水かけ祭り 後編
六番街の市場にやってきたわたしたちを、青果店のミンサちゃんが見つけて手を振った。
「アレクくん、ネリィさん!そして、えーっと……」
青いレオポルドを見て、ミンサちゃんはぽかんと口を開けた。
「あっ、レオだよ。水かけ祭りに参加したいんだって!」
「あ、そう。そうよね……きれいなヴェリガンさんというか……水の精霊かと思っちゃった」
きれいなヴェリガンさん……。
「…………」
どういう反応をするかと思ったけれど、彼の表情はまったく変わらない。いつも通りだね!
市場の南と北に別れて水をぶっかけ合う祭りだと、ざっくり教えたミンサちゃんは、色とりどりの水風船みたいなボールが入った袋を渡してくれる。
「これ、ひとつひとつ中身が水だから。水かけ祭りが始まったら、互いにぶつけるの。あとはバケツで水をぶっかけたり、桶で水を汲んで応戦するんだ。あたしたちは南組」
「勝敗はどうやって決めるの?」
「前半戦と後半戦に別れてて、前半は互いに水をかけ合うだけ。前半戦の勝った組からイケニエを選んで、あの船のマストにくくりつける。後半戦はイケニエを助けだすまでが勝負」
「イケニエ?」
「細かいことは、やってみればわかるよ。このお祭りはちゃんと歴史があって、防犯訓練と防災訓練も兼ねてるんだ」
なんでも昔、船着き場では実際に盗賊たちとの攻防戦があって、火をつけられた店をみんなで消火したんだそうだ。
しかも娘たちをさらった盗賊に、たいした武器を持たない商店主たちは、水をかけて応戦したのだという。
「ドラゴンがいるといっても、竜王サマが戦ったら市場が壊れちゃうからね。だから盛大に水をかけ合うの。ドラが三回鳴ったら始まりね」
「おおお、そんなパワフルなお祭りだったとは」
「祭りが始まったら、市場全体がびしょ濡れだから。今のうちに腹ごしらえしたほうがいいよ。案内しようか?」
「だいじょうぶ。テルジオさんにガイドマップもらったから。アレク、何食べたい?」
「僕、焼きターメンとムンチョのフライ」
「レオポルドもそれでいい?」
「ああ」
焼きターメンは鉄板焼きの一種で、鉄板で炒めた麺にスープをジュワッと注いで水分を飛ばす。パッと皿に載せて渡された麺は、スパイスが効いていて舌がピリリとする。
「んー、スパイシーでおいしい。でもちょっと辛いね」
「水、ほしい……」
アレクはちょっと涙目だ。子どもにはキツい辛さかも。
「もしかして、アレクは焼きターメン食べるの初めて?」
「うん。いつもいい匂いがして、おいしそうだったから……」
憧れていた大人の味に挑戦したけれど、まだアレクにはちょっと早かったみたい。すぐにレオポルドが隣の屋台から、ムンチョのフライにパンを追加してもらってくる。
「ムンチョのフライはだいじょうぶだろう。パンにはさんでソースをかけてもらった。ターメンはこちらに寄越せ」
「ありがとう、お兄さん」
アレクはホッとしたように、ムンチョサンドを受け取る。そして彼のターメンは、レオポルドがペロリと食べた。
「なんかレオがターメンすすってるの、不思議……」
めちゃめちゃ銀のカトラリーが似合いそうな人なのに。
「屋台めぐりはオドゥとよくやった」
「ライアスは?」
すると彼はニヤリと笑う。
「あいつはよく食べるから、買い食いをするとバレる。夕食が入らなくなって、オーランドやマグダに怒られるからな。あまり誘わなかった」
「そっか、怒られるんだ……」
「この辛さ、昔はもっと火を吹くように感じたが、今では平気だ」
レオポルドも最初は、アレクみたいに涙目になりながら焼きターメンを食べたのかもしれない。
そうこうしているうちに、市場が見渡せるやぐらに置いてあるドラが、ゴォーンと鳴らされた。
屋台の店主たちがバタバタと鍋を片づけ、日よけのひさしもたたみ始めた。
「はじまっちゃう!」
わたしとアレクはノドに押しこむようにして、残りのご飯を食べ終わる。
「早く早く!ちょっと高くなった場所に行こうよ!」
「待って、アレク!」
バタバタとアレクを追いかけると、レオポルドの姿を見失う。あれ?と思ったら、すぐ横にいた。
「今、転移した?」
「さぁな」
転移したでしょ。街でむやみに使っちゃいけないんだぞ!
注意したいけど二回目のドラが鳴る。ようし、こうなったら……。
わたしは袋から水の詰まったボールを取りだす。そして……。
ゴオォーン……三回目のドラが鳴らされた!
「えーいっ!」
わたしはレオポルドに思いっきり、持っていたピンクのボールをぶつけた。
ビシャアアァッ!
彼の顔面に命中したボールは弾け、ピンクの液体が彼の顔や服に伝って流れる。
「へっ⁉」
これ……色とりどりのボールじゃなくて、袋自体は透明だけど中身が色水なんだ!
「そーれっ!」
アレクまでもがマネをしてボールを投げ、ピンクの上から緑が重なる。
「…………」
彼の口の端にゾッとするような笑みが浮かんだ。
ビッシャアアァッ!
「ぴえーっ!ちょっと!」
今度はわたしが水色に染まる。次はケラケラ笑うアレクが紫に。
「あの長身のイケメンを狙えぇ!」
「モテそうな面しやがって!」
「滅びろぉ!」
市場の人たちまで加わって、あっというまにレインボーレオポルドができあがる。無礼講だもんね。ガチ勢だし、たぶんだいじょうぶ。
屋台のおばさんたちも大笑いしながら、バケツ片手にザッパンザッパン水をかけてくる。目が合うと狙われるから、ホントめちゃくちゃだ。
「わぷっ!ひえええぇ!」
「ネリィ、こっち!」
置かれたタルや木箱を盾にして、うまく水を避けながらボールを投げるのがコツらしい。雪合戦ならぬ水合戦の様相だ。
手持ちの袋のカラーボールが尽きたらしいレオポルドは、どこかから調達したバケツを持って水を振りまいている。
しかもどんなにまいても、バケツの水が尽きることがない。こんなところでドサクサに紛れて、あいつ水魔術使ってる!
「やっぱガチ勢じゃん!」
「レオ兄ちゃん凄いねぇ。僕もあんなふうに水が喚べたらなぁ」
アレクは目をキラキラ輝かせているけれど、彼のマネはしないほうがいいと思う。
そんなことを考えていたら、振り向いた彼とパッと目が合った。ドギマギするヒマもなく、彼がひと声叫ぶ。
「上!」
バッシャアアアアァ!
わたしは全身滝のような水を浴びせられて、ツルッと滑って尻もちをついた。視界が奪われたところを、ガシッと太い腕に抱えられる。
「な、なに?」
「イケニエを捕まえたぞおぉ!」
わたしはポイポイッとバケツリレーのように運ばれ、あっさりと船に乗せられてマストにくくりつけられてしまう。
そしてガタイのいいあんちゃんが、野太い声で吠えるように叫んだ。
「今年のイケニエはこの子だあぁ!」
「ネリィがさらわれた!」
「あ~、ネリィちゃん小柄だから、運びやすいもんねぇ」
船着き場でアレクが叫んでわたしを指さすと、横でミンサちゃんが目の上に手をかざして解説している。
ちょっと待って。イケニエなんて聞いてない。アレクが両手を口にあてて大声で叫ぶ。
「だいじょうぶだよー、ネリィを助けるのが後半戦だから!」
た、助けてもらえるの?
頼りになりそうなあいつを目で必死に探せば、片手にバケツを持ったまま、腕組みしてこっちを眺めている。見物するなぁ、こらあぁ!
助けて。助けて。助けてほしい。
必死にアイコンタクトを取っても、レオポルドは小首をかしげるだけだ。ぜんぜん通じないんですけど⁉
「みんなー、さらわれたネリィちゃんを助けるよ!」
「おーっ!」
ミンサちゃん……頼りになるうぅ!
「ハーハッハ!イケニエの命がどうなってもいいのかぁ!」
悪役っぷりが板についてるけど、焼きターメンの店のオヤジさんじゃん!
すると目が合ったオヤジさんから、バチンと迫力のあるウィンクが飛んでくる。
「来るぞ。目ぇあけてらんねぇから覚悟しときな!」
「来るって何が?」
すると船着き場ではミンサちゃんたちが、ゴロゴロと台車に載せた何かを運んでくる。見るからにそれは大砲のようで……。
「え、大砲⁉」
「水かけ祭りだからよ。飛んでくるのは水球だけどな」
水球ってなんですか⁉
「そぉーれっ!」
ドオォン!
……バッシャアアアアッ!
ドオォン!
……バッシャアアアアッ!
その威力はすさまじく、盗賊役のあんちゃんたちが、次々に吹っ飛ばされて川に落ちる。わたしの至近距離でも水球が炸裂した。イケニエにも当たるんですけど⁉
ドオォン!
……バッシャアアアアッ!
「うわっぷ」
わたしは頭から何度も水をかぶり、そのたびにあんちゃんたちが船から消えていく。
「ネリィーっ、もうちょっとだからねー!」
これ、いつ終わるの⁉
わたしはザッパンザッパン水をかぶり、うっかり洗濯機に落ちた子猫みたいにビショ濡れになったところを、レオポルドに抱えられたアレクに救出された。
「ネリィ、助けにきたよ!」
どうやらイケニエを救ったアレクがヒーローで、レオポルドはちゃんと彼に花を持たせてくれたらしい。
「たたたたひゅけにきへくれへ、あひがと……」
動き回っていた前半と違い、後半はマストに縛られて水をかぶり続けたわたしは、歯をガチガチ鳴らしながらお礼を言う。
すると彼は眉を寄せて聞いてきた。
「ここまでして水かけ祭りを楽しみたかったのか?」
「ここここんにゃおまちゅりだとは……ひ、ひらなひゅて」
「…………」
彼はそれ以上何も聞かず、浄化の魔法とアルバの呪文をわたしにかけると、再開した屋台から温かいスープを買ってきてくれたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ヴェリガン、だいじょうぶですか?」
市場のすみで心配そうに灰色の髪をした女性が、そばにいた紺の髪でぐしょ濡れになっている、ヒョロッとした男に話しかけた。
「だだだだいじょぶぶぶ」
「すみません……私が『やっぱりアレクが心配だ』なんて言ったばかりに……」
完全防水のレインコートを着ているヌーメリアは、それほど濡れなかったけれど、ついてきたヴェリガンは水かけ祭りの最中、ずっとうずくまっていた。
「本当にごめんなさい」
ヌーメリアに浄化の魔法をかけてもらうだけで、ヴェリガンはちょっとだけ幸せな気分になる。
「でもよかった……アレクが楽しそうで。私たちも何か食べて帰りましょうか」
コクコクとうなずく彼は、とっても幸せな気分になった。










