第51話 老騎士達の挽歌
各所で動きあり。強者よここへ集え!←今ここ
ボロボロになったマントを纏った者がとある街の門を叩いた。
時刻は丑三つ時、特別な用事のある者でない限りは入門など認められない時間帯だ。
その時、門の警備にあたっていた兵士はこう思った。
『ただでさえ魔族と龍族の連合に辛酸をなめさせられているのにこれ以上の厄介事などゴメンである』
それゆえか、戦時下においてピリピリとした空気に当てられていたのも重なり険の籠った態度で通用門の除き窓から相手の姿を確認した。
人相が確認できるように常に門の付近には篝火を焚いて明るくしているため、容易に姿を確認できるはずであった。
しかし相手は、マントのフードを目深にかぶり俯いた姿勢でこちらを向いていたのだ。
その姿はまるで幽鬼のようで、確認した兵士は背筋が凍る感覚を味わった。
「誰だ貴様は。フードを外し生まれと名前、そして要件を告げろ!」
腰の剣に手をかけた状態で、警戒しながら兵士は目の前のぼろマントの人物に言葉をかける。
本来なら姿を確認した時点で最低もう二人ほど人員を増やして深夜は対応に当たるべきなのだが、この時兵士はそのことを失念してしまっていた。
ボロマントはゆらりと揺れながらこちらへと近づき扉越しに兵士の前まで来て立ち止まる。
「さっさとフードをどけて顔を見せろ。今の戦時下でこんな時間にそんな姿でいる事自体が疑われる要因だとなぜわからんのだ!」
語気荒く告げる兵士に、ぼろマントの人物は言われたとおりにフードへと手をかけその素顔を晒した。
もっとも、その中は空であったが……
「はぇ?」
突然の事態に口からおかしな声が漏れてしまった。
確かに全身を隠してはいるがフードの中には人がいた筈だ。
現に二本の足で立ってこちらへ歩み寄って来たのだから。
そしてフードを上げたその先は、何もなかった。
フードを上げ、素顔をさらしたと思われた瞬間、兵士の間の抜けた声を上げている間にフードの人物はその存在が最初からいなかったかのようにぼろマントだけを残してその姿を消した。
腕の良い間者か魔族や魔獣の仕業かと一瞬の間の後思い至った辺りは訓練された兵と言えるだろう。警笛を吹こうとした矢先、兵士は自分がいつの間にか地面に転がっているのを知った。
より正確には、首のなくなった自分の体を見上げている状態でいる事を知った。
噴き出るはずの血もなぜか凍りついて傷口を塞いでいる。
「は?っは!はぁ!?」
疑問、驚き、そして理解不能な事態への反応を残して兵士は白目をむいてその人生に幕を下ろした。
兵士の側、固く閉ざしていた門はひとりでに動き出し、まるで門の外にいる何かを歓迎するかのように全開に開くと、門の向こうには無数の光る眼が道の彼方までひしめいていた。
それから数刻後、街が一つ文字通り『地図から消えた』。
エインズワーグ王城『謁見の間』
「その話の通りなら、今月に入りこれで5件目か……」
玉座に座り、斥候の話を聞くのはエインズワーグの若き王『クロムベルト・エインズワーグ』。
普段は優しげな雰囲気のある若き王の眉間には深い皺が現れていた。
ここ最近多発する街が、村が地図から消えていく事態。
唯一生き残った村民達から話を聞くと
一つ、ぼろマントの男がやってくる。
二つ、その男は魔獣の大軍を率いている。
三つ、奴らは全てを壊し、全てを殺す。
四つ、奴らは日の光で逃げ出す。
被害にあった全て村々に共通して言える内容がこれらであった。
生き残った村人も、村の外れにいて追われている最中に日の出が出たおかげでギリギリ助かったのだという。
この話だけ聞くと魔獣と言うよりも悪しき精霊や怨霊の類の様な気がするが、物理的に破壊行為を行っているためその可能性は低い。
日の光が苦手なのなら、アンデッドやネクロマンサーの仕業かもしれない。
「早急に対策を行う必要があるが、今はどこも人員が足りていない状況。冒険者ギルドへの派遣要請は?」
クロムベルトの言葉に、報告を行っていた兵士は、膝をつきつつも否定の言葉を口にした。
「最低冒険者ランクA以上のレイドクエストとして緊急依頼を出しましたがいまだ受領者は現れません!」
冒険者ギルドの懐刀でもあった隆一が消えた後、その代わりが務まるほどに卓越した技量、技術の持ち主は未だ現れてはいない。
隆一個人がひきつれていた使用人達のほとんどがこの十年の間に現役を引退、もしくは別の家業に従事している。
王令で臨時に冒険者として雇うことも考えたが、彼の元で働いていた使用人達は未だに忠誠を国ではなく彼に捧げている。
下手な行動はやめた方が良いだろう。
実際に大臣の一人がそれを行おうとしこの世を去っている。
今の彼等は主であった隆一殿の命令で自由を謳歌する(犯罪を除く)事と言われているらしい。
奴隷から解放された後もその言葉を守り、使用人達は思い思いの人生を送っている。
さすがに自分の身にも危機が訪れれば行動するだろうが、できれば戦力として加えたいのが本音だ。
今回行う勇者選定議と称した連合軍への兵士の派遣もどれだけ上手くいくか解らない以上できるだけの保険はかけておきたい。
「はたしてどれだけの強者が参加してくれるのやら」
兵士が去った後の謁見の間、ほとんどの兵士が去った場所で一人、クロムベルトはため息をつく。
「クロムベルトよ。王がそうため息をつくではない。人気のいない所でこそ王が王たらんでどうする?」
玉座の間に静かに響く声色は老齢の男の声。
「父上?」
声の主は先代の国王『アレハンドル・エインズワーグ』のものだった。
玉座の間から王族専用の個室へ繋がる通路、そこから顔を見せたアレハンドルの姿は戦装束。
以前現役を引退したのち、隆一と鍛冶ギルドのゲイルに依頼を出して作成してもらった『唯一無二の防具』である。
白銀の鎧の表面には細かくちりばめられた銀龍皇の龍鱗を使用。局所には隆一とゲイルが試行錯誤した刀『雪城』と同じ金属を使用したチェーンメイルで補強し魔力による防御と伝導率を良くした。
身に纏う武具もクロムベルトやミリアリアが所有する剣と盾の同型、それよりもわずかに後期の改良版を作成してもらった。
その出で立ちはこれから戦場に向かう者の服装で、その目はすでに死期を悟ったかのような澄んだ眼をしている。
「父上、そのお姿は一体?」
その姿を一目見て察してしまったが、あえてクロムベルトは問いかける。
「知れた事。老い先短いこの身の上。最後の血の一滴まで国に捧げるためよ」
朗らかな声色でアレハンドルは笑う。
そしてアレハンドルの後ろから、幾人かの老兵が姿を現す。
中にはクロムベルトの剣術指南をやってもらった将軍の姿もある。
その誰もがすでに一線を退き、後輩育成に尽力を尽くしてくれてきた者たちであった。
「朽ちていく老兵の身なれど、今起きている現状をどうにかせんと立ちあがった者たちだ」
アレハンドルの言葉に老兵たちは静かに頷く。
「どうせ後に死ぬかどうかの違いなのだから老後は誰に気兼ねせんで思う存分好きに生きようと思うてのう」
盛大に笑う老兵達の姿を見て、クロムベルトは涙があふれた。
「私が不甲斐ないせいで…」
涙は見せまいと思っていたが、涙腺は容易く緩み、気持ちとは逆に零れ落ちる。
そんなクロムベルトの頭に甲冑を身に付けた状態でアレハンドルの文字通り『鉄拳』が落ちる。
「たわけが!」
眼から星が出るほどの力で殴られたクロムベルトは、悔し涙とは別の痛みから出る涙と激痛で玉座から転げ落ちてもだえ苦しむ。
「お前は良くやっている。それはワシらが一番理解してるのだ。隆一の消えた今、絶対的な強者の不在のこの国を他国や別大陸の魔獣、龍族の侵攻を食い止めてきたお前さんを誰が攻めようか!」
お前は自信がなさすぎる。とアレハンドルは諭すように告げる。
「湖龍の時からそうじゃ。お前さんは優しすぎる。そして気負いすぎる。それがお前さんの長所でもあり短所でもある。全て一人でできるなどとは思うでない。ミリアリアや他の重鎮、隆一の抜けた穴を埋めるために宮廷魔術師の連中もがんばっておろう。おぬしは他者を頼り、導いてやればいい。エインズワーグにこの王ありと、全ての大陸の者どもに思い知らせてやれば良い!」
アレハンドルはそれだけ告げるとクロムベルトの制止も聞かずに老兵達と共に王城を去っていった。
老兵のみで構成されたその軍団は、エインズワーグから出た後忽然と消息を絶った。
それからの後、出現する魔獣達の群れをことごとく討ち払う騎士団の情報が上げられるようになる。
それは老兵ばかりの集団で、その戦い方は常に背水の陣。戦う姿も現れる姿もまるで幽鬼の兵の様で、しかし老兵なのにどこか若々しく、気高い兵たちだったというなんともちぐはぐな情報。
その姿は人づてに伝わり武勇伝として語り継がれると共に、それを題材にした演劇も開かれるようになった。
それはとある宮廷魔術師になった少年の、湖底遺跡における冒険譚を模した劇と並び長く語り継がれる物語りとなったが、当の本人達は知る由もない。
老騎士たちは今日もどこかで魔獣達を討伐しているであろう。
お久しぶりです。
転勤シーズン、卒業シーズンとシーズンな季節になってきました。
人の動きと共にこの物語も遅々としながらですが動いていきますのでどうか最後までお付きあいくださると幸いです。
次回もよろしくお願いします!




