月夜のおでかけ 前編
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季節はまだ夏なので、レオポルドもお前呼びです。
錬金術師たちが帰った夜の研究棟はひっそりとしている。なんだか古い学校の怪談を思いだしそうで、わたしはソラに魔導ランプを持ってきてもらう。
動く人形と過ごす夜。やだ、ホントに怪談じゃん。
「おっきいねぇ……」
中庭に寝転んだわたしは、ぽっかりと空に浮かぶ、ふたつの月を見上げた。真上から、魔導ランプを手にしたソラがのぞきこむ。ランプの光に透けるような水色の髪が、キラキラ輝いていてとてもかわいい。
「ネリア様、月見ですか?」
「まぁね。音楽とかほしいかも」
虫が鳴くわけでもなし、シャングリラの夜は静かすぎるのだ。
「楽師を呼びましょうか」
「そこまでじゃないかな……」
中庭でゴロゴロしながら、そばで演奏されてもくつろげないじゃん!
ソラはこてりと首をかしげた。
「ネリア様はあまり、夜の外出はなされませんね」
「あ、うん。そうだね……夜は危ないかなって……ん?」
わたしはがばりと起き上がる。なんのための三重防壁か、すっかり忘れてた!
「そっか……身を守る術はあるんだし、ちょっとおでかけしてみようかな」
え、どうしよう。夜の王都にでかけるなんてソワソワしちゃう。
あっちの世界で夜のおでかけなんて、近所のコンビニに行くぐらいで…… 塾の補講もお好み焼き屋のバイトも、終わったら自転車で帰ってたし。
「えっと……ライアスと街歩きしたときのワンピースでいいかな。サンダルも気に入ってたんだよね」
ソラはパチパチとまばたきをした。
「ネリア様、おひとりでおでかけですか?」
「うん。まぁ、だいじょうぶでしょ。何かあったらライガで帰ってくるし」
わたしは居住区に戻ってササッと着替えを済ませ、お気に入りのかわいいサンダルを履く。
「ふふっ、ちょっとだけ夜のお散歩。川べりを歩いてもいいし、シャングリラ中央駅まで行ってもいいかもね。劇場がある四番街なら、遅くまで店も開いてるんでしょ?」
王都の夜景がよく見える場所を探してもいい。月に誘われて街を歩きたい気分なのだ。
「じゃあ、ソラ。でかけてくるね!」
「いってらっしゃいませ、ネリア様」
左腕につけたライガを展開して、わたしはふわりと空に飛びだした。中庭で手を振るソラが、あっというまに小さくなる。
「ふふふ……どこにいこうかなぁ」
ウキウキとお城の上を旋回して、塔の最上階にいつもついている明かりが、消えていることに気がついた。
「あいつも今日は早く帰ったのね。よしよし」
レオポルドは仮眠室のベッドを利用することはあるものの、ふだんは十番街にあるアルバーン公爵邸に帰っているらしい。
貴族の暮らしがどんなものかは知らないけれど、十番街を避ければかち合うこともないだろう。
「音楽が聴きたいんだよねぇ……そうすると四番街かなぁ」
月が大きく輝く夜は静かに眠るより、にぎやかさに身を浸していたい。上空から見ても、王都のその一角は魔導ランプの明かりが密に輝いている。
すーっと滑るようにライガで四番街近くの裏通りに降りて、腕輪に収納する。
「表通りは確か、こっちのほう……」
やってきた四番街は王都の中では劇場もあるにぎやかな通りだ。歓楽街でもあると聞いたけれど、それっぽい看板をだしている店があるだけで、酔っ払いの姿も見かけない。
キョロキョロしながら歩いていると、わたしはいきなり名を呼ばれて飛び上がった。
「なにしてんのさ、ネリア」
「ひゃいっ⁉」
ギギギ……と首を回して振り向くと、こげ茶の髪に眼鏡をかけた青年がニヤニヤ笑いながら立っている。
「オ、オドゥ……なんでここに?」
「それはこっちのセリフだよ。僕んちすぐソコなんだけど」
「そうなの⁉」
そういえば、昼食のときに四番街のあれこれを教えてくれたのはオドゥだっけ……。
彼と出会ったのはまだいい。問題はその後ろに、銀髪の魔術師が眉間にシワを寄せて立っていることだ。
「レ、レオポルドまで……ごきげんよう?」
眉間のシワがググッと深くなった。
「お前には、私が機嫌よさそうに見えるのか?」
ちっとも見えません!
「てか、ルルゥが『ネリアが来た』って教えるからさぁ。ウソだろ……って思ったのに、ネリアがめっちゃキョロキョロしながら歩いてくるんだもん。よそ見したら危ないよぉ?」
しっかり観察されてたよ!
「そっかぁ、偶然だね」
それだけ言って、わたしはくるりと回れ右したくなった。仕事でもないのに、あんな深いシワ見せられたらたまんない。
さっさとふたりから離れてしまいたい。なのに深いため息とともに、銀髪の魔術師が問いかけてくる。
「なんのために四番街までやって来たのだ」
「ええとぉ……月を追いながら、夜の街歩きをしたくて」
「月を追いながら?」
けげんな顔をするレオポルドの横で、オドゥまでもが興味津々といったようすで身を乗りだしてくる。
「へぇ、それ……どんな目的で?」
「目的はないよ。ただ歩くだけ。あと音楽が聴けるところを見つけたいなって」
「目的もないのに歩くのか?」
シャングリラの夜、大劇場もある華やかな通りの裏道で、わたしは超絶美形に職務質問されている気分になる。怪しい者じゃないです、ホントに!
「月に誘われたんだよ」
わたしの答えにふたりとも月を見上げた。オドゥが眼鏡のブリッジに指をかけて首をひねる。
「あれ、誘ってんのか?」
「月の精霊は神話にしか出てこぬが……」
比喩表現だということが、どうも伝わっていないようだ。
「それと研究棟の夜が静かすぎて。寝る前に音楽でも聴けないかなって思って」
わかってる。BGMがある世界に住んでいた、わたしのわがままだってことは。するとふたりは顔を見合わせた。
「僕も劇場で寝ることはあるけど……寝る前に音楽?」
「子守唄ではないか?」
「子守唄じゃないけど、音楽を聴いてのんびりリラックスしたいなって……」
なんとなく、グレンにお風呂の説明をしたときのことを思いだす。音楽が持ち歩けるなんて、こっちの人たちには想像もつかないに違いない。
「リラックスかぁ……酒場の弾き語りがそれっぽいけど、ネリアはお酒飲むの?」
「う、飲めるけど……飲酒運転になっちゃうからやめとくよ」
寝る前に動画が観たいなんて、ぜいたくは言わないから!
Give me music!
オドゥはそんなわたしを見下ろして、ぽつりとつぶやいた。
「不安定になっているのかな。静かな夜が苦手なら、僕かライアスに声をかければいいのに」
「えっ、だってライアスは竜騎士団長だから朝が早いし、オドゥはいつも誰かと約束してるじゃない」
「そんなの、ネリアのためなら予定を開けるよぉ」
彼はほほえむけれど、眼鏡の奥で深緑の瞳が怪しく光ったような気がして、わたしはジリ……とあとずさりした。
「そ、そんなの……わざわざしてもらうほどじゃないし。ちょっとおでかけしたい気分だっただけだよ。それよりふたりはなぜ一緒にいるの?」
「僕らは四番街で食事して、これから帰るとこだよ」
「そうなんだ。それじゃあね!」
軽く手を振って歩きだそうとしたところで、オドゥに止められる。
「ちょっとちょっと。ネリアひとりじゃ目立つし、危なっかしいって。僕らもつき合うよ」
「えええ……」
「えええ、じゃないよ。エスコートもなしに歩き回るなんてさぁ、誘ってくれって言ってるようなもんじゃん」
「そんなことないよ。さっきから何回も道を聞かれるけど、誘われたことなんてないもん」
「何回も?」
わたしの返事に、レオポルドが眉をひそめて聞いてくる。
「うん。でもわたしは王都の道なんて知らないし、案内もできないから断ったけど」
「うわ……それ、お誘いだよ。『お礼に一杯どう?』っていうパターン、気づかなかった?」
「え……」
オドゥが教えてくれて、わたしはぽかーんと口を開けた。わたしは誘われていたの⁉
「や、でも本当に道がわからなくて、困ってたのかもしれないじゃん」
帰ってきたのは、深いため息だけだった。
「レオポルド、早めに声かけてよかったな。あのねぇ、ネリア。僕らがその距離歩いても、誰も声なんかかけてこないよ」
「…………」
レオポルドは頭痛でもするのか、こめかみを押さえて顔をしかめている。
「じゃあ、道に迷って困ってたオジサンじゃなかったてこと?」
訳がわからない。なぜウソをついてまで、話しかける必要があるのだろう。オドゥは遠い目をした。
「いや、まぁ話すキッカケがほしかったんだろうな」
「阿呆が……」
毒づくレオポルドはなぜか殺気まで放っている。怖い。やっぱり帰ろう。
「じゃ、じゃあわたし帰る。ふたりに会えてよかったよ。それじゃ……」
「待て」
こんどはレオポルドに呼び止められた。まだ何かあるのかなぁ。ビクビクと振り返るわたしの腕を、大きな手がガシッとつかんだ。
「街を歩きたかったのだろう。こっちだ」
「へ?」
そしてレオポルドはわたしの腕をつかんだまま、ただ前を見すえて歩きだす。その横顔は彫像のように無言のままだ。
とまどってオドゥを見上げても、彼は軽く肩をすくめるだけで、黙って後からついてくる。
「これさぁ、僕……お邪魔虫じゃない?」
「…………」
「レオポルドは意外と楽しそうだよ」










