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【4月/14日コミックス1巻発売】魔術師の杖 短編集 ネリアとレオポルドのじれじれな日常  作者: 粉雪@4/14『魔術師の杖』コミックス1巻発売
発売5周年記念SS

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水かけ祭り 前編

『魔術師の杖①錬金術師ネリア、師団長になる』

2021年5月21日発売。今日で発売5周年です!

 そのときわたしは、ちょっと煮詰まっていた。


 収納ポケットの術式を書きなおして、古代文様を配置する場所を決め、それをいい具合に組み立てて……もう少しで完成しそうだけど、まだ納得できない部分がある。


「んーむむむ」


 そのとき、カゴに山盛りのフルーツを入れた、アレクが師団長室に入ってくる。


「ネリア、口がタコみたいになってるよ」


「え、変な顔してるから見ちゃダメ!」


 バッと両手で顔を隠せば、アレクは陽気に笑った。


「あはは、変な顔したってネリアはかわいいから、だいじょうぶだよ。ねぇ、見て。ヴェリガンとこで採れたんだ」


 アレクってば優しい。彼はひょいとカゴを持ち上げて中身を見せた。色つやのいい、ぷっくりしたフルーツはどれもおいしそうだ。


「ヴェリガン、果樹栽培まで始めたの?」


「んとね、最初はヌーメリアのために毒草園を造ろうとしたのを、僕が止めたんだ。『ヌーメリアはいつもオヤツ食べるときニコニコしてるから、フルーツのほうがいいよ』って」


 さすがアレク!


 先祖代々、王家の薬草園を管理していた家系の出身である〝毒の魔女〟ヌーメリアの知識はハンパじゃない。


 毒草でギッシリの毒草園。見てみたいけどちょっと怖い。


「わたしが住んでいたとこ、食虫植物の専門店があったなぁ」


 その店はふつうの民家を改築したもので、門からアプローチを上がると、真鍮製のドアノッカーがついた扉の横に出窓があり、そこに珍しい外国産の食虫植物の鉢植えが置かれていた。


 いつも前を通るだけで、その店に入ったことはない。ときどき仕入れに出かけるのか、ドアに『長期休業』の張り紙が貼られていた。


 あっちの世界の散歩道にあった、ちょっと変わった店を思いだしていると、アレクは目を丸くした。


「なにそれ、拷問用?」


「いや、観賞用だけど……」


「だって消化液分泌する食欲旺盛なヤツらだろ?ちゃんと食べさせないと暴れだすんじゃ……」


「えっと、もうちょっと消極的というか、落ちてくる虫をつかまえる感じ?」


「あ、沼サイズってこと?それなら動きは鈍いかもね」


 ここでわたしは、わたしが知っている食虫植物と、アレクが考えるイメージとはだいぶかけ離れていることに気がついた。彼は彼で錬金術師ヴェリガンから、植物のことをいろいろと教わっているのだ。


 そうだった。魔獣図鑑に載っている虫タイプの魔獣には、人ぐらいの大きさのもあったんだ。それを食べる植物なら、とんでもないもの飼ってそうと思われるのも当然で……。


 わたしはへちょりと机につっぷした。


「ダメだ。この世界について行ける気がしない……」


「よくわかんないけどさ、これで何か作ろうよ。僕、ソラに頼んで冷やしてもらうね。ネリアも休憩したらどう?」


 とことこと師団長室をつっきり、アレクは中庭に続くドアを開ける。とたんに夏の熱気が押し寄せてきた。照りつける日差しは強く、日なたと日陰のコントラストははっきりしていて、わたしはぼんやりと考える。


(この世界にふたつあるのが太陽じゃなくて月でよかった……)


 これ以上まぶしかったら、デーダス荒野も灼熱の大地になって、わたしは生きていけなかったろう。そう、生きていられるだけでも、じゅうぶんすごい。


「そうだね、楽しまなきゃ」


 わたしはガタリと立ち上がり、アレクのあとに続いた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「んー、まぶしい!」


 中庭のガーデンテーブルに座れば、閉じたまぶたに太陽の熱を感じる。そのまま鳥のさえずりや、樹々を揺らす風の音に耳をかたむけた。


「エクグラシアにセミっていないんだなぁ」


「ふぇみ、でございますか?」


 わたしが中庭にあらわれたものだから、すっと近寄ってきたソラが首をかしげる。グレンの術式を使っても、こっちの世界にない単語はうまく変換されない。


「ふふっ、なんでもない。ソラ、中庭で水遊びしよう!」


 いつもなら「かしこまりました」と即答するソラも、このときばかりはパチパチとまばたきをした。


「水遊び、でございますか」


「うん、そう。アレクも退屈してるみたいだしね。ビニールプール……はないから、大きめのタライ用意してくれる?」


「はい」


 ソラに頼めば、たいていのものは用意してくれる。王城のどこかから運んできたタライに水を張ると、わたしはポイポイとローブを脱ぎ、靴も脱いで素足を冷たい水に浸した。


「キャッ、つめたっ!」


 その横では小さめのタライに、アレクがフルーツを浮かべる。


「ネリア、それが水遊び?」


「アレクもやってみなよ。気持ちいいよ!」


 アレクも言われた通り、はだしになってタライに足を入れたけれど……。ふたり向かい合わせで座りタライに足を突っ込んで、足湯みたいに浸してから彼は首をひねった。


「気持ちいいけど、楽しいかというと……貴族なら川で舟遊びとかするんじゃないの?」


「マジ?」


「そうだよ。川に舟を浮かべて、女の人はくるくる日傘を回しながら乗るんだ」


 あー、なんかそんな名画なら美術館で見たことあるかも。


「母様はそんな感じだった。まぁ、僕を連れだすのは口実で、いつも男の人と会ってたけどね」


「えっ」


 そういえば、アレクからお母さんの話を聞くの、これが初めてかも。


「ヌーメリアは優しいから、話すと困らせちゃうんだ。僕にとってはただの思い出話なんだけど」


「思い出、なんだ……」


「母様は上機嫌だったし、オヤツも食べられたしね。男の人たちは優しくて、頭をなでてくれる人もいたし、楽しかったよ」


 ヘヘッとアレクは笑うけれど、それが家族との思い出だなんて……。


 十歳の男の子がなぜ研究棟になじめたのか不思議だったけど、そもそもふつうの生活を送っていなかったんだ。


 わたしは夏の濃い青空を見上げた。


「や、わたしもタライじゃなくて、ガーデンプールとかウォータースライダーとか楽しみたい気分ではあるんだけど」


 現状、研究棟の中庭でチャプチャプしているだけである。わたしが水を蹴って波を立てると、アレクも面白がってバチャバチャと水しぶきをあげた。ふたりともびしょ濡れになって、お互いの姿に笑いあう。


 それから浄化の魔法で体を乾かすと、ソラがむいてくれたフルーツをのんびりかじる。桃に似た果肉はみずみずしく、あとでソラにゼリーを作ってもらうことにした。


「大きな設備がいるものは難しいけれど、水鉄砲とか水風船とか何か作ろうかな……」


「ネリアが考えているのって、水かけ祭りみたいなもん?」


「水かけ祭り?」


「そう。びっしょびしょになるやつ。六番街の市場で夏にやるんだよ。お客さんもお店の人もいっしょになって大騒ぎするんだ」


 聞けば六番街でやる納涼大会みたいなものらしい。暑い夏の日に、遠慮なく水をぶっかけ合って、お互いびしょびしょになった姿を笑いながら、屋台で飲み食いするのだという。


「いいねぇ!」


「僕もちゃんとしたヤツは参加したことないんだ。ネリアもいっしょに行こうよ」


 ……ん?


「それ、ヌーメリアも誘ったの?」


 アレクはちょっと気まずそうな顔をして、舌をちろりと出した。


「実はヌーメリアもヴェリガンも誘ったんだけど……ダメだって。マウナカイアまでガマンしろって言われちゃってさ。ネリアが言えばほら、師団長の命令は絶対だし!」


「や、わたしも水かけ祭りの参加強制までは……」


「でも楽しそうでしょ。ネリアも興味あるでしょ!」


 グイグイくるね、アレク!


「そうね。わたしも……」


「ん?」


 いつか入ってみたかった、散歩道のあのお店にはもう行けない。わたしはわたしで、この世界で楽しめることを見つけなくっちゃ。


「なんでもない。アレクが行けるように考えてあげる」


「やったぁ!ありがとう、ネリア!」


 アレクは飛び上がって喜び、ソラの手をつかんで踊りだした。無表情なオートマタだけど、彼にとってはいい遊び友だちになっている。


「よしっ、休憩は終了。お仕事に戻るね」


 わたしは最後のひと切れを食べ終われば、アレクも伸びをして立ち上がる。


「ん、僕は昼寝するからさ。ネリア、またあとでね!」


 なんだかアレク……ここでずいぶん、優雅に暮らしてない?


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「……というわけで、水かけ祭りに行きたいんだけど」


 黄昏色の瞳をした銀髪の魔術師は、むすっと腕組みをしたまま、不機嫌そうな声でわたしに返事をする。


「なぜそれを私に言う」


「なんとなく。報告しといたほうがいいかなーって」


「…………」


 トントンと右手の人さし指で机を叩きながら、レオポルドは顔をしかめて左手でこめかみを押さえる。


「師団長の抑止力となるのは師団長か……私にもつき合えと?」


「いや、そこまでは。王都だし何も起こらないよ、たぶん」


「たぶん……」


 疑い深そうにわたしを見るけれど、もう少し信用してくれてもいいと思う。


「タライでパシャパシャ水遊びしても、なんか物足りないなーって」


「そんなことをしていたのか」


 彼が目を伏せると、黄昏色の瞳に長いまつ毛が影を落とす。まつ毛までも銀色だから、彼の色彩は白に近い。あまり夏の日差しには似合わないような気がした。彼は眉間にグッとシワを寄せ、深くため息をついた。


「わかった。私も行こう」


「えっ」


 驚くと彼はきらりと目を光らせ、口をへの字に曲げた。


「なんだ。来られたくない理由でもあるのか?」


「だって水かけ祭りだもん。びしょ濡れになるんだよ?」


 キラキラと輝く流れるような銀髪で、黒いローブにはびっしりと精緻な術式の刺繍がしてある。


 全身を護符で固めている魔術師が、市場でずぶ濡れになっているところなんて、わたしには想像できなかった。

挿絵(By みてみん)

次にくるマンガ大賞2026、対象作品です。

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