であってもこの小さき王が恐ろしいらしい。


 だけど、そんな2人の狐族の緊張など少しも意に介さない王は、無邪気に笑う。


「そうだよね〜、ルード君の管轄だったよねぇ〜。いやぁ、困ったねぇ」


 少しも困ってなさそうに小さな頭を振り、大袈裟にため息を吐き出す王。


「でもねぇ〜、僕なら手続きなんて面倒くさい――あ、面倒くさいって言っちゃった。


まぁ良いか。その面倒くさいことも、僕ならサクッと処理できるよ? ま、覚えといて」


 含みを持たせた王の笑みに、コハクはただただ冷や汗を流すことしかできなかった。


 そして、その王の言葉通り――美和の出店計画は、いきなり大きな壁にぶち当たることになる。


「う、嘘でしょ……また不許可……!?」


 数日後、美和はギルドから返ってきた書類を前に、机に突っ伏していた。


 提出した出店申請は、最終的なお役所のバカ高い壁に拒まれ、何度申請し直しても、冷酷なまでに真っ赤な【不可】の印が押されて戻って来るだけ。


 その最終的な認可の印の持ち主の欄には、しっかりと、あの丘の上の冷徹美形――『蛇族の長・ルードヴィッヒ閣下』の名が刻まれていた。


「なにあいつー! 面接もダメで、お店を出すのまで邪魔するわけ!? ぐぬぬぬぬ……っ!!」


 書類の『不可』の二文字を睨みつけながら、美和は思いっきり頬を膨らませて地団駄を踏むのだった

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