中編
夫の腕の中で、薄ら笑いを浮かべているエミリー。
蔑みや憐れみ、そんなものをごちゃまぜしたような目で私を見ている夫は、まるで知らない人のようでした。
「身寄りのない元貴族令嬢なんかより、子爵家の後ろ盾があるエミリー様の方が英雄の妻に相応しいんだ!」
義母と義姉は笑ってそう言いました。
「私達の家からさっさと出ていけ!」
「……わかりました。そういうことでしたら、出ていきます」
私は自室へ行き、トランクを開けて荷造りを始めました。
クローゼットの中の数着のワンピース、下着数点、小さな化粧箱と裁縫道具。
義母と義姉は笑いながらそれを見ていました。
「自分のものはすべて持って出ておいきよ。落ちぶれた元貴族令嬢の持ち物なんて、ゴミも同然なんだからね」
「……わかりました。私のお金で購入したものはすべて持っていきます。それでよろしいのですね?」
すると義母と義姉は、可笑しさに耐えかねたように吹き出しました。
「叔父一家に厄介払いされて、天涯孤独になったお前の買ったものなんて誰がいるものか」
「どうせたいしたものなんてないんだから、好きにするといいわ」
「……ひとつお願いがあります。今すぐ出ていくことは難しいので、明後日まで待っていただけないでしょうか?」
義母と義姉は顔を見合わせました。
「今日だろうが明後日だろうがたいした違いはないさ」
「アレックスは英雄なのよ。そして、私達は英雄の家族。寛大な心でそれくらいは許してあげるわ」
「ありがとうございます。明後日には必ず出ていきますので」
義母と義姉が去った後、私は一通の手紙を書きました。
◇◇◇
ニ日後の正午、数台の馬車が家の前に停車しました。
慣れた手付きで、家の中から荷物を運び出す男性達。
食器棚、ダイニングテーブル、椅子、調理器具、クローゼット、ミニチェスト、ドレッサー、スツール、ベッド、下駄箱、カーテン。
馬車の前でその様子を眺めていると、アレックスとエミリー、義母と義姉が、慌てふためきながら玄関から飛び出してきました。
「何をしているんだ!」
「そうよ! 家のものを一切合切持ち出して、一体何のつもり!?」
私は答えました。
「言ったではありませんか。私のお金で買ったものはすべて持っていくと。今持ち出しているものは、すべて私の私財で購入したものです」
全員が息を呑む音が、やけにはっきりと耳に届きました。
唸るような低い声で、アレックスが尋ねます。
「何を言っているんだ? 叔父一家に身一つで屋敷を追われたお前に、そんな金があるはずがないだろ!」
その時、もう一台の馬車が停車して、御者が開けた扉から少しふくよかな中年男性が降りてきました。
「叔父様!」
「マルセリア! 心配で居ても立っても居られず、ここまで来てしまったよ」
「業者の手配をありがとうございました、叔父様」
「可愛いマルセリアのためだ。お安い御用さ」
アレックスやエミリー、義母と義姉が、呆気にとられた様子で私達を見ています。
「叔父様?」
「可愛い……マルセリア?」
アレックスが呟きました。
「叔父一家に厄介払いされて、天涯孤独の身なんじゃ……」
「私、屋敷を追い出されたなんて言ったかしら? 記憶にないのだけれど……。叔父様達との関係は良好よ。叔父様と叔母様は幼い頃から可愛がってくれていたし、従兄弟達とは本当の兄弟のように親しくしているの」
「しかし……あの時、あんなに悲しんでいたではないか! それに、こうも言っていた。もうあの家にはいられないと……。叔父一家に屋敷を乗っ取られて行く宛がないから、あんなに悲しんで未来を悲観していたんだろ? 俺はそんなお前が哀れで……だから、求婚を……」
私はため息を飲み込みました。
「家族を突然亡くしのだから、悲しむのは当然でしょう? もうあの家にはいられないと言ったのは、父と兄……それから母の思い出が詰まった場所にいるのが辛すぎたから。叔父様と叔母様は私を追い出そうとはしていないし、いずれ私が婿を迎えれば、家督を譲ると約束してくれていた。だけどあなたが、失意のどん底にいた私に寄り添い、励まし続けてくれたから……。あなたのおかげで、私は立ち直ることができた。だから、あなたの求婚を受けようと決めたのよ」
「そんな……」
アレックスが、情けない声で呟きました。
「それに、兄の親友だったあなたとなら、兄の思い出を語り合いながら暮らしていけると思った。平民として生きてきたあなたに当主の座は重荷だろうから、私がイングマールの姓を捨てることを選んだの。これからは平民になるのだからと、ドレスも宝石も置いてきたわ。だけど、私を心配した叔父様が、父が所有していた銀鉱山の採掘権と岩塩坑の所有権を私の名義にしてくれて……。私はそれを売却して、一生かかっても使い切れないほどの財産を手にすることになったわ。今運び出している家財は、その私財で私自身が購入したものよ」
「それなら! その財産は夫である俺のものでもあるんじゃないのか?」
「私が鉱山の採掘権と岩塩坑の所有権を手放したのは、あなたと結婚する少し前。結婚前に手にした財産は、私の特有財産であって夫婦の共有財産ではないわ」
すると、家財を運び終えた業者の面々が、義母と義姉、エミリーを囲み、全身を飾っていたアクセサリーを剥ぎ取りました。
「何をするのよ!」
「私のお金で買ったものはすべて持っていくといいましたよね? ドレスまで奪うのはさすがに酷なので、餞別に差し上げます」
体を小刻みに震わせながら、義母が右手の人差し指を突き出しました。
「……おかしいじゃないか! そんなに金があるなら、なぜ使用人を雇わなかったんだ」
私は答えました。
「それが……。元々凝り性なもので、すっかり家事が楽しくなってしまって……」
私の答えに、全員が口をあんぐりさせています。
すっかり肩を落としたアレックスが、喉の奥で押し潰されたような弱々しい声で話しました。
「最初に家を借りた時に、なぜ教えてくれなかったんだ……」
「あなたが苦労して借りてくれた家を前に、どうしてそんな話ができるというの? あなたの思いを無碍にしたくはなかったし、あなたのプライドを傷付けるのが嫌だった。それに、私はあの可愛らしい出窓がある赤い三角屋根の家がとても気に入っていたの。お義母様と暮らすことにならなければ、今もあの家で生活していたでしょうね。だけど、あの家の寝室は一つだけ。お義母様は私と同じベッドで寝るのはお嫌だろうし、あなたが帰ってきた時に手狭になるからと、この家を購入して、家具や暮らしに必要なものを揃えたのよ。そして、お義姉様と子供達のことを受け入れ、何不自由のない暮らしが送れるよう心を砕いた。だって、あなたの大切な家族だから。すべては私を悲しみの淵から救い出してくれた、愛する夫のためだったの」
「待て! 今なんて……」
「家を……購入した?」
「まさか……」
私は、持っていた権利書を皆さんに見えるように掲げました。




