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【4月/14日コミックス1巻発売】魔術師の杖 短編集 ネリアとレオポルドのじれじれな日常  作者: 粉雪
2026年七夕SS

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月夜のおでかけ 前編

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季節はまだ夏なので、レオポルドもお前呼びです。

 錬金術師たちが帰った夜の研究棟はひっそりとしている。なんだか古い学校の怪談を思いだしそうで、わたしはソラに魔導ランプを持ってきてもらう。


 動く人形と過ごす夜。やだ、ホントに怪談じゃん。


「おっきいねぇ……」


 中庭に寝転んだわたしは、ぽっかりと空に浮かぶ、ふたつの月を見上げた。真上から、魔導ランプを手にしたソラがのぞきこむ。ランプの光に透けるような水色の髪が、キラキラ輝いていてとてもかわいい。


「ネリア様、月見ですか?」


「まぁね。音楽とかほしいかも」


 虫が鳴くわけでもなし、シャングリラの夜は静かすぎるのだ。


「楽師を呼びましょうか」


「そこまでじゃないかな……」


 中庭でゴロゴロしながら、そばで演奏されてもくつろげないじゃん!


 ソラはこてりと首をかしげた。


「ネリア様はあまり、夜の外出はなされませんね」


「あ、うん。そうだね……夜は危ないかなって……ん?」


 わたしはがばりと起き上がる。なんのための三重防壁か、すっかり忘れてた!


「そっか……身を守る術はあるんだし、ちょっとおでかけしてみようかな」


 え、どうしよう。夜の王都にでかけるなんてソワソワしちゃう。


 あっちの世界で夜のおでかけなんて、近所のコンビニに行くぐらいで…… 塾の補講もお好み焼き屋のバイトも、終わったら自転車で帰ってたし。


「えっと……ライアスと街歩きしたときのワンピースでいいかな。サンダルも気に入ってたんだよね」


 ソラはパチパチとまばたきをした。


「ネリア様、おひとりでおでかけですか?」


「うん。まぁ、だいじょうぶでしょ。何かあったらライガで帰ってくるし」


 わたしは居住区に戻ってササッと着替えを済ませ、お気に入りのかわいいサンダルを履く。


「ふふっ、ちょっとだけ夜のお散歩。川べりを歩いてもいいし、シャングリラ中央駅まで行ってもいいかもね。劇場がある四番街なら、遅くまで店も開いてるんでしょ?」


 王都の夜景がよく見える場所を探してもいい。月に誘われて街を歩きたい気分なのだ。


「じゃあ、ソラ。でかけてくるね!」


「いってらっしゃいませ、ネリア様」


 左腕につけたライガを展開して、わたしはふわりと空に飛びだした。中庭で手を振るソラが、あっというまに小さくなる。


「ふふふ……どこにいこうかなぁ」


 ウキウキとお城の上を旋回して、塔の最上階にいつもついている明かりが、消えていることに気がついた。


「あいつも今日は早く帰ったのね。よしよし」


 レオポルドは仮眠室のベッドを利用することはあるものの、ふだんは十番街にあるアルバーン公爵邸に帰っているらしい。


 貴族の暮らしがどんなものかは知らないけれど、十番街を避ければかち合うこともないだろう。


「音楽が聴きたいんだよねぇ……そうすると四番街かなぁ」


 月が大きく輝く夜は静かに眠るより、にぎやかさに身を浸していたい。上空から見ても、王都のその一角は魔導ランプの明かりが密に輝いている。


 すーっと滑るようにライガで四番街近くの裏通りに降りて、腕輪に収納する。


「表通りは確か、こっちのほう……」


 やってきた四番街は王都の中では劇場もあるにぎやかな通りだ。歓楽街でもあると聞いたけれど、それっぽい看板をだしている店があるだけで、酔っ払いの姿も見かけない。


 キョロキョロしながら歩いていると、わたしはいきなり名を呼ばれて飛び上がった。


「なにしてんのさ、ネリア」


「ひゃいっ⁉」


 ギギギ……と首を回して振り向くと、こげ茶の髪に眼鏡をかけた青年がニヤニヤ笑いながら立っている。


「オ、オドゥ……なんでここに?」


「それはこっちのセリフだよ。僕んちすぐソコなんだけど」


「そうなの⁉」


 そういえば、昼食のときに四番街のあれこれを教えてくれたのはオドゥだっけ……。


 彼と出会ったのはまだいい。問題はその後ろに、銀髪の魔術師が眉間にシワを寄せて立っていることだ。


「レ、レオポルドまで……ごきげんよう?」


 眉間のシワがググッと深くなった。


「お前には、私が機嫌よさそうに見えるのか?」


 ちっとも見えません!


「てか、ルルゥが『ネリアが来た』って教えるからさぁ。ウソだろ……って思ったのに、ネリアがめっちゃキョロキョロしながら歩いてくるんだもん。よそ見したら危ないよぉ?」


 しっかり観察されてたよ!


「そっかぁ、偶然だね」


 それだけ言って、わたしはくるりと回れ右したくなった。仕事でもないのに、あんな深いシワ見せられたらたまんない。


 さっさとふたりから離れてしまいたい。なのに深いため息とともに、銀髪の魔術師が問いかけてくる。


「なんのために四番街までやって来たのだ」


「ええとぉ……月を追いながら、夜の街歩きをしたくて」


「月を追いながら?」


 けげんな顔をするレオポルドの横で、オドゥまでもが興味津々といったようすで身を乗りだしてくる。


「へぇ、それ……どんな目的で?」


「目的はないよ。ただ歩くだけ。あと音楽が聴けるところを見つけたいなって」


「目的もないのに歩くのか?」


 シャングリラの夜、大劇場もある華やかな通りの裏道で、わたしは超絶美形に職務質問されている気分になる。怪しい者じゃないです、ホントに!


「月に誘われたんだよ」


 わたしの答えにふたりとも月を見上げた。オドゥが眼鏡のブリッジに指をかけて首をひねる。


「あれ、誘ってんのか?」


「月の精霊は神話にしか出てこぬが……」


 比喩表現だということが、どうも伝わっていないようだ。


「それと研究棟の夜が静かすぎて。寝る前に音楽でも聴けないかなって思って」


 わかってる。BGMがある世界に住んでいた、わたしのわがままだってことは。するとふたりは顔を見合わせた。


「僕も劇場で寝ることはあるけど……寝る前に音楽?」


「子守唄ではないか?」


「子守唄じゃないけど、音楽を聴いてのんびりリラックスしたいなって……」


 なんとなく、グレンにお風呂の説明をしたときのことを思いだす。音楽が持ち歩けるなんて、こっちの人たちには想像もつかないに違いない。


「リラックスかぁ……酒場の弾き語りがそれっぽいけど、ネリアはお酒飲むの?」


「う、飲めるけど……飲酒運転になっちゃうからやめとくよ」


 寝る前に動画が観たいなんて、ぜいたくは言わないから!


 Give me music!


 オドゥはそんなわたしを見下ろして、ぽつりとつぶやいた。


「不安定になっているのかな。静かな夜が苦手なら、僕かライアスに声をかければいいのに」


「えっ、だってライアスは竜騎士団長だから朝が早いし、オドゥはいつも誰かと約束してるじゃない」


「そんなの、ネリアのためなら予定を開けるよぉ」


 彼はほほえむけれど、眼鏡の奥で深緑の瞳が怪しく光ったような気がして、わたしはジリ……とあとずさりした。


「そ、そんなの……わざわざしてもらうほどじゃないし。ちょっとおでかけしたい気分だっただけだよ。それよりふたりはなぜ一緒にいるの?」


「僕らは四番街で食事して、これから帰るとこだよ」


「そうなんだ。それじゃあね!」


 軽く手を振って歩きだそうとしたところで、オドゥに止められる。


「ちょっとちょっと。ネリアひとりじゃ目立つし、危なっかしいって。僕らもつき合うよ」


「えええ……」


「えええ、じゃないよ。エスコートもなしに歩き回るなんてさぁ、誘ってくれって言ってるようなもんじゃん」


「そんなことないよ。さっきから何回も道を聞かれるけど、誘われたことなんてないもん」


「何回も?」


 わたしの返事に、レオポルドが眉をひそめて聞いてくる。


「うん。でもわたしは王都の道なんて知らないし、案内もできないから断ったけど」


「うわ……それ、お誘いだよ。『お礼に一杯どう?』っていうパターン、気づかなかった?」


「え……」


 オドゥが教えてくれて、わたしはぽかーんと口を開けた。わたしは誘われていたの⁉


「や、でも本当に道がわからなくて、困ってたのかもしれないじゃん」


 帰ってきたのは、深いため息だけだった。


「レオポルド、早めに声かけてよかったな。あのねぇ、ネリア。僕らがその距離歩いても、誰も声なんかかけてこないよ」


「…………」


 レオポルドは頭痛でもするのか、こめかみを押さえて顔をしかめている。


「じゃあ、道に迷って困ってたオジサンじゃなかったてこと?」


 訳がわからない。なぜウソをついてまで、話しかける必要があるのだろう。オドゥは遠い目をした。


「いや、まぁ話すキッカケがほしかったんだろうな」


「阿呆が……」


 毒づくレオポルドはなぜか殺気まで放っている。怖い。やっぱり帰ろう。


「じゃ、じゃあわたし帰る。ふたりに会えてよかったよ。それじゃ……」


「待て」


 こんどはレオポルドに呼び止められた。まだ何かあるのかなぁ。ビクビクと振り返るわたしの腕を、大きな手がガシッとつかんだ。


「街を歩きたかったのだろう。こっちだ」


「へ?」


 そしてレオポルドはわたしの腕をつかんだまま、ただ前を見すえて歩きだす。その横顔は彫像のように無言のままだ。


 とまどってオドゥを見上げても、彼は軽く肩をすくめるだけで、黙って後からついてくる。

「これさぁ、僕……お邪魔虫じゃない?」

「…………」

「レオポルドは意外と楽しそうだよ」


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