2515.侮れない呪法師
「お前が『呪法師』フルーフで間違いないな?」
二体の来襲者の内、人間の初老程の年齢の男が空から降りてきてフルーフにそう尋ねてくるのだった。
「そうじゃが、お主らは何用でここに来たのだ?」
(どうやらワシの事を知っていてここに来たのは間違いなさそうだが、ワシの事を『大魔王』ではなく、久しく呼ばれていなかった『呪法師』の方で呼んでくるとはな。この世界出身というわけでもないのに、少しばかりこやつは違和を感じる相手じゃな……)
かつてフルーフが大魔王と呼ばれる前は、この世界で『呪法師』フルーフとして彼は名声を高めていた。その後この世界で『理』を生み出し、支配者となった後に『アレルバレル』の地へと向かった末に『煌聖の教団』の総帥『ミラ』に捕縛されて洗脳を施されてしまった。
つまりフルーフの事を『呪法師』としての名で呼ぶ者など、彼の言う通り数千年程遡らなければならない程に、久しい事なのであった。
「俺はお前の『呪法』に惹かれてこの世界にやってきた。あそこに居る奴は別の理由からだがな」
そう言って初老の男は、空の上に居る男に指を差すのだった。
「ふむ……。それが本当であったのなら少しばかり心が躍る話だが、いきなり攻撃を仕掛けて『結界』を破壊したところを見るに、ワシと『呪法』で語り合いをしにきたというわけではないのじゃろう?」
「別に俺自身はお前と争うつもりはないのだがな、今の俺の所属しているボスがお前の身体をご所望のようなのでな。悪いが連れて行かせてもらう」
(代替身体としてという意味合いだろうか? だが、それだけの理由でわざわざワシを狙うとは到底思えぬ。それにこやつ程の『呪法師』が所属する組織のボスに素直に従っているという事は、少なくともこやつよりそのボスとやらは強いという事になる……いや、待て、まさかそのボスというのは『煌聖の教団』のあやつではないか!?)
わざわざこの『レパート』の世界に現れて、今更自分を狙ってくる者達に心当たりがあるとすれば、因縁のある『煌聖の教団』ぐらいのものだと考えが行き着くのであった。
「少し訊きたいのじゃが、お主の所属する組織というのは『煌聖の教団』なのか?」
「煌聖の教団……? いや、どうだったかな。いちいちアイツの組織の名前までは覚えていないからな」
「では、そのボスとやらは人間の大賢者か?」
初老の男がとぼけているのか、それとも素なのかを態度からは判断が出来なかったフルーフは、もう遠回しに尋ねるのではなく、いきなり確信を突く言葉を投げかけるのであった。
「悪いが、その質問もまた答えが曖昧になってしまうな……。確かに外見だけで言えば人間だしな。それに『魔』の概念理解度もそれなりのものだ。お前の『大賢者』と定めるラインが、どの辺りから指すかは知らんが、一般的には『大賢者』と呼ばれていてもおかしくはないんじゃないか? まぁ、俺からすればあんなモンは『賢者』ですらないがな――……」
――お前ぐらいの奴で、ようやく『大賢者』と呼べると俺は思っている。
最後にフルーフを見ながら、そう言葉を付け加えた初老の男だった。
(どうやら断言までは出来ぬが、全く的外れでもないという事か。あの『ミラ』という男は蘇生すらも可能としておった大賢者だ。ソフィの性格上、自らの仲間を狙われて生かしておくとは思えないが、何らかの策を用いて逃れたとしてもおかしくはない……かもしれぬ)
これが大魔王ソフィ以外であれば、大賢者ミラであれば逃げ遂せていてもおかしくはないと考えるのだが、フルーフは思案の中でそう結論を出し掛けた時に、大魔王ソフィが本当に自分の仲間を狙われて、果たして本当に仕留めそこなうだろうかと、改めて疑問を抱いて結論もあやふやになってしまうのだった。
大魔王フルーフは、大魔王ソフィと親しくなってからこれまでの数千年間で、一度も大魔王ソフィが敵対した相手を逃した事がないのを理解している。ソフィは自らの尺度で生殺与奪を決める為、リディアやラルフ、そして件の大魔王ヌーですらも生かしてはいるが、あくまでそれはソフィが生かすと判断した相手だから今も生存を許されているのである。
だが、大賢者ミラだけはそのソフィの尺度では決して生存は許されない筈であり、万が一にも仕留め損ねるとはフルーフも考えられなかった。
しかし『魔』の概念に絶対はないという事は、誰よりも『理』を生み出したフルーフは理解している。ミラ程の大賢者であれば、大魔王ソフィの盲点を突いて逃げ遂せた可能性も、更に低確率ではあるが存在していたかもしれないと、結論を出し直したフルーフなのであった。
(しかし、それならば逆に疑問は残る。ミラ程の完璧主義者であれば、あれだけの大きな目論みが失敗した時点で、次の機会を少なくとも数千年は待って、確実に成功させられると判断するまではソフィに近寄ろうとはせぬじゃろう。こんな風に短期間でまたワシに仕掛けてくる事は、奴自身の性格が根底まで変わっておらぬわけでもなければ、到底考えられぬ話じゃ……)
大魔王フルーフは、他の誰よりも大賢者ミラを侮ってはいない。自分が捕まったからという理由も確かにあるが、それ以上に大賢者ミラの思考力に手腕、それに彼自身の『魔』の概念理解度すらをも認めているからである。
確かに大賢者ミラの根の深いところには、大賢者『エルシス』が在る。
それは彼にとってのまさに全ての思考の源と呼べるものであり、もはや人ではなく、エルシスという存在そのものが概念となって、彼の根底に『在る』と呼べるものになっている。
だが、それはあくまで目指すキッカケであり、フルーフにしてみれば大賢者ミラが、独自に物事を捉え始めた時にこそ、真価を発揮するタイプだと理解する。
つまり、一度失敗してしまった時点で、余程のことがない限りは彼が同じ失敗を繰り返す筈がないと、フルーフはミラにある種の信頼すら覚えている程なのだ。だからこそ、このちぐはぐな状況を認められず、奇妙な違和感だけが残り続けているというわけであった。
(ひとまずは、あやつの事を思案するのはここまでにしておくとしようか。今は目の前のこやつの事を考える方が先決じゃからな……)
この初老の男の属する組織のボスが大賢者ミラだとすれば、そのミラに向かってあんなものは賢者ですらないと言い放つ目の前の『魔』の概念理解者もまた、侮れない存在だろうと彼は結論を出したのだった。
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