2517.合図
無言を貫いていたロプトウスだが、考える事が面倒になったのか、ちらりと上空でこちらを監視している様子のエグゼの姿を見上げるのだった。
エグゼは彼らから少し離れた空の上に居るが、そこまで遠いわけではない為に魔族の耳でしっかりと彼らの会話を聞いていた。
(ちっ、さっさと意識を失わせて連れて行けばいいだけの話だというのに、アイツはいつまでも何をのんびりとしているんだ。呪法の事を知りたいと言っていたから譲歩したが、こんな事なら最初から俺が行けば良かったな)
それ以外にもフルーフの呪法を警戒しているという事も事実であり、同じ呪法師であるロプトウスに任せれば一石二鳥だと判断したエグゼだったのだが、どうやら目論み通りに上手く情報を訊き出す事も出来ず、そればかりかこちらの助け舟を待っている様子で見上げるロプトウスに、とうとう彼は舌打ちをして動き出そうとするのであった。
しかし地上へ降りてこようとしていたエグゼが行動に移す前に、空を見上げていたロプトウスの視線がフルーフに向き、そしてその唇が高速で動き始めるのだった。
――生き延びたければ、俺に話を合わせろ。
空から降りて来るエグゼに悟られないように、しっかりとフルーフの方を向きながら、声を出さずに唇だけを動かしてそう伝える『ロプトウス』であった。
(……話を合わせろだと? こやつ一体、どういうつもりなんじゃ?)
読唇術でしっかりとロプトウスの唇の動きから何と言っていたかを理解したフルーフは、敵である筈の初老の男の不可解な声なき言葉に訝しむのだった。
そしてそれならばと、もっとスムーズに会話を行えるように『念話』を用いようと、ロプトウスに対して波長を合わせようとしたが、ロプトウスはフルーフからの波長を一切合わせようとはせず、上空から降りてくるエグゼに悟られぬように、再び唇の動きで『止めろ』と伝えてくるのであった。
フルーフはまだ自身の『念話』が他者に波長を合わせられて、強引に会話に参加された経験がない為、確実に離れた場所に居る者と意思疎通が図れると思っていたが故に、何故目の前の初老の男が話を合わせろと告げて来た癖に、意思の疎通の為の『念話』を拒否するのか理解出来なかった。
だが、止めろと断られた以上は無理に波長を合わせる必要もないと判断し、直ぐ間近にまで迫って来ているもう一体の魔族の方に視線を向けるフルーフであった。
そしてフルーフが視線をロプトウスから離した直後、この場にもう一体の魔族である『エグゼ』が地上に到着するのだった。
「ちっ! お前はいつまでも何をしているんだ? さっさとお前が言っていたやり方でこいつの能力を奪うなり、意識を失わせるなりして連れ出す準備をしろよ。レキ様が首を長くして俺達の帰還を待っているのだぞ?」
「ああ……。俺も先程まではそのつもりだったんだがな、少しばかり俺のやり方で『発動羅列』をコピーする為には、この世界の『発動羅列』の刻印を目に留める必要があるんだ。そこでお前に協力してもらおうと思ったわけだ」
「面倒だな、お前の『能力』にはそんな制約があるのか。まぁ、それだけ強力な代物なら仕方がない……か。分かった、それじゃ俺がコイツの相手をすればいいのか?」
「まぁ、そうだな。こいつの『発動羅列』の文字を長く見続ける必要があるから、可能な限り手加減しながら戦ってくれ」
今の今までそんな話をフルーフにしなかった初老の男だが、エグゼにそう告げた後に一瞬だけフルーフの方を見て、小さくウインクを行い合図を飛ばしてくるのだった。
どうやらこれが先程、男が言っていた話を合わせろと告げていた事なのだろう。
「そんな面倒な手順を踏むぐらいなら、さっさと意識を失わせて連れて行った方が早いだろうに……」
「それだと俺には何の得もないだろうが。あくまで俺がお前達に協力してやっているのは、新たな『魔』の概念知識を得る為だという事を忘れるなよ?」
「お前こそ今好き勝手出来ているのは、あくまでレキ様の温情のおかげだという事を忘れるな」
「はいはい、分かった分かった。さっさと言う通りにしろ」
「ちっ……!」
まるでフルーフの事を単なる『おまけ』としか思っていない様子で、目の前の二体の魔族は殺意を伴わせながら、いがみ合う様子を見せ始めるのだった。
(どうやらこの者達がここに来た理由は、ワシ自身をこやつらの属する組織のボスのもとに連れて行く事というよりは、ワシの『呪法』を狙ってというのが本当の理由のようじゃな……。じゃが、どうにも今の一連のやり取りそのものは、演技を行っていたようにも思えぬ。馬鹿正直にあの男を信じるわけではないが、ここは従ったフリをしてこやつと戦った方が賢明のようじゃ)
エグゼが顔をフルーフの方に向けると同時、再び初老の男がフルーフに向けて唇を動かしてくる。
――『俺が必ずコイツを無力化してやるから、それまで少しの間、何とかして保たせろ』。
フルーフが再び読唇術でロプトウスの声なき言葉を読み取ると同時、直ぐにその場から大きく跳躍するように後退り、エグゼから距離を取るのだった。
「……逃しはしない」
そしてそれが戦いの合図だったかの如く、それまでの空気が一変して、各々が戦闘状態に入り始めるのであった。
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