第40話 全軍出撃!
返事がない、ただの麻呂デブのようだ……
○○華劇団全軍出撃! ←ウソです
隆一が湖底遺跡へと潜り、黒達が野営地へ戻された日から更に三日、ラト経由でエインズワーグの元へもたらされた情報は、各担当大臣の重い腰を上げるに充分な理由づけとなった。
本来なら国王のそばを離れない近衛騎士団を筆頭に国の総力に近しい数の武がエインズワーグを離れ、湖底遺跡へと出発したのだ。
その中心よりもやや後方、部隊の糧食を運搬する部隊に一際大きな牛がいる。
以前隆一の奴隷が捕え、王女へと献上された黒毛である。
成体となった黒毛よりも体躯としては小さいが、他の馬や荷運びの牛とは一線を隔する図体は傍目で異様な光景だ。
そして黒毛が引いているのは食糧の荷車を五台、そして王族が乗る馬車を一台引いて、いや馬車は『乗せている』といった表現が正しいだろうか。
アラビアンナイトの王族よろしく特別に作られたであろう黒毛用の馬車は、黒毛の背にくくりつけられるように固定されている。
あれでは中は動くたびに酷いだろうと兵士の誰もが思うだろうが、馬車の作成には隆一が昔見た漫画の知識をもとに木工ギルドと鍛冶ギルドの両方に話を持ちかけ作成したこの世界初のスプリングとサスペンションを駆使した新型の馬車なのだ。
もちろん黒毛から取り外して通常の馬にひかせることも考えた自信作だ。
黒毛にベタベタな王女の為に国王から名指しで指名依頼が出され、がむしゃらに作ったものともいえる。
しかし、性能はお墨付きで、黒毛が踏んでも壊れないがキャッチコピーの逸品だ。
実際に黒毛に踏んでもらい、王族の前で耐久テストまで済ませたのだ。
黒毛を飼っている場所などどこにもないので量産の目処は無いが、それでも自信を持ってお勧めする商品なのである。
今回の湖底遺跡の遠征に置いて糧食と足の速さを天秤にかけ、選抜された精鋭の後追いの形で運ぶ糧食なので、疲れ知らずな黒毛が選ばれ、それを制御するのには王女がいなければならないとのことで王女自身の希望もありミリアリア・エインズワーグと、指揮官として王位継承権第一位である成年『クロムベルト・エインズワーグ』、補佐として近衛騎士団長のライオット・マスカレット。馬車の中にはその三名とお付きのメイドが数名詰めている状態だ。
もちろん主従関係はあるので広めの馬車に更に従者の控えるスペースも用意されている。
荷物の類は上下を広く作っているため両方に分散させて収納させている。
降りる際は黒毛にしゃがんでもらい、扉をあけると簡易式の階段が滑り降りる仕様になっている。
どこまでも狭い空間にモノを詰め込む事に情熱をささげる日本人の血が生んだ作品に仕上がっている。
話がそれたが、先に出発した選抜隊は早ければ今日にも湖底遺跡に到着する予定だ。
そこから遅れる事二日後には近衛含めたエインズワーグの総力に近しい軍勢が遺跡を蹂躙する。
そうすれば大暴走といえどひとたまりもないであろう。
軍部の上層はそういう考えを持ち、内務を担当している大臣たちは遺跡でとれた素材の金銭価値を皮算用で出し始めている。
実際に所、本当に危機感を感じている人間はアーカードやダンケを含めた隆一の人となりを知っている人物しかいないのだ。
あの隆一が危険を促す状態。
それはつまり、あの『規格外』が持て余す可能性がある事を指すのだ。
アーカードは国王へその旨を打診し、早急に軍備を整えてもらったのだが、それでも三日かかっている。
ギルドマスターの私室で指を咥えているわけにはいかないが、軍のほぼ全戦力を投じた今回の遠征は逆に国の中枢に穴をあける形になる。
それを埋める為に冒険者には国内の治安維持を緊急依頼で出し、ギルドのトップにいる冒険者へ指名依頼の形として発注している。
他のギルドもアーカードの情報に疑心はあるものの、隆一の性格を知っているマスターたちは積極的に手を貸している。
また、国内でも隆一が留守にしていることをいいことに隆一の屋敷や使用人、国内で悪事を働こうとする者もいたが、それらは逆に隆一を慕う者達、もしくは使用人自身に返り討ちに遭い、その身を騎士団に引き渡す形になる。
エインズワーグは騎士団がいなくともどうにかなっているようである。
場所は戻りミリアリア王女一行の乗る馬車の中。
対面に座る二人の王族が浮かべる表情は明暗分かれるものであった。
もっとも、明はミリアリア、暗はクロムベルトの方なのだが。
これから向かう湖底遺跡の魔獣の量は日々増加の一途を辿っているという報告が毎日のように上がっているのを父である国王と共に聞いているクロムベルト。
たとえ国が認める宮廷魔術師を含めた赤縁三人だとて、最初の兆候があってからすでに半月になろうとしている遺跡の現状を踏まえれば、とうに魔力が尽き、他の冒険者と共に魔獣の群れに呑まれていてもおかしくは無い。
現に最後に聞いた報告では赤縁『ジャマイカ・ジャマイカス』が遺跡内で消息を絶ち、連れていた奴隷の奴隷紋が解除されていたという報告を受けている。
つまり三人のうちすでに一人最高戦力の一角が欠けている状態なのである。
魔力が尽きた、別の冒険者に襲われた、魔獣にやられた、考えればきりがないが、現実は一人の赤縁が死んだ可能性が高いという情報だけだ。
もっとも、これはリューガサキという王城近くにある、王族の旧別邸に居を構えている冒険者のもたらした情報なので真偽のほどは確かではない。
なんでも、低級の魔獣を飼いならしそれを活用した遠隔地での情報のやり取りを可能した立役者らしい。
真偽のほどは、遅れてやってくる同じ内容の情報だが、それでも早馬で二日はかかるのだ。
今日までに何頭の早馬を潰してきたかわかったものではない。
宰相あたりは当初一介の冒険者の持ちこむ情報などと蔑ろにしていたが、冒険者ギルドのマスターが有用性を諭し、国王が試験的に導入したことで手のひらを返すようにこの通信方式の重要性を認識し始めた。
幾度の戦争への従軍経験もあるアーカードが諭し、文武ともに優れた統治者である国王が認めたのだからさもありなん。
直接あったことはないがリューイチという成年はきっと頭の切れる文官肌の人に違いない。
冒険者稼業もやっているのだから腕に覚えもあり、赤縁なので魔力量もある。
「私とは大違いだな……」
不意に漏れた呟きにミリアリアは反応するが、気にしないでくれと手を振ると黒毛の様子を見る為に従者台の方へと身を乗り出してゆく。
クロムベルトは今回の大暴走鎮圧の指揮は国王が貧弱な自分に自信を付けさせるために送り出したのだと見抜いていた。
どちらかといえば武力よりも知力で実績を作っていたクロムベルトは農地改革や治水の整備など内政面で活躍する男だった。
それでも充分な実績なのだが、ここ数十年は戦らしい戦もなくクロムベルトの初陣をさせる機会がなかったのだ。
アシッドアントの巣の鎮圧も行かせるには充分だと思ったが、決断を迫る前に隆一が事態を収束させてしまったので流れてしまった。
本来戦は王族にとっては殺しの処女を捨てさせるための機会でもあったので、なるべく人間相手の方が望ましいのだが、今回は事情が違う。
大暴走の鎮圧となれば歴史に名を残すに足る絶好の機会だ。
国王が重い腰を挙げて家宝の剣と鎧を持ちだしてきてクロムベルトに告げた言葉は一言だけだ。
「歴史を作れ」
告げられた言葉を理解した時、暗に王位を譲る機会をやると言われたのだと気付いた時、クロムベルトは涙を浮かべて鎧一式を譲り受けた。
今も鎧一式はすぐに装着できるように開きで馬車の壁に掛けられている。
これもリューイチが設計した馬車に備え付けられていた機能で、最低二人いれば簡単に素早く鎧が装着できるようにと考えたものらしい。
機能を開設していたドワーフの王城鍛冶師も息を荒げて自慢していた。
重い鎧を数人で装着するのは時間がかかるし、魔力を通さなければ王族の鎧は軽くならない。
大将である王族が簡単に死なないように代々の王城鍛冶師が試行錯誤を繰り返して改良し続けてきた鎧は運搬だけでも最低六人は必要になる。
鎧内部に緻密に刻まれた魔方陣と魔術回路に魔力を通わせることで、鎧の重量負荷を無くし身軽にさせる。
魔力の少ない王族でも使用できるように細部まで計算された鎧はクロムベルの体にもよく馴染んだ。
黒毛に乗り込み意気揚々と出発したのが二日前。
黒毛の速度が思ったよりも早く、二日目の夜には行程の六割を走破している。
早馬よりも早く、休憩した時間も食事のときだけだ。
しかし、たとえ精鋭揃いでもこの行程はきつい様で各々足をマッサージし合っている。
これで到着したとき兵士が疲労で動けなかった場合はどうしよう。
徐々に近づいてくる戦場への恐怖と、もしも敗走した場合の責任とでクロムベルの胃にはシクシクとした痛みが走り始めている。
それがストレスからくるものだと指摘してくれる人はいない。
暗のクロムベルトとは対照的な輝かんばかりの笑顔で黒毛に話しかけているのが三年前、隆一から黒毛を貰ったミリアリアである。
普段は黒毛と共に近場までの散歩しか許されていない両名にとって、今回の遠征は初めての遠出なのである。
もちろん行き先が危険な遺跡で大暴走の対処だということや命の危険性も国王から告げられていたが、彼女は旅先にいるのが隆一だとわかると構わず二つ返事で了承した。
糧食を運ぶ部隊なので直接的な攻撃が来ることは無いだろうが、備えとして彼女の身に合うように作らせた特注のハーフプレートメイルがクロムベルトの鎧と共に壁に掛けられ、両脇には両刃のバゼラートとカイトシールドが備え付けられている。
こちらの装備一式は隆一が去年ミリアリアに誕生日プレゼントとして王家に献上した代物だ。
すでに一線を退いた国王がうらやましそうに見つめる中、ミリアリアに渡した装備である
姫騎士を志しているというミリアリアの希望に添えるように、鍛冶ギルドと彫金ギルド(知り合いがいないのでゲイルに紹介してもらい)、そして城専属のドワーフの鍛冶師達を巻き込み、アーカード経由で手に入れたミリアリアのスリーサイズ(これはアーカードの姉が王族専任のメイド長をしているらしく事情を話したら承諾してくれた。)を手に入れ、試行錯誤の末完成した珠玉の逸品だ。
今まで草薙を解析することで手に入れた構造と、雪城を打ち上げたときに培った鍛造技術をつぎ込んだ草薙と似た形のバゼラート。そして鎧には王家の鎧と同じく軽量化と速度上昇の為の風魔術の掘り込み、更には過去の隆一が残した術式の中から、風、水の双属性の障壁を自動展開できる術式を彫金ギルドの人に掘り込んでもらい、見た目にも鮮やかな造形のハーフメイルを作成した。
カイトシールドは紅からとれた竜鱗を用いて作成したもので、中央には王家の紋章が嵌め込まれ、カイトシールドの角には術式展開用の魔石が嵌め込まれている。
一見してオシャレ武器だが、魔力がなくても起動できるように純度の高い魔石を用いたカイトシールドは、紅の竜鱗と合わせて炎に対し高い耐性を持ち合わせ、魔石の中に滞在する魔力が無くならないかぎりはタワーシールド並みの防御力を保持できる。
『命を大事に』を体現する防具は当然のごとくワン・オフの逸品なため、同じ装備は作れないし作るつもりもない。
国王からの依頼でカイトシールドだけは同様の物を一つだけ王家に納め、それはクロムベルトが今回の大暴走鎮圧のため持ちだしている。
ミリアリアは出発するときは緊張していたものの、外に出てはじめての景色が続くと好奇心が抑えきれないのかあちこちと視線を動かし、せわしなくなり始める。
最初こそ諌めたが、一向に収まらない為、人前ではしないことを条件に馬車内では好きにさせることにした。
時折手を振っているところをみると兵士の士気を高める為に愛想を振りまいているようだ。
士気高揚のために王女が兵士を鼓舞するのは戦においては割とポピュラーな手法だ。
国という漠然としたものよりも忠誠を誓う王族、それもクロムベルトよりも女性であるミリアリアのような可憐な女性を守るためといえば男性など簡単なものだ。
ミリアリア本人がどう考えているかは知らないが。
しばらくすると本日の野営地に着いたのか黒毛が静かに膝を曲げて姿勢を下ろし始める。
外を見やれば周囲は薄暗くなり始め、兵士は黒毛が運んできた糧食から今晩の食事の用意を始めている。
他にも幾人かのグループに分かれて周囲の危険の排除と食糧調達を含めた見回りと、野営用のテントの設営に入っているグループとがある。
近衛騎士団長が最初に扉を開けて危険がないことを確認したのち階段を下ろして周囲を見回す。
異常がないことを確認したのちメイド、そして鎧を簡易的にとはいえ着装したミリアリアとクロムベルトが下りてくる。
二人は騎士団長に連れられてメイド達と共に身体の手入れと各部隊長達と共に明日の行程と到着後の段取りを確認すべく軍議を開始する。
一応情報では隆一の奴隷達が築き上げた簡易要塞があるので、陣地構築までの間は王族はそこを拠点に、各部隊長は要塞を基点として湖を囲う様に陣を敷き、現地で活動している冒険者達と連携を取りながら各自魔獣の殲滅という流れに落ち着いた。
この状況下で仲違いをする気はないのかすんなりと終わった軍議にホッとしつつ、食事を取るべく一同は兵士達が準備している炊き出しの場所まで移動する。
王族の口に入れるモノとしては粗末な事に調理した兵士は恐縮していたが、二人とも別段気にした風もなく食事を口に運ぶ。
事戦場に置いて食事があるだけでもありがたい事を知っておくべしと父である国王に言われているのである程度の粗食には耐性があるのだ。
国王自身、昔の戦で一月もの間草の音と魔獣の肉で耐え凌いだこともあるらしい。
それに比べれば黒毛に運んでもらった糧食はいつもよりも多く、兵士ほとんどが腹いっぱいに食える量を準備してある。
しかも長期戦を覚悟しているためまだ後ろに二陣、三陣と後続が控えているのだ。
今年は比較的豊作の年だったので各村、国庫にも食糧の備蓄は満足にある。
この大暴走が終わればまた落ち着くだろうし、食料においては心配するだけ今は無駄だろう。
内政面で活躍しているだけあって、食料自給率や納税の割合などが頭に入っているのである。
武術的な面はてんで駄目な所さえ目を瞑れば良王となることだろう。
それを補佐する面でも武術的な要素に秀でているミリアリアは兄のサポートに回れるものだ。
頭を使う業務は駄目だが騎士を目指しているだけあって騎士団の中堅と互角以上に戦える実力はある。
隆一の使用人の中でもアリシアとまでなら肩を並べるだけの実力はあるだろう。
実力的には
隆一及び紅←遥か高み黒>>>アリサ>レイモンド>>アリシアぐらいの強さ順だ。ラトはマスコット的存在なので序列がない。
実力はあるが儀礼に乗っ取ったお遊戯の剣だと隆一に言われ、一時期険悪になったこともあったが、実際に剣を交わし、癖や弱点を的確に指摘された後は型に縛られない独自の型を編み出しモノにしている。
『綺麗事だけじゃやっていけない』は隆一が口にしていたセリフだそうだ。
泥だらけの状態で話を聞いた時は王族に剣を向けた不敬罪で捕えてやろうかと思ったぐらいだが、指摘された内容やその後の手本などを又聞きしただけでもその人間の実力がうかがえた。
その時の悔しそうな顔の下に浮かぶ目標を見つけた時のミリアリアの目をクロムベルトは忘れたことがない。
子供のころ見た父を英雄と重ね見たあの時の自分の目を彼女に見たのだ。
彼女は遺跡に行くに当たりまったくと言っていいほど不安な顔を見せない。
彼を、隆一を信頼しているのかと言われれば彼女は首を振る。
「隆一様はもちろんのこと、我が国の精鋭にお兄様がいらっしゃるのですもの。紅だって新しく入った黒だっているのに恐れる要素がありません」
紅色の飛竜である『紅』、隆一屋敷に新しく入った魔獣であるクイーンアントである『黒』。どちらも討伐となれば赤縁が動員されるほどに魔力量の高い魔獣である。
言語を理解する高等魔獣は努めて討伐対象になるが、テイム出来れば呼応得ない味方になりえる。
夜は更け、見張りの兵士が時折やってくる野生のゴブリンやフォレストウルフの相手を取っている中、その異変は起きた。
『(((((((『グオォオオォォォォォオ!!!』)))))))』
遥か彼方から木霊のように聞こえてくる唸り声にまるで声と共にやってきたかのような強大な魔力の波動。
魔力に対して耐性の無い兵士も含め、あまりの魔力の波動の強さにより腰を抜かす兵士もいる。
後に続くように地震が野営地を襲い、腰を抜かす兵士も立っていた兵士も皆伏せる形で地震が治まるまで待つことになる。
微弱な地震が消え、唸り声も鳴りを潜めたころに震える兵士は目的地である湖底遺跡の方角へと視線を向ける。
さっきまであった威勢など微塵もない。
明らかに竜種。それも四大竜王に比肩しうる魔力濃度の持ち主。
本来なら目にした瞬間に餌になるのを覚悟するような存在がこの先の遺跡にはいるのだと。
嫌でも認識をさせられた。
黒毛も落ち着かないように鼻息荒く遺跡を見つめているが、魔力に当てられた一過性のものだと理解しているミリアリアが宥めて落ち着かせる。
クロムベルトと騎士団長は、各部隊長を緊急で集めての軍議を開かなくてはいけなくなった。
少なくとも遺跡の主が大暴走のタイミングで外に出たのではないかと結論付け、早急に陣地の構築の為に現地へ赴かなくてはいけなくなった。
中には一度国へ戻り態勢を立て直すべきとの声もあったが、ほぼ全兵力を費やし向かっているのに態勢もなにもあったもんじゃないと一蹴。
クロムベルト達一行は逸早く現場に駆けつけるべく急ぎ足で湖底遺跡へと向かうのであった。
雨がひどいです。
梅雨時期なので仕方ないですね。
そしてこれが終わったら夏ですか。
……死ねばいいのに夏なんて季節




