2386.気になる言葉と緩めぬ警戒心
リースの街にあるミッシェルの自室に『高等移動呪文』を用いて戻ってきたソフィは、直ぐに『念話』をベアに繋げて今回の一連の話を行う。
目的は『エンペラー』の誰かをミッシェルの協力者と話がつくまでの護衛兼、連絡係として派遣する為である。
(それでしたら万が一を考えて、周囲を見渡す事が出来て、空からの機動力に優れる『デス』か『キラー』が適任かと思いますが、いかがでしょうか?)
(ふむ、確かに間違ってはおらぬが、その分『おやじ』の商会の空からの護衛力が幾分か下がってしまう懸念があるな……)
(確かにソフィ様の仰られる通りですが、しかしミッシェルという男による襲撃がなくなったのであれば、空を飛べる者がどちらか一体になったとしても、問題はないかと思われます)
デスもキラーも現在は『エンペラー』となり、その戦力値は互いに3億を優に上回る程の『真なる魔王』領域に匹敵する強さを得ている。
相手が力ある魔族や魔王でなければ、ベアの言う通り確かに問題はないだろう。
前提が『カーネリー商会』の護衛だけという事を考えれば、空の守りが一体だけとなっても他の『エンペラー』も付く以上、過剰過ぎるくらいでもあった。
(そうだな……。それに何かあれば『念話』で直ぐに我に知らせるよう伝えてあるし、そうするとしようか)
(それにソフィ様、エンペラーの者達をそのミッシェルという男に付ける理由は、単に護衛や連絡係というわけでもないのでしょう?)
何処か確信めいた様子で訊ねてくるベアに、ソフィは笑みを浮かべる。
(クックック、その通りだ。確かに『おやじ』も信頼を持ち始めて、ミッシェルの方も嘘をついている様子は見られないが、何かあった時に直ぐに対処が出来る『保険』も兼ねている。我は『おやじ』の命を狙った者を直ぐに信用するような真似をするつもりはないのでな。あくまで『おやじ』の言葉を尊重して優先はするが、覆すような馬鹿な真似をすれば、今度こそ確実に処理する)
(さ、流石はソフィ様です……!)
ソフィの言葉に全く関係がない筈のベアが、本能で自分が怯えているという事を自覚するのだった。
(では一度屋敷に戻る。悪いが『ベア』の方から、キラーとデスの二体に話を通しておいて欲しい)
(御意! お戻りになられるまでに決めさせておきますので、ご安心ください!)
(うむ、頼んだぞ)
そこでソフィは、ベアとの『念話』を切るのであった。
「さて、それでは我は一度屋敷に戻り、今後お主の護衛を務める者を連れてまた戻って来る。ヒノエ殿、悪いが少しの間ここでこやつを見ててやってくれぬか?」
「ああ……それは構わないけど、もし招かれざる客が来た場合はどうすればいい?」
ヒノエの言う招かれざる客とは、現在は連絡が取れなくなっている『魔族』の事を指しているのだろう。
「出来るだけ戦う方向ではなく、我が戻って来るまで極力時間を稼いで欲しい。相手がもしイツキ殿と対峙した魔族なのであれば、あまりにもヒノエ殿とは相性が悪い相手となりそうなのでな」
「……なるほど、分かった」
ヒノエも『魔神級』程の実力を有しているという事はソフィも理解しているのだが、相手がイツキ殿と戦った魔族という事であれば、その魔族も『魔神級』に匹敵する者の筈であり、更には『次元の狭間』といった空間を操る者の可能性が高い。その場合はたとえ同じ『魔神級』であっても、ヒノエは意識を失っている最中に勝負を決められてしまいかねない為であった。
その事はヒノエも承知している様子であり、素直にソフィの言う通りに時間を稼ごうと考えるのだった。
「まぁ、連絡が取れぬ相手が突然何の前触れもなく現れるような、そんな偶然も中々ないとは思うが一応頭に留めておいて欲しい」
ミッシェルはその魔族と連絡が取れなかったからこそ、こうして現在の関係となったのである。そして連絡を取る為の手筈を整えようとしているところに、その相手からソフィが離れる短時間の間に現れるような偶然は、流石にないだろうとソフィも口にしたのであった。
ソフィの言葉にヒノエは再度頷く。
「では、行って来る」
「いってらっしゃい」
ヒノエが笑顔で送り出すと、ソフィも返すように笑みを浮かべて『高等移動呪文』でヴェルマー大陸の自分の屋敷へと戻って行くのであった。
そしてソフィが去って行った後、二人きりになった部屋でミッシェルはヒノエに口を開いた。
「アンタ、あの『破壊神』とそういう関係なのか?」
「ん? どういう意味だ?」
「いや、あんたらがこの部屋に来る少し前、この街で『破壊神』が来たと騒いでいた連中の一人が、あの『破壊神』の隣を歩いていたアンタの事を噂していたんだよ」
「……何だって? 何て、言ってたんだい?」
突然のミッシェルの言葉に、ヒノエは神妙な顔を浮かべて尋ねる。
「え? いや、俺も『破壊神』が来ているという事ばっかりが耳に入ってきていたもんで、大半は聞き流していたからあまり詳しくは覚えていないんだが。えっと、確か、あの『破壊神』が新たな妃を迎えて『ドナルダー』商会に居る親しい知人を訪ねてきたとかどうとか言っていた気がするな……」
そのミッシェルの言葉にヒノエは腰に差している刀に左手を充てると、視線をミッシェルから玄関の方へと向けるのだった。
「きゅ、急にどうしたんだよ?」
「……その話をした奴の顔は覚えているか?」
彼女は視線を玄関に向けたまま、これまでとは明らかに異なる表情をしながらそう口にする。
「い、いや、特徴のあるような顔の奴じゃなかったし、男という事以外は覚えていないが……、そ、それより、いきなりどうしたっていうんだよ?」
突然に外を警戒するように態度を急変させたヒノエに、何が何だか分からないと言った様子でミッシェルは尋ねる。
「私はまだソフィ殿の正式な妃でもないし、単なる婚約者に過ぎない。それでもその事をこの街の奴らや『ドナルダー』商会の人間にも告げた覚えはないんだよ」
ようやくヒノエが何に警戒をしている様子なのかを把握したミッシェルは、考えすぎだとばかりに肩の力を抜いて脱力しながら口を開いた。
「いや、そりゃあんな有名人の隣をアンタみたいな美人が一緒に歩いてたら、噂の一つや二つはするだろうさ……ああ、そう言えばその男も『話題が話題を呼んで朝からこの街の連中は騒いでいた』って言ってた。きっとその男も色々と街の連中の噂話を耳にしていたから、そんな事を言っただけだろう」
単なる噂話だとばかりに笑って話すミッシェルを尻目に、ヒノエはまだ警戒心を怠らずに右手は刀を握っていたままであった。
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