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戦えない母は赤ちゃん抱いて異世界にいた  作者: くじら


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第40話:初めての面接(※ただし背後にストーカー部隊つき)





翌朝のダイニングは、異様な緊張感に包まれていた。


 原因は、壁だ。


 昨日、美和に「受け取れない、封印する!」と差し入れを断られた黒の精霊クロちゃんは、よほどショックだったらしい。


夜通し部屋の隅でモジモジと霧を放出させて、いじけていたのだが、何を血迷ったか、床に転がっていた『黄金の勾玉』と『七色の羽』をふわふわと浮かせ――ダイニングの壁の絶妙にバランスの良い位置に、まるでオシャレな北欧風インテリアのごとく、綺麗〜にレイアウトして飾り始めたのである。


 壁から放たれる、ギラギラとした禍々しいほどの神気と国家転覆級の呪いのオーラ。


それが、新居のナチュラルテイストな壁紙と恐ろしいほどのミスマッチを生み出していた。


 朝食の席についた一同は、その壁を横目に、完全に引きつった顔で固まっている。


(……おい、誰かあれを片付けろ。いや、触ったら即死か……?)


(頼むから誰もあの壁に近づくなよ……! 触ったら確実に呪われる……恐ろしすぎる)


 レオもビッツも、視線だけは絶対に壁のアイテムに向けつつ、心の中で「絶対に触らないでおこう」と固く誓い合いながら、ガタガタと震える手でスープを口に運んでいた。


 そんな男たちの命がけの限界スルーをよそに、当の美和だけは、エプロン姿でいつも通り元気よく朝食をテーブルに並べていく。


「よし、 みんなしっかり食べてね。私、今日からさっそくお仕事探しに行くから!」


 その、我が家の不穏すぎるインテリア(国滅ぼしセット)を完全に無視した聖母の宣言に、レオがゆっくりとスプーンを置いた。


いつも以上に低い声で、淡々と現実を告げる。


「美和、残念だが、美和を雇ってくれる所はこの国にはないと思う。と言うか無いな」


「そうそう。美和さんが思ってるより、この国で人間に対する気持ちは根深いんだよ。全員が全員、歓迎ムードだと思わない方がいい」


 ビッツもいつもの軽い調子を潜め、真剣な顔で頷く。


「……どうして? 私は普通にお皿洗いやお掃除、なんでもするつもりなんだけど……」


 美和が戸惑うと、レオは静かに腕を組んでその理由を語り出した。


「この国――獣人国ではな、法的に『人間を雇うこと』そのものが禁じられているんだ。昔、人間と獣人の間で激しい奴隷化や搾取の歴史があってな。その悲劇を繰り返さないために、国が『人間を労働力として買い叩き、従わせる行為』を厳しく罰する法律を作った。……建前は人間を守るためだが、本音は面倒な人間を国内の経済に関わらせたくないのさ」


「そんな……」


 美和はガックリと肩を落とした。


 しかし、異世界に来る前だって、ハルくんを育てるために数々の無理難題を乗り越えてきたのだ。


「どこか一つくらい、法律の例外とか、気にしないで雇ってくれるところがあるかもしれない!」と、美和は諦めずにハルくんのこれからの生活のため、一人で街へと繰り出した。


 だが、実際の街の反応はレオたちの言葉通り、想像以上に冷たかった。


 まずは、新居を紹介してくれたあの愛想の良い豚の獣人のもとへ向かったが、彼は大きな耳をペタッと寝かせ、本当にすまなそうに両手を合わせた。


「いやぁ、美和さん、本当にすまないねぇ……。あんたには感謝してるし、個人的には雇ってあげたいのは山々なんだけどさ、人間に仕事をさせてお国にバレたら、うちの店、一発で営業停止処分になっちまうんだわ……」


「そ、そうですよね……無理を言ってごめんなさい」


 次に、大通りで見かけた人懐っこい猫の獣人の定食屋に声をかけてみる。


「無理ニャ〜! 美味しいご飯は食べたいけどニャ! 人間雇ったら、お役人が飛んできてこっちが困るニャ!」


 猫の獣人は毛並みの良い尻尾をパタパタと振って、困ったように首を横に振るだけだった。


 どこへ行っても「人間だから」という理由で断られ、美和の心はすり減っていく。


 そんな中、最後に立ち寄った冒険者ギルドの片隅で、美和はある「求人票」に目を留めた。


 それは、街の少し外れ、丘の上にある立派な屋敷からの求人だった。


主は――蛇族。


「……嘘、これ凄く条件が良い……!」


 美和の目が輝いた。


 求人票の内容は、子供を持つ母親にとって、これ以上ないほど魅力的なものだったのだ。


なんと【託児所完備】でお給金は破格。さらに休みも充実している。


 ただ、一つだけ問題があるとすれば、勤務時間が「夕方から深夜にかけて」という点だった。


「あぁ、その求人が気になるのぉ〜?」


 カウンターの向こうから、のんびりとした、どこか間延びした声が響いた。


ギルドの受付嬢である兎の獣人だった。彼女は長い耳を揺らしながら、面倒くさそうに爪をいじりつつ話し始める。


「その雇用主、夜行性の蛇族だからねぇ〜。


まぁ昼間に活動できない訳じゃないんだけどぉ、夜の方が断然活発だから、どうしても深夜の仕事になっちゃうのよねぇ〜。


……でもぉ、それよりももっと問題なのがさぁ……」


受付嬢は声を潜め、嫌そうな顔をして身を乗り出してきた。


「あの方ね〜、大の人間嫌いで……


あぁ、人間嫌いと言うより、自分の種族以外は全員嫌いだと言った方が正しいのかなぁ〜。


でもぉ、その中でも、人間は更に嫌いみたいよぉ〜!


あ、それとね、軟体動物なせいか、ものすごぉ〜く冷血漢なのよねぇ〜。


体温はいつも冷え冷えだしぃ、無表情で眉一つ動かさないのよ〜。


私、正直言ってすっごく苦手なのぉ〜。


まぁ、私じゃなくてもみんな苦手だけどぉ〜。


だからその求人、ずぅ〜〜〜っと出たまんまで、ぜんっぜん決まんないのよ〜。ふふ」


間延びした口調で、雇用主の悪口をこれでもかと並べ立てる受付嬢。


(正直、働きたい。でも……)


美和は求人票を見つめ直した。


普通の人間なら絶対に避けるような地雷物件。


でも、ハルくんを安全な託児所に預けられて、しっかり稼げるチャンスはこれしかない。


「だけど、国の法律で人間は働けないのか〜……。


残念。何とか働けないのかなぁ……」


美和が求人票を撫でながら、ぽつりと小さな独り言を漏らした、その時だった。


「あら〜、働けるわよぉ?」


「え!? ……でも、レオは法律で無理だって……」


驚いて顔を上げた美和に、兎の受付嬢は長い耳をピコピコと揺らし、ふふっと意味深に笑った。


「ん〜、表向きは駄目です〜。でもぉ〜……」


受付嬢はカウンターからぐいっと身を乗り出し、左右をキョロキョロと見回してから、さらに声を潜める。


「要するにぃ、人間を『労働者』として従わせて、お給料を払うのが違法なわけじゃない?


だったらぁ、書類上お屋敷の『同居人(居候)』ってことにして、家事のお手伝いをして貰う。


で、お給料じゃなくて『生活援助金(お小遣い)』としてお金を渡せば、お役所も文句は言えないのよねぇ〜。あそこの蛇族の旦那、そういう国の細かい法律とかだぁ〜い嫌いだから、書類上の誤魔化しなんて、なーんとも思わないのよぉ〜」


「なるほど……! グレーゾーンってことですね……!」


「……正直、オススメはしないわ〜。でもぉ、どうしてもって言うなら紹介状出してあげるけどぉ〜」


「お願いします! やってみなくちゃ分かりませんから!」


当たってみなくちゃ分からない。もしかしたら、実際に会って話してみれば意外と大丈夫かもしれない!


そう思った美和は、受付嬢からひらひらと手渡された紹介状をしっかりと握りしめ、件の蛇族が住むという丘の上を目指して歩き始めた。


ちなみに、ハルくんは今日、レオに頼んでお留守番をしてもらっている。


家を出てくる時、ハルくんにはもの凄く泣かれて後ろ髪を引かれたけれど――すべては自立した生活のため!


ハルくんに立派に働く母親の後ろ姿を見せるんだ!


(母親が無職だなんて、絶対に嫌すぎる!)


フーフーと息を弾ませながら、長い丘の坂道を一歩一歩上っていく美和。


しかし、そんな彼女の健気な姿を、少し離れた物陰からじっと見つめる瞳がいくつかあった。


「う〜だぁ! ばぅ!」


「しーっ! ハル、しーだ! 美和にバレる!」


抱っこ紐でハルくんをがっちり前抱きし、コソコソと美和の後をストーカーみたいについて行くレオの姿がそこにあった。


大柄なレオの胸にすっぽりと収まり、嬉しそうに声を上げるハルくんの姿は、傍から見れば完全に仲睦まじい本物の親子そのもの。


だが、その微笑ましすぎるビジュアルでやっていることは、ただの不審な尾行である。


お留守番を頼まれたはずのレオだったが、美和が「大の人間嫌いの冷血漢」のところへ面接に行くと知って、大人しく留守番などできるはずがなかったのだ。


ハルくんも、レオパパ(仮)の腕の中で一緒になって美和を追跡し、小さな手を振ってご機嫌に声を上げている。


さらに、そんな必死な親子(?)の後ろを、無音で追う影が二つ。


狐族のコハクと、その先輩隠密である。


「先輩、本当に隠密辞めるんですか?」


歩きながら小声で尋ねるコハクの視線の先には、昨夜の宣言通り、今日も首元に可愛らしいスタイ(よだれかけ)を免罪符のように付けたままの先輩の姿があった。


「あぁ、俺は美和様のペットを目指す!」


「ん〜、おさは許さないと思うけど……」


「いいや! 俺は決めたんだ! 死んでもペットになってみせる! そしてあの神飯を毎日、たらふく……」


「動機……」


あまりにも不純で、かつ切実すぎる先輩の転職理由に、コハクはジト目を向けた。


ちなみに、いつもなら一番にギャーギャー騒いでついてきそうなビッツは、残念ながら今日は「家族に会ってくる」と言って朝から不在だった。


(わざわざ報告しなくても良かったのに……)と美和は思っていたのだが。


『夕飯には絶対に、何が何でも戻って来るからな!』


そう言い残した時のビッツは、犬耳をシュンと垂れさせ、白くフサフサの尻尾を引き摺りながらトボトボと出かけて行ったものだ。


どうやら、彼の今日の生きる目的は「美和の作る夕飯」に全振りされているらしい。


「ふぅ……やっと見えてきた……」


美和が足を止め、額の汗を拭う。


坂を上りきった開けた場所に、その『丘の上の立派な屋敷』は静かに佇んでいた。


周囲の緑に溶け込むような、どこかひんやりとした厳かな雰囲気を纏う大邸宅。


ストーカー部隊がサッと一斉に近くの茂みへ身を隠す中、美和は深く息を吸い込み、意を決して屋敷の大きな門扉へと手をかけた。


(大の人間嫌いで、無表情の冷血漢……。ハルくんのためにも、絶対に雇ってもらうんだから……!)


ゴクリと生唾を飲み込みながら、美和はついに、異世界での初めての面接へと一歩を踏み出した。


 立派な玄関扉の前で一度深呼吸をし、意を決してドアノッカーを打ち鳴らす。


静かな丘の上に、コン、コン、と高い音が響き渡った。


しばらくの沈黙の後、ガチャリと静かに鍵が開く音がして、大きな扉がゆっくりと内側に開いていく。


現れたのは、ひんやりとした空気を纏う長身の男だった。


細く切れ上がった冷淡な琥珀色の瞳に、陶器のように白い肌。


そして、さらりと流れる髪は、まるで月の光を溶かし込んだかのように色素の薄い銀色だった。


一切の感情を排した無表情が、その精巧な氷の彫刻を思わせる冷たい美貌を、さらに浮世離れしたものへと際立たせている。


(わ、綺麗な人……って、じゃなくて!)


「あ、あの! 冒険者ギルドの紹介で参り――」


美和が営業スマイルを浮かべ、履歴書代わりの紹介状を差し出そうとした、その瞬間。


蛇族の主人は、美和の姿(人間)を認識した刹那、その冷たい美貌の眉一つ動かさないまま。

――バァンッ!!!


凄まじい音を立てて、美和の鼻先で扉を力いっぱい閉めきった。


「…………え?」


差し出した手の形のまま、美和は完全に固まった。


喋り出すどころか、挨拶の1秒後には門前払い。


そんな美和の背後、少し離れた茂みが「ガササササッ!!!」と尋常じゃない音を立てて激しく揺れ、今にも激怒したストーカー部隊が殴り込みをかけそうな気配を漂わせているが、今の美和にはそれすら耳に入らない。


(な、なにあいつ……! いくら顔が良くたって、挨拶くらい聞きなさいよぉぉぉ!!)


異世界初の就職活動は、まさかの「冷徹美形による面接前のドアバタンッ!」から幕を開けるのだった。


最後まで読んでくれてありがとうございます!!!

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