2486.気に掛かる事
泥酔状態でふらふらのエイルとは城の王の間で別れを告げて、現在ソフィ達はここに来た時と同様にレルピルの案内で城の外へと向かっていた。
「ソフィ様、本日はお越し下さり本当にありがとうございました。国王は今日までヴェルマー大陸から全く返事が来ない事に相当の不安を感じていたのです。もちろん表面上、我々にはそのような態度を見せることなく振る舞っておられましたが、それでも我が国はケビン王国とは異なり三大魔国との繋がりも薄い為、エイル国王もルードリヒだけあらゆる面で蚊帳の外に置かれてしまうのではないかと、内心では相当に焦っておられたのだと思います。そんな中でのソフィ様のご来訪は、我が国王にとって何よりの救いと感じておられたでしょう。つい浮かれて飲み過ぎてしまわれたようですが、ここ最近のエイル国王を思えば我々も何も言えません……。ソフィ様、本当にありがとうございました」
そう言ってレルピルは、出口まで長い城の廊下の中央付近で深々とソフィに頭を下げるのだった。
「クックック、我々は礼を言われるような事は何もしておらぬよ。此度の『訪問』は王への『謁見』ではなく、友人との『面会』なのであろう? 我らは友人と楽しく酒を酌み交わして単に今後の事を共に語らいに来たに過ぎぬ。それに友人であれば当然の事だ。レルピル殿、エイルが倒れぬように今後もしっかりと支えてやってくれ」
そのソフィの言葉の真意は、単に酔っぱらっているエイルを気にかけて欲しいという意味だけではなかった。
「……もちろん、そのつもりです」
その時のレルピルの表情は、これまでの取り繕った笑顔ではなく、無表情に近い笑みであった。
ソフィはレルピルのその表情に少しだけ違和感を感じたが、表立っては何かに気づいたような素振りを見せずに、変わらぬ表情のままで頷いて見せるのだった。
そうして城の外まで見送られた後、ソフィ達は来た時と同様にルードリヒの城下町の外まで歩いて行き、やがて『高等移動呪文』で屋敷へと戻るのであった。
城の中でソフィ達を見送ったレルピルはそのまま城の外に出ると、見えない筈のソフィ達を見届けるかの如く空を見上げるのであった。
(……ルーヴァンスの話では、大魔王ソフィと戦うに至った大魔王メナスもあっさりとやられたとの事だった。あの『魔』の申し子と呼ばれた大魔王メナスがやられたというのは些か信じ難い話だったが、あの大魔王ソフィの堂々とした佇まいを見ていれば、詳しい能力などを見ずともある程度は理解が出来るというものだ。それにしても大魔王ソフィか……。確かに実際に見た感想としては、そこらに居る魔族とは異なり、まさしく王の器を持っていると言わざるを得なかったな。流石にあれを相手にするのは相当に骨が折れるだろう。当面の間は素直に大人しくしておく方が賢明だろうな)
「まぁ、それも大魔王レキの方針次第だがな……しかしこの世界の『魔』の『魔神級』と豪語していた大魔王メナスも、所詮は大した事はなかったようだな」
踵を返して誰も居ない廊下の中を歩きながら、迸る『金色』のオーラを纏いつつ口角を吊り上げて笑う『ルードリヒ』王国の宰相『レルピル』であった。
…………
ソフィ達は『高等移動呪文』でミールガルド大陸のルードリヒ王国から、あっという間にラルグ魔国領の『セグンス』の町の外まで戻って来るのだった。
「……なぁ、ソフィ殿。ちょっと良いかな?」
そしてソフィが屋敷に戻る前に、早速レルバノンに『念話』で会談の内容を伝えておこうと波長を合わせ始めたその時に、真剣な表情を浮かべたヒノエに声を掛けられるのだった。
一緒に居た六阿狐も不思議そうな顔をしてヒノエの方を見る。
「む? 構わぬが、一体どうかしたのだろうか?」
「いや、別に大した事じゃないんだけどさ、ちっとあのレルピルって宰相の事が気に掛かったものでさ、ソフィ殿も帰り際にレルピル殿を探るような視線を送っていただろう? それが私の中で気になってさ、ソフィ殿もあの宰相殿に何か思う事があったのかなって。こういう事は気になった時にある程度解決しとかないと、時間が経てば経つほどに大事な事でも気にならなくなっちまうからさ、屋敷に戻る前にソフィ殿に尋ねておこうって思ったんだ」
そう言って最後に謝罪の言葉を交えながら、本音を告げたヒノエであった。
(本当にヒノエ殿は周りをよく見ているのだな……。こういうところはまるでディアトロスの奴と居るように感じる。これも戦場で常に命を覚悟して戦い続けた経験から得たモノなのだろうか。しかし、あれだけしこたま酒を呑んだ後とは思えぬ程に冷静な顔つきをしておる……)
ソフィは目の前で自分の言葉を待ち続けるヒノエの顔を見上げながら、感心するように頷くのだった。
「廊下であやつに今後もエイルの事を支えてやって欲しいと言った時に少しな、あやつの表情がそれまでと異なって見えたのだ。どうも我にはあの表情が国の宰相を務める者がするものに見えなくてな……。まぁ、それも一瞬の事であったが故に、単なる我の思い違いかもしれぬがな……」
そう口にするソフィだが、まず間違いなくあの時にレルピルが浮かべた表情は、王と共に国を想う宰相がするような顔ではなかったと考えるのであった。
「なるほど……。実は私も似たような印象を受けたんだ。ただ、私の場合はレルピル殿が国とかエイル国王とか関係なしに、まるで第三者の視点から物事を捉えているというか、エイル国王が話をしている時も何処か他人事のように聞いている様子がさ、少し気に掛かったんだよね。まぁ、レルピル殿の事をまだよく分かっていねぇし、ソフィ殿が言うように単に私らの思い違いに過ぎないのかもしれないけどね」
「ふむ、確かに。それに今日初めてレルピル殿と会ったわけであるし、まだ何とも言えぬな」
「そうなんだよな……。まぁ、でもエイル国王は会ってみて、良い王様だなっていうのは伝わったよ。ソフィ殿が友人だって言っていたのも分かる気がしたよ」
「ヒノエ、それは貴女がエイル殿と酒を酌み交わしたからそう感じられているだけでは?」
「へへっ、まぁそういうなよぉ、六阿狐! あんな豪快な飲みっぷりをするものに悪い奴はいねぇんだって!」
「また貴女はそんなワケの分からない事を言って……」
「クックック、確かにヒノエ殿は良い飲みっぷりだったからな」
「そ、ソフィ殿……!」
そのソフィの一言でヒノエは顔を赤らめて、六阿狐も堪えきれないとばかりに笑い始めるのだった。
……
……
……
ソフィとヒノエは共にレルピルの様子を見て、自分達の勘違いや単にそう見えただけに過ぎないと話していたのだが、ソフィは長年の経験から、そしてヒノエもまた独自の持つ鋭い勘が『まず間違っていないだろう』と双方共に、この時に何処か確信めいたモノを感じられていた事は事実であった。
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