第21話:黒龍すら頭を下げた存在
ビッツは顔を強ばらせながら少し先を飛行する物体を凝視する。
徐々に露になるその輪郭にビッツは間違いであってくれと心の中で祈る。
だけど、そんなビッツの祈りも虚しく、その巨大な生物は、ログハウス上空に姿を現す。
ビッツの想像を遥かに超える、巨大で黒い威圧的な存在。
黒龍——神話でしか見ない存在。
一瞬見間違いか?と思うも
あの姿は間違いなく黒龍
その黒龍がログハウスの上空を、円を描くように旋回し、ゆっくりと降りてくる。
翼が一振されるたび、凄まじい風圧が叩きつけられる。
そして地上に降りて来ると、黒い巨体は金色の鋭い瞳孔をスーッと細め、ビッツの腕の中の赤子を見つめる。
逃げなければ
そう思うビッツ
だけど、地面に縫い付けられたように動かない足
動け
動け!
くそっ!ここで死ぬのか!?
そこには上位種による、絶対的な畏怖があった。
だけど次の瞬間
巨大な頭がゆっくり降りてくる
一瞬、その巨大な頭で潰されるのではと恐怖するビッツ
しかし、黒龍は頭を地面に付け
敬服する
それは有り得ない光景だった。
幻でも見てるのか?
(……なんでだ)
あの黒龍が——
頭を下げている。
誰に?
考えるまでもない。
視線は、腕の中へ。
小さな。
何もできないはずの赤子へ。
(……は?)
理解が、追いつかない。
だが——
目の前の現実が、それを否定しない。
黒龍はゆっくり瞳を閉じる。
その巨大な頭に、遥斗の小さな指先がちょんと触れた。
すると、低く小さく一鳴きし、巨大な頭を持ち上げる。
その瞬間、俺は大きな間違いをしてたのではないか?と思い至る。
美和が愛しき子と言うのは間違いで
絶対的な存在は
もしかして
この小さな赤子の方では……
そこまで考え、ビッツは先程、自分が遥斗にした高い高いを思い出す。
凄まじい勢いで泣き出した遥斗。
——あの時、俺は消されかけていたんじゃないか。
と思うと青白くなるビッツ。
だけど、そんなビッツの思考は
「だぁうぅ!きゃぁ!」
遥斗の笑い声によって掻き消える。
ぺし。
ぺし。
「……」
先程までとは違う。
意味も、敬意もない——ただの無邪気な仕草。
黒龍が、わずかに目を細めた。
それは、怒りでも威嚇でもない。
——ただの、受容。
遥斗の小さな掌があろう事か黒龍の額を叩いてるではないか!
ビッツは更に青くなり後退する。
「違っ……俺がやらせたんじゃ……」
巨大な金色の瞳が、ゆっくりとこちらを見据える
——その時。
黒龍は、ゆっくりと頭を持ち上げた。
そして降りて来た時と同様の爆風を巻き上げ上空へとゆっくり浮上して行く。
ビッツは、ようやく息を吐いた。
しかし、その安心は少し早かった。
「え……」
次の瞬間
ビッツは遥か上空の空に居た
けたたましい咆哮と共に黒龍がゆっくり
ログハウスの真上を飛行する。
視界が、一気に開ける。
森が、小さくなる。
空が、近付く。
「……は?」
理解が追いつかない。
腕の中では——
「きゃぁっ!」
遥斗が、楽しそうに笑っていた。
その様子を見て。
ビッツは、ゆっくりと思う。
(……あぁ)
これはもう——
逃げられねぇな。
そう思うしかなかった。
まるで——
この状況すら、遊びのように。
ビッツの背筋に、冷たいものが走る。
(……こいつは)
空の上で。
黒龍に運ばれながら。
ようやく、理解する。
自分が抱いているものが、
何なのかを。
それは。
守るべきものではなく。
庇うべきものでもない。
ただ——
逆らってはいけない“存在”だった。
ビッツは、真っ白な顔で空を見上げる。
(……無理だろ、これ)
口から、魂が抜けていく。




