表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦えない母は赤ちゃん抱いて異世界にいた  作者: くじら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/32

第24話:初めてのママ呼びと、物理的に崩壊する王都






黒龍が王都の中央広場に降り立ち、その石畳を粉砕した。



そこはまさに阿鼻叫喚の渦。


逃げ惑う商人、腰を抜かす平民、そして騎士たちに守られながら安全圏から見物する貴族たち。



広場を見渡すビッツの顔は、怒りと焦燥に染まっていた。



「……いない。どこだ……美和さんはどこに隠した!?」



だが、そこに彼らが「愛し子」と呼んで連れ去った美和の姿はなかった。



ビッツの姿を認めた一人の太った貴族が、震える足を必死に隠しながら、広場の壇上で虚勢を張る。



「じ、獣人風情が民を脅かすとは何事だぁ!


……だ、だがしかし! お主、その魔獣(黒龍)を使役しているようだな?」



男は黒龍の圧倒的な力を目の当たりにし、恐怖を通り越して「強欲」を剥き出しにした。



「認めよう! その魔獣を我ら高貴な血を守る守り神として差し出すならば、お主に栄誉を与えてやろう! 光栄に思え、卑しき獣人よ!」



「……は?」



ビッツは耳を疑った。自分たちが何をしたか分かっているのか。


黒龍が、そしてこの腕の中の「爆弾」が、なぜここにいると思っているのか。



「お前ら……正気か? 今すぐ美和さんを返さないと、本当に——」



その時だった。



ビッツの腕の中で、遥斗がキョロキョロと辺りを見回した。



いつも自分を抱きしめてくれる、温かくて大好きな母親の匂いを探して。



——いない。どこにも、ママがいない。



「……う、……あう……」



遥斗の黒色の瞳に、じわりと涙が浮かぶ。


その瞳が一瞬、金色に光ったことに気づく者は誰もいなかった。



それは悲しみというより、世界を丸ごと飲み込むほどの猛烈な「不満」と「怒り」の予兆。



「ひ……っ」



ビッツの背筋に氷が走る。



遥斗の顔が、噴火直前の火山のようにゆっくりと歪んでいく。


周囲の精霊たちが恐怖でキチキチと音を立てて震え、空の黒龍が「まずい、これはまずいぞ!」と言わんばかりに顔を青ざめさせた。



「……ふん、ぎゃぁぁぁああ!!!」



ドォォォォォン!!!



遥斗の泣き声が爆発した。



それは物理的な衝撃波となって広場を駆け抜け、貴族たちの服をズタズタに引き裂き、背後の豪華な石造りの建物を一瞬で瓦礫へと変えた。



「ぎゃああ!?」



「龍だ! 黒龍が暴れているぞ!」



違う。連中には見えていないのだ。


黒龍がパニックになり、遥斗の機嫌を直そうと必死でのたうち回り、街を破壊している理由を。精霊たちが狂乱し、王都中の魔力回路をショートさせている理由を。



「お前らが……変なこと言うから……ッ!」



ビッツは暴風の中で叫んだ。



「ほら見ろ! 遥斗が……世界で一番怒らせちゃいけない赤ん坊が、怒り狂っちまっただろうが!!」



本当の地獄は、まだ始まったばかりだった。



その頃、王都の地下深く。



湿り気と鉄錆の匂いが充満する牢獄に、美和の姿はあった。



「……っ!」



冷たい鉄格子の奥に転がされている影を見て、彼女は喉を詰まらせた。



そこにいたのは、王族の誘いを断ったために捕らえられたレオ。


かつての凛々しい姿はどこへやら、衣服は裂かれ、全身に痛々しい鞭の跡が刻まれている。



明日には処刑が予定されているという絶望的な状況。



「レオさん……! レオさん、しっかりして!」



美和が必死に格子越しに手を伸ばすと、レオは掠れた呼吸の中で、ゆっくりと瞼を持ち上げた。



「……ビッツ……間に合わなかったか……」



彼は美和を逃がすためにビッツを走らせた。


だが、そのビッツが戻ってこないまま、美和もまたこの汚らわしい場所へ連れてこられてしまった。



「レオさん、なんでっ……誰がこんな……!」



「……美和、さん……すまない。逃がそうと……ビッツを、走らせたんだが……」



レオの言葉に、美和は数時間前の光景を思い出した。


ログハウスに現れた、血に濡れた痛々しい姿の白い獣。



「……あの時、突然現れたあの白いワンちゃんのこと? あの子、レオさんが呼んでくれたの?」



「ワン、ちゃん……?」



レオが困惑したように顔を上げる。



「ええ。すごく強そうな姿だったけど、怪我もいっぱいしてて……


私の前で必死にワンワン鳴いて……何かを伝えようとしてるみたいだったわ。


でも何を言ってるか分からなくて。


結局、そのまま私、連れてこられちゃったから……」



(ビッツ……お前、そんな姿になってまで……)



レオはすべてを察した。


精霊の愛し子である美和を守るため、ビッツが死に物狂いで獣化し、言葉を失ってまで駆けつけたことを。



「あの子、今頃どうしたかしら。追い払われてなきゃいいけど……。それよりハル君! 心配だわ! きっと泣いてるわ!」



ソワソワと落ち着きなく鉄格子の向こうを見つめる美和。



「看守さんっ! お願いだからここから出して! ハル君が心配なのっ!」



必死の説得も看守には届かず、返ってきたのは罵声だけだった。



「うるせぇ! 大人しくしろ」



その時だった。



ズズズ……ドォォォォォン!!



地下牢の天井が、巨大な金槌で叩かれたかのように激しく振動した。



そしてどこから現れたのか、夥しいほどの精霊たちが目を丸くする美和とレオを取り囲む。



「な、なんだ!? 何が起きている!」



看守たちが慌てふためき、腰の剣を抜く。



地上から響いてくるのは、ただの振動ではない。


それは、空気を震わせ、魂を凍りつかせるような——圧倒的な波動。



ドガァァァン!!



ひときわ大きな衝撃が走り、地下牢の天井に巨大な亀裂が走る。



その隙間から、逆光を背負った真っ黒な翼——

黒龍の影と、涙をボロボロとこぼしながら泣き叫ぶ遥斗。


そして「もう勘弁してくれ!」と叫びながら必死にしがみついているビッツの姿が見えた。



「まーぁ、ま」



「レオォォ! 美和さーん!! 今助けるからな!! 遥斗、下だ! 下にいるぞ!!」



ビッツの必死な叫びが地下まで届く。



だが、美和はレオの手を握りしめ、瞳を輝かせた。



「っ! レオさん! 今の聞きました!? ママって!」



手を伸ばしてくる遥斗の姿に胸は痛むが、それと同時に初めての「ママ呼び」に心が歓喜で満たされる。



しかし、美和の姿を発見した遥斗の瞳は、さらに激しく潤んだ。



「あ……」



(……さらにヤバいのが来る……!)



ビッツが絶望するのを尻目に、遥斗は顔を真っ赤にして泣き叫ぶ。



「ふっぎゃぁぁ!! マ〜〜!!」



「ママをいじめる奴は許さない」と言わんばかりに、遥斗はぷっくりとした小さな手を地下牢に向けて振り下ろした。



その後の光景は……言うまでもない。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ