↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
3/3

後編


「この家は、私が私の私財で購入した家です。私が買ったものはすべて持っていくと言いましたが、家は持っていけませんものね。だから、売ることにしました」

「まっ……待ってくれ!」


 手を伸ばし、悲痛な声を上げるアレックス。

 私は漏れ出そうになるため息をもう一度飲み込みました。


「こんなこと言いたくはないのだけれど……。あなたの給与ではこの家の家賃すら払えない。それはあなた自身がよくわかっているはずよ。なぜ何の疑問も持たずにいられたのか……私には理解ができないわ」

「それは、お前が上手くやりくりをして家賃を払っているものとばかり……」


 その時、青筋を立てた義母と義姉が、息を荒くしながら叫びました。


「この大嘘つきめ! 息子は英雄なんだ! そのくらいの金が用意できないはずはない!」 

「そうよ! 私達を騙して、弟の金で買ったものを奪おうとしているんだわ!」


 私はため息を飲み込もうとしましたが、この時ばかりは上手くいかず、深く重い息が漏れました。


「騎士団でのあなたの身分は?」


 私の問いかけに、アレックスが言い淀みながらも答えました。


「従……騎士だ」

「そう。あなたは従騎士であり騎士ではない。従騎士は騎士の世話をする見習いのようなもの。それでは、従騎士であるあなたの担当は?」

「……馬番だ」

「どういうことよ!」


 私が口を開く前に、血相を変えたエミリーが金切り声を上げました。


「第二王子と親しくしているから、偉い身分なのだとばかり……」

「それは……。殿下は愛馬のカルロスをそれは大切にされていて、直接指示を出したいからと頻繁に呼び出されて……」

「だけど、この町の人達は、みんなあなたのことを英雄だって……!」

「新聞をご覧になりましたか?」


 そう問いかけた私を、エミリーは釣り上がった目で睨みつけました。可愛らしい顔が台無しになっています。


「どういうことよ!」

「今日は王都で英雄を称えるパレードが開かれるそうです。今頃は従騎士ではなく騎士のアレックス・ローガンが、人々の歓声を浴びながら王都を練り歩いている頃でしょうね」

「なっ……なっ……!」

 

 唇を震わせ、声にならない声を発するエミリー。

 私は話を続けました。


「同姓同名ということです。今頃は町の人々も、この町に英雄などいないことに気が付いているでしょう」


 すると、機械仕掛けの人形のような動きでアレックスを見た義母が、震える声で尋ねました。


「何で……言わなかったんだ?」

「言おうとしたさ! だけど……」

「家族だけでなく町の人々にまで英雄ともてはやされ、その気になってしまったのよね?」


 言葉を詰まらせたアレックスの代わりに答えると、彼は顔を真っ赤にして俯き、それきり口を閉ざしてしまいました。

 その時、玄関から出てきた不動産屋の男性が、私に一枚の紙を差し出しました。


「査定が終わりました。売却額はこちらになりますが、いかがでしょう?」

「わかりました。それで構いませんわ」

「近日中に指定の口座にお振り込みをさせて頂きます。それでは、この書類にサインを」


 書類にサインをした私は、アレックスとエミリー、義母と義姉に語りかけました。


「家の売却手続きが終わりました。たった今、この家は不動産屋のものになりましたから、早急に立ち退いてくださいね」


 すると今度は、鬼の形相をした義姉が喚き散らしました。


「お前なんかいなくても、私達にはエミリー様がいる! 子爵家のご令嬢であるエミリー様なら、こんな家すぐに買い戻してくれるさ!」 


 勝ち誇った様子の義母や義姉の隣で、蒼白な顔をしたエミリーが目を泳がせています。

 私の隣に立っていた叔父が、ひとつ咳払いをした後で話し始めました。


「スチュアート子爵家は、当主が事業に失敗したために既に没落している。当主夫妻は親戚の屋敷に身を寄せたが、肩身の狭い思いをしていると聞いているが」

 

 続けて、私は口を開きました。


「エミリーさんは、何度かその屋敷に手紙を送っていますよね? 大方、ご両親を呼び寄せるためのものでしょう。私がいなくなれば空き室ができますからね。今頃はこの町に向かっているのではないでしょうか? アレックスに相応しいのはエミリーさん。それならば、エミリーさんのご両親共々、皆さんで仲良く暮らしていけばいいのです。ご心配なく。以前住んでいた赤い三角屋根の家は、解約せずに家賃を払い続けています。今後の家賃のことは、私の知ったことではありませんが」


 それから私は、蒼白を通りこして土気色になっている四人の顔を見つめました。


「本当は、この家も家財道具もすべて置いていくつもりでした。それが、悲しみに沈み込んだ私に寄り添い、励まし、救い出してくれた夫に対するせめてもの恩返しだと思ったからです。だけど……。お義母様はこうおっしゃいましたよね? 『自分のものはすべて持って出ておいきよ。落ちぶれた元貴族令嬢の持ち物なんて、ゴミも同然なんだから』と。そこまでおっしゃるならと、その言葉に従わせて頂きました。離婚届は弁護士に届けさせますから、今後は弁護士を通してくださいね」


 不動産屋に家の鍵を渡し、私は皆さんに最後の挨拶をしました。


「お望み通り出ていきます。それでは、ごきげんよう」


 全員が一気に老け込んだような、何とも言えない可笑しな形相をしていましたが、私には関係がないことなので、それきり振り向かず、叔父の手を取り馬車に乗り込みました。


 馬車の中で、伯父が尋ねました。

「これからどうするのだ? 皆マルセリアに会いたがっている。どこへ行くにしても、まずはイングマール邸でゆっくり英気を養うといい」

「ありがとうございます、叔父様」

「そういえば、元婚約者から手紙が来ていたよ。病が寛解したそうだ」

「そうですか! 近いうちに療養先まで会いに行くのもいいですね。湖が美しい場所だと聞いています。とても楽しみだわ。何しろ私には、時間もお金もたっぷりありますから」


 そうして、馬車は走り出したのです。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。