2503.理と抱いた疑問
フルーフの元に徐々に魔の手が忍び寄っている頃、そんな事を知る由もないソフィは、セグンスにある自分の屋敷の庭の中で今日もまた、リーネと共にヒノエと六阿狐の研鑽する様子を縁側で眺めていた。
彼女達はここ最近、アレルバレルの精霊女王である『ミューテリア』から『理』を学び始めており、それに伴って四元素と呼ばれる『風』『地』『火』『水』の属性の『魔法』を覚える為の研鑽に励んでいるのだった。
当初はヒノエが先に辺りを照らせる松明代わりとなる『火』の初級魔法を覚えるに至っていたが、今では六阿狐も『地』の属性魔法を使えるようになり始めており、地面の土を操作して相手の動きを鈍らせる効果が期待出来る初級魔法や、小さな岩を生み出して相手に向けて放つ事が可能な魔法を使えるようになっていた。
そしてヒノエの方も小さな火球を相手に放つ事が可能な初級魔法を会得するに至っていた。
本来はここから更に『火』の属性に力を入れて中級魔法に入っていくのがベターなのだが、ミューテリアはヒノエが空を自由に飛び回れるようになりたいという願望を抱いているという事を理解しているが故に、ここで『火』属性ではなく、全く異なる属性である『風』の初級魔法の会得に切り替え始めている。
双方共に、まだまだ実戦で効果を期待出来る程の攻撃に特化した魔法などは教えてもらっておらず、また教えたとて直ぐに使える段階にはない為、じっくりと座学を中心とした教えを丁寧に行われているのであった。
特にミューテリアが教える『理』の座学では、単に『魔法』の発動に必要な発動羅列や、詠唱などを教えるというものではなく、四元素の『属性』の持つ力の意味や働きなど、仕組みを理解させるべく基礎の概念を『魔法』発動の研鑽の合間に組み込む形でカリキュラムに入れられており、単に詠唱を暗記させて魔法を発動させるといった『リラリオ』の魔法学校等の単純な指導とは異なり、しっかりと『属性』の理解を深めさせた上で『魔法』を発動させる事に特化した指導を彼女は優先的に指導するのだった。
「ミューテリアさんの教え方って凄い分かりやすいわよね」
そう話すのはソフィと同じように、屋敷の縁側からミューテリアの指導を見学しているリーネである。
彼女も最初はヒノエや六阿狐達と共にミューテリアから『理』を教わっていたのだが、ヒノエと同じ松明代わりとなる『火』の初級魔法を覚えた辺りで、徐々に参加しなくなっていった。どうやら『魔法』そのものを何か一つでも覚える事が出来ればそれで満足だったようで、ヒノエのように明確に『魔』の概念理解者になりたいとか、空を飛べるようになりたいといったような目標などは持っていなかったようである。
「『四元素』の属性に対して、どんな疑問にも直ぐに解答を示せるからこそであろうな。流石は『四元素』そのものの『理』を生み出した者よ」
「凄いわね……。でもソフィ、それだけ凄い偉業を成し遂げられる程の彼女が、どうして神域の魔法を貴方達みたいに使えないの?」
目の前でヒノエ達に指導を行うミューテリアの優秀さを見れば、誰もが一度は辿り着くであろう質問をリーネはソフィに尋ねるのだった。
「うむ……。我も実際に聞いたわけではないから、正しく合っているかは分からぬのだが、あれ程の『魔』の概念理解者である以上は覚えようと思えば直ぐに覚えられるのだろうが、もしかすると神域レベルの『魔』の情報の何かがあやつの『理』に何らかの影響を及ぼす為なのかもしれぬな。世界の『理』を維持し続けるにはもちろん当人の存在達が必要不可欠となる。まぁ、ある程度は『レプリアー』と呼ばれる精霊達の持つ概念の力によって、最小限の力は世界に供給はされるようだが、今回のように世界を長く離れるに至れば、悪魔精霊のように精霊樹の維持を行い『レプリアー』そのものを残す事が出来る者が居なければ、あっさりとあの世界から『四元素』を用いた魔法は使えなくなってしまうのだ。つまり、ミューテリアの『魔』の概念の常識が少しでも崩れるような事になれば、それがそっくりそのまま、精霊の『理』にも影響を及ぼしてしまいかねぬのだろう」
「という事は、ミューテリアさんがこのままアレルバレルの世界に戻らず、えっと悪魔精霊……が、精霊樹そのものを放棄してしまうと、貴方の世界に生きる者達は皆、魔法が使えなくなっちゃうって事?」
「厳密には『四元素』の属性を用いた精霊女王の『理』に沿った『魔法』だな。すでにあの世界の神域領域以上のものは、ミューテリアの『四元素』から独立した『神域魔法』も多く生み出されている。それに『エルシス』が生み出した『理』の影響も多い事だしな」
だが、そこまでソフィから聞かされたリーネは、ふと更なる疑問が頭をよぎった。
「え? 『理』を生み出した人……者? えっと、その『存在』が居なくなっちゃったら『理』ごと『魔法』も消えちゃうって事でしょう? 貴方が使っているエルシスさんの『神聖魔法』は、どうしてエルシスさんが居なくなった後も貴方は使えていたの?」
リーネの言葉の説明がくどいモノになっている理由は、まだ自分が抱いた疑問を彼女自身がよく分かっていないが故に、抱いた疑問そのものの鮮度を残そうと一部分であっても、自らその疑問の印象を忘れないようにと、そのまま口に出しているからだろう。
「いや、あくまで『理』を生み出した者が居なくなって『魔法』が使えなくなるというのは、ミューテリアの四元素の『理』に関してのみ当て嵌まる事だ。神域以上の『魔法』を生み出したエルシスの『理』に関しては、また話が異なってくる。それにエルシスが居なくなってからも、アレルバレルの世界では神域以上の魔法は残されていた。ただ『神聖魔法』だけは除いてだがな」
かつてエルシスがシスの身に魂が宿る前、エルシスとして生存していた頃は、神聖魔法と呼ばれていたエルシスの『理』から生み出された『魔法』は、彼が亡くなった後に数百年も経たぬ内に『根源魔法』扱いとなり、一部を除いて世界から消失してしまった過去がある。
煌聖の教団の者達が扱う神聖魔法そのものは、総帥のミラが発動羅列から作り変えたことで疑似的な別魔法として存在を果たしているが、長らく『ソフィ』を除けば誰も『神聖魔法』は使う事はなかった。
「つまり同じように『理』を生み出したといっても、ミューテリアさんとエルシスさんの『理』の在り方を同じように考えてはいけないって事かしら……?」
「うむ。その考え方で間違ってはおらぬ。確かに一概に世界に『理』を生み出した者とはいっても、その『理』を確立させる時に、どういう生み出し方を設定するかでまた世界へ干渉する概念の法則が変わってくるというのは当然であるしな。フルーフもかつて煌聖の教団の者達のせいで世界を離れる事となったが、レア達は普通に別世界で『神域魔法』を使えておった。だが、しかしそうか『理』か……」
彼女に説明している途中、ふとソフィは気になる事が頭を過った様子で、突然に考え込み始める素振りを見せるのだった。
「ソフィ……?」
(我が『概念跳躍』を扱えぬ理由だが、単に何者かから妨害を受けているというわけではなく、もしかするとフルーフの『理』の基準に何か、我が意にそぐわない何らかの理由があるとすればどうだろうか? 今の状態で八割方発動に成功しているという点からも、その最初に設定された『理』の形式に弾かれる要因があるとは考えられぬだろうか?)
リーネは自分の疑問でソフィを悩ませてしまった事に罪悪感を抱いて、悩みを解消しようと自問自答を行い始めたソフィの邪魔をせぬように、心の中で静かに謝罪を行うのだった。
(でも、そっか。もしこの世界の精霊族の『理』がなくなってしまえば、この世界は誰もが『魔法』を使えなくなって大混乱になっちゃうわね。でも、私もこれまで一度も精霊族何て見たことがないんだけど、要因はもしかしたら今ソフィが悩んでいる事と同じなのかもしれないわね……)
リーネは強引にそういう風に納得する事にしたが、実際はリラリオの精霊族の『理』に関しては明確な答えが存在する。
――この世界の精霊族の『理』が残っている理由は、過去のリラリオの世界で魔王レアが苦悩に苦悩を重ねた末に精霊族だけを『空間除外』で消し去り、概念となる『魔』の『理』だけをこの世界に残してくれたお陰なのであった(※第342話 魔の征服を果たす魔王レア)。
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