表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦えない母は赤ちゃん抱いて異世界にいた  作者: くじら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
39/51

第39話:我が家の貯金は1円もありません! 〜聖母のハローワーク前夜祭〜





 お風呂から上がり、ピカピカのフワフワになったマスコット(+α)たちをお披露目した後は、いよいよ新居で初めてのお食事タイムだった。


 食卓に並んだのは、美和特製のジューシーなハンバーグ。


 ルゥは宣言通り、自分だけに用意されたとろ〜り溶ける「チーズ入り」を、コハクに見せつけるようにこれでもかとドヤ顔で頬張っている。


「ぬふぅ……! やはり美和の作るチーズ入りは至高ぞ! 新参者には格が高すぎる味だな!」


(くっ……! あの神の肉塊の中に、さらに濃厚な乳製品が仕込まれているだと……!? なんという卑劣な特権……!)


 ルゥのあからさまな見せつけに、コハクが心の中で激しい嫉妬の炎を燃やしていると、美和がコハクの前にハンバーグの皿を置きながら、そっと耳元で囁いた。


「コハクちゃん、ごめんね? チーズが一人分しかなくて、なんだか贔屓ひいきみたいになっちゃって……」


「え……? い、いえ! 食べさせていただけるだけで、下僕としては十分に……」


 恐縮するコハクに、美和はクスッと悪戯っぽく笑い、さらに声を潜める。


「だからね……コハクちゃんのは、すこーしだけハンバーグを大きくしておいたのよ?」


 そう言って、美和はコハクにだけ見えるようにパチンとウインクをしてみせた。


(な、ななな……なんですって……!?)


 美和のあまりの優しさと、ショタ狐耳への密かな特別扱いに、コハクの胸の鼓動がドキンと跳ね上がる。


通常のハンバーグでも涙目になるほど感動していたコハクだったが、この『秘密の特権』によって、心の中のルゥへの敗北感は一瞬で消え去り、むしろ極上の幸福感へと変わるのだった。


 そして、さらに事態を複雑にしている男がもう一人。


 何故か食卓にちゃっかり居る、コハクの先輩隠密である。


「せ、先輩!?」


 風呂から上がったコハクの目に映ったのは、首元に可愛らしいスタイ(よだれかけ)を付けて貰っている隠密先輩の姿だった。


「何故いるんですか!?」と、顔に盛大に書いてあったのだろう。先輩隠密は、絶対に理由を言いたくないとばかりにプイッとそっぽを向く。


(隠密歴5年なのにアッサリ見つかって、しかもしっかり風呂まで強制入浴させられたなど死んでも言えぬ! 私、ひいては隠密に長けた狐族の恥……!)


 心の中で血涙を流す先輩隠密だったが、目の前に置かれたハンバーグの香りに抗えず、一切れ口に運んだ瞬間――その場にバタッと平伏した。


「み、美和様……! 一生ついていきます! 隠密、今日で辞めます!!」


「切り替え早ぇなおい!」


 ビッツがすかさずツッコミを入れる横で、レオは寡黙に、しかし確実にハンバーグを味わって平らげていく。


 しかし、本当の地獄は食後のデザートタイムに訪れた。



「あ、今日のデザートに、冷たくて甘〜いプリンもあるわよ? レオさんたちの分もキッチンから持ってきてあげるね」


 そう言って美和がパタパタと席を外した、まさにその瞬間だった。


 美和の姿が見えなくなるや否や、コハクはガタガタと震える手で、自分の前に置かれていたプリンの皿をルゥの方へとスライドさせた。


「ル、ルゥ様……お約束の、デザート(ぷりん)ですぅ……っ」


 それは、ハンバーグの感動も吹き飛ぶほどの、コハクの涙のプリン引き渡しだった。心の中では(やっぱり一口だけでも食べたかったですぅぅ……!)と血涙を流し、せめてもの抵抗として自分のハンバーグの皿に残ったソースを未練がましくペロペロと舐める。


 対するルゥは、聖母の目を盗んで手に入れた極上の戦利品を前に、短い前足でフンスと胸を張った。


「うむ! 下僕の務め、褒めて遣わす! 我への至高の崇拝、しかと受け取ったぞ!」


 そう言うと、ルゥは美和が戻ってくる前にと、短い前足で器用にコハクのプリンをゴソゴソと自分のテリトリー(美和からは死角)へ引き込み、何事もなかったかのように浮遊した。


 そこへ、「お待たせ〜」とレオやビッツ、スタイ先輩の分のプリンをトレイに乗せた美和がキッチンから戻ってくる。


 そんな2匹の、どこか他人行儀で、あからさまにスンッ……と澄ましている怪しいやり取りを見ながら美和がスッと真剣な眼差しになって立ち上がった。


「みんな、ちょっとお話があります!プリンを食べながらで良いので聞いてほしい……」


 そのただならぬ雰囲気に、全員がゴクリと生唾を飲み込んだ。


先程までの騒がしさが嘘のように、リビングがシーンと静まり返る。


「実は……」


「あ、あぁ……」


 不穏な空気を察して、レオが短く声を漏らす。


「な、なんだよそんな改まって……」


 ビッツも引きつった笑みを浮かべる。


そんな中、一番にパニックを起こしたのは黒龍だった。


「み、美和! 我は決して盗み食いなどしておらんぞ!


はっ、これは、違うぞ!我が下僕のプリンを奪い取って食べたのではない! これは、こ奴がくれたのだ! 決して脅してなどいないぞ!?もうこれは我のだ!絶対返さぬ!」


 必死の弁明を捲し立てるルゥの横で、コハクは青い顔のまま、舐めていたハンバーグのお皿からひょっこりと顔を覗かせた。


「お、お皿を舐めてごめんなさい……」


 それぞれの勘違いが飛び交う中、美和はすっと目を細めて溜め息をついた。


「うん、色々言いたいことはあるけど、黙って聞いてくれる?」


「「「「……」」」」


 ルゥ、レオ、ビッツ、そして隠密コンビが連続で、同時にコクコクと激しく頷く。




「実は……働こうと思います!」


「「「……」」」


 静寂。あまりにも予想外すぎる斜め上の告白に、しばらくの沈黙の後、ビッツが恐る恐る口を開いた。


「……それだけ……?」


「それだけって! 死活問題だよ! それと、今度からウチでの食事に対価を貰います!」


「あ、あぁ……だがな? 美和」


 レオが宥めようとするが、美和の主婦としての言葉は止まらない。


「まだ続きがあります! ここのお家賃に食費! その他諸々! もう、我が家には1円もありません! このままじゃ……」


「……このままじゃ?」


「野垂れ死にます!」


 これまで必死に家計をやりくりしてきた美和の、魂の叫びだった。


 異世界に転移してからというもの、なぜかエコバッグやマザーズバッグの中身が減らなかった。何時までも温かい水筒のお湯。数が減らないミルクにオムツ。


 昨日、落ち着いてからその不思議な現象をレオに話した時、彼は少し考え込んでこう教えてくれたのだ。


『それはおそらく、精霊の仕業だ』と。


「それはそれは親切な精霊さんだ!」なんて、能天気に思うなかれ。


あの魔の森で散々その力に助けられた美和ではあったが、レオの言う「精霊の本質」は、あまりにも恐ろしいものだった。


 中には悪戯好きもいるというが、精霊は基本、人間にタダで手など貸さない。


手を貸す時は、それはもう、えげつない対価を毟り取るのが当たり前なのだという。


 契約しようものなら生命を削られ、それゆえに精霊の契約者は誰も彼もが短命。


 声を失った若者の声を取り戻す代わりの対価として、その若者の大切な人の声を奪い去ったり。


悪戯で妖精の赤子と人間の赤子を入れ替えたり。


 さらに、クロちゃん(黒の精霊)の性質についての話はもっと恐ろしかった。


何も無い異空間に落とされた人間の末路など、恐ろしすぎて夢に見そうなレベルである。


 そんな恐ろしいモノたちの力を、自分は何の違和感もなく使っていたのだ。


正直、「親切な精霊さん!」くらいにしか思っていなかった。


(ハルくんに従う精霊? 私にはよく分からない! だけどこれだけは言える! そんな恐ろしいモノ、使えるかって聞かれたら、答えはNOじゃない!?)


 だから、亜空間の力も(クロちゃんごめん!)、精霊からの差し入れも(ミドリの子もごめん!)、これからは一切頼らない。


ハルくんをあやす赤い子は無害そうだから良いけれど、(いや、悪戯好きだと言ってたから油断大敵)と思いながらも美和は他の力は使わないと心の中で繰り返す。


「そう! 封印します!」


 いや、物理的に封印するのではなく。


【頼まない! 貰わない! 願わない!】の精神だ。


そもそも、異世界に来る前だって、ハルくんと二人きりで必死にやってきたのだ。


「野垂れ死ぬ前に、普通に働きます!」


 そう力強く宣言して、立ち上がる美和。


 だがその瞬間、彼女の周りに、目に見えないはずの何体もの精霊たちが、目視できるほどの密度でわらわらと纏わりつき始めた。


 美和の働く決意を必死に阻止しようとしているようでもあり、自分たちがお払い箱になりそうで猛抗議しているようでもある。


中には、けたたましく光を点滅させて危険信号を出すモノまで現れる始末だった。


 そして、その中で一番悲しそうに絶望しているのは――。


「クロちゃん……」


 黒の精霊だった。


 この世における最強であり、最悪の個体。そんな絶対的な存在をここまで精神的に追い詰められるのは、世界広しといえど美和しかいないだろう。


「私を捨てないで!」と言わんばかりに、ハラハラと自身の構成要素である黒い霧を剥がし、今にも儚く消えてしまいそうなほど衰弱アピールを始める黒の精霊。


「クロちゃん……ごめんね……でもダメなの……」


 美和が申し訳なさそうに、しかし毅然とした態度を崩さないでいると、黒の精霊は焦ったようにモワンと小さな亜空間を生成した。


 そして、その中からポトリ、と一つの物体を床に落とす。


 それを見た瞬間、レオたちの顔から一気に血の気が引いた。


「そ……それは……っ!」


「げぇっ!? なんちゅーヤバいもん出すんだよお前は!!」


 床に落ちたのは、黄金に光る勾玉。


ギラギラと、禍々しいほどの神気を放ちながら光り輝く勾玉だった。


「美和、絶対、それに触るなよ!」


「え!? な、何これ?」


 思わず興味本位で手を伸ばしかけた美和だったが、ビッツの悲鳴のような制止に、すかさず手を引っ込める。


 すると、美和が受け取ってくれないことにさらにパニックを起こしたのか、亜空間から再びポトリと何かが落ちてきた。


「うわぁ……」


「……そ、それは……おい、嘘だろ……」


 今度は、神秘的な七色に光り輝く羽だった。


「死んでも触るな!!」


 普段の寡黙さが吹き飛ぶほどの、レオの強い怒号がリビングに響き渡る。


 黒の精霊は、チカチカと抗議するようにレオとビッツの前を激しく浮遊した。


「お前、あの伝説の黒の精霊だろ!? そんな国が滅ぶような貢ぎ物してもダメだ! お前が何言いたいのかは分かるけどな! 美和を金(財宝)で買収しようとするな!」


 ビッツが必死にツッコミを入れる中、床に転がる伝説級のアイテムを凝視していた狐族のコハクは、ついに隠密としての脳内キャパシティが限界を迎えた。


「の、呪い……国家転覆級の、呪いの宝具……あばばばば……っ」


 白目を剥き、口から泡を吹いてその場にバタッと倒れるコハク。そんなコハクに続き先輩隠密もバタリと倒れるのだった。


 こうして、新居での賑やかな夜は、精霊たちの必死すぎる貢ぎ物大作戦によって、さらに混沌としたまま老けていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ