117章 謎の男
繭愛の身体に戦慄が走った。あの事件を知っているのは、関わっていた周りの人間だけのはず。ますます正体が掴めなくなった。
「さぁ、何故でしょうか」
飄々とした態度を崩すことなく、男は笑みを絶やさない。
「……とぼけないでっ!」
バチン、と紫の光が息を吹き返した。それと同時、地面に向かって電気の蛇が何匹も蛇行する。プラズマを統べる力によって練り上げられた膨大なエネルギーは、銀の髪の毛を通るたびに分散して円を形作る。
輪投げの要領でそれを放った。
一見するとかなりの電力が込められているように感じるが、実のところは大したものではない。
せいぜい、静電気より少し上といったところ。
スタンガンを自在に作れるといえばわかるだろうか。
「元気がいいですね、お淑やかさはいったいどこにいったのやら」
直撃かと思われたが、男は余裕そうに指を鳴らした。
軽い音が耳に残る。
なんと、たったそれだけで電気の輪は溶けるように消えてしまった。
「……同じ能力なの? それとも、電力を打ち消せるのは何かの応用?」
「おや、今のでわかるんですか」
「わたしの力で場所がわからなかった。つまり、電力の干渉を防げるってことでしょう」
電磁領域の探知は磁気に跳ね返った反応で物体を認識する。逆にいえば磁気をなんらかの方法で受け流す、もしくは同調することができるなら包囲網を抜け出すことはできた。
電気の輪を消失させてみせたのも、同じ電力系統なら異なる波長をぶつけることで相殺できる。
可能性としては繭愛と似通った力という目星がついた。
「なるほど、確かにあなたから見れば私の力はそう映るでしょうね。ですが未来というのは不確定なものです。いえ、むしろ不確定でなければいけません。
この一秒一分一時間の動きが無数の可能性の中から道を選び出す。そう、未来は人が作り出すものです。そこにあるのは、様々な要因だけ。本来は揺れるものなのですよ」
「……正解か不正解か、じゃなくて?」
男は愉悦し、ゆっくりと頭を縦に振った。
「極論にすれば、です。あなたが見ているものが全て正しいとは限らないものですよ」
すると、どこからか煙草を一本取り出すともう一度指を鳴らす。ライター代わりだとでもいうように、火がついた。白い煙が細い帯を引いていく。
繭愛の疑念は確信に変わった。それと同時に、戦慄した。
どうしてこの男には電撃が相殺されるのか。
同系統の能力は位によって範囲も行使の力も大きくなるはずだ。それなのに、最高位の電撃を打ち消されたのである。
プリズムレアである《天を統べる女王》に対抗できる力。
あるとすれば、たったひとつ。
(この人も……最高ランクの能力を?)
同系統かつ同階位の能力同士なら、相殺されても不思議ではない。それに、いくら最高位とはいえど繭愛が持つ能力が全てというわけでもないだろう。
ゲームには疎い繭愛だが、高レアリティがたった一種類というのはあり得ないと思えた。
だが解せない部分もある。
本当に同じ系統の能力なのだろうか?
繭愛の能力はもともとはプラズマ操作の力であり、それを考えれば、彼が必ずしも電気を扱える力とは限らない。突然姿を現したのも妙に気にかかる。
「覚えていますか? あなたを悲しみの底に突き落とした男のことを」
「……忘れてなんか」
忘れられるはずがない。あんな、胸が裂けるような思いはもう二度と味わいたくなかった。
「私はね、その男をよく知ってるんですよ。なんていったって……弟ですから」
この言葉に、繭愛の心は震えた。嫌な汗がじんわり湧いてくるのがわかる。
「じゃあ、あなたは…………」
「改めてまして。七草学といいます。会えて光栄ですよ、最後の天聖」
学は紳士的な態度で会釈した。それと同時、指先から光線が放たれる。
「あ……!」
動揺した繭愛に止めるだけの意識を向けることはできなかった。数秒もかからずに繭愛を目掛けて突き進む。
間に合わない。人の反応速度では追いつかない速さ。
威力は魅緒の足を貫いたことを考えれば十二分にある。
逡巡した繭愛が激痛を覚悟し、目を閉じたとき。
「その話、本当なのか?」
また違う声が耳に入った。
今度のはよく知っているものだった。
「おにぃ……!」




