第25話 奴隷契約と一人の災害
アリの巣にドナドナされていく奴隷達を発見!
大佐!これより潜入を開始する! ←今ここ!
『アリサ・ミズーリ視点』
アリシアと二人、檻の中で抱き合いながら幾許かの時が流れました。
陽の射さない洞窟内は、光苔の細々とした明かりだけが唯一の光源であり、少しでも離れれば互いの顔も視認できないほどに暗いのです。
そんな中、アシッドアント特有の牙を打ち鳴らすキチキチとした音が入口から聞こえてきました。
何度か聞いたこの音は、アシッドアントが光源の無い場所でも目標物がわかるように音を出し、反射音を拾って判別していることを後で知りました。そんなアシッドアントが、暗くてよくはわかりませんが、少なくとも5匹程、この檻目指して歩いてくるのがわかり、私はアリシアを守るべく一層きつく抱きしめました。
ここで肉団子にされて食べられてしまうのなら、いっそこの身を捨ててでもアリシアだけは助けたい!
しかし、武器もなく、体は檻の中、身につけているのは薄布一枚のみという状態で私に何ができるはずもなく、アシッドアントに檻ごと運び出されるのを黙って見ているしかありませんでした。
うっすらと見える視界の中には、肉団子にされた人や動物、果てはその肉団子にされたモノが身につけていたと思われる武具などを抱えたアシッドアント達が、列を組んである一つの場所へ向かい歩いていくのが分かりました。
おそらく女王蟻に献上する物を運んでいるようです。
私たちもおそらくは献上品の一つと考えられているのかもしれません。
アリの列は奥へ奥へと進み続け、それに従い徐々に光苔の量が増えてきているようで、視界がより明瞭になっていきます。
周囲はアシッドアントに囲まれているため、どこを向いても真っ黒で代わり映えがありませんが、どうやら女王アリは明るい場所が好きな個体のようです。
もうすぐ餌になるかもしれないのに無駄に状況を把握しようとする自分に内心驚きつつ、しかしおかしくてアリシアの頭を撫でてごまかします。
さすがにここまできたら助けなど来ないでしょうし、来てもこの洞窟内だと広く陣を取ることができず、少数なら多勢に無勢というもの。
数の差で蹂躙されて終わってしまうでしょう。魔術師が魔術を行使できない以上は近接職が頑張るしかないわけで、しかし強化されてない近接職だと相当な業物でないとロックアントの甲殻を破壊することができない。
悪循環に陥ってしまう思考は、不意に訪れた冷気に中断されました。
薄布1枚だからといって、先程までとは違い刺すような冷気が洞窟内を満たしているのが感じられたのです。
次の瞬間、運んでいた先頭のアリを巻き込む形で氷の壁が出現し、檻よりも前へ進んでいたアシッドアントの何匹かを巻き込み列を分断させたのです。
銀龍煌の龍鱗が散らばるこの周辺では魔術を行うのは不可能。しかし目の前の氷壁の現実がそれを真っ向から否定して存在を主張しています。
氷壁に巻き込まれるのを避けられたアリたちが、双方向から鋭い牙顎をもって氷壁を崩そうと攻撃を加え始めたのが見えました。
目の前の非現実的な状況に呆然としている私たちにの横をすり抜けるように、不意に人影が映り込んだのが見えました。
それは光苔しか無い洞窟の中で一際光を反射する折れた剣を振るい、駆け抜けるように混乱しているアシッドアントの群れの中に紛れ込んだ。
黒と赤が入り混じったローブを着込み、ヒカリゴケの反射か服の至るところに光る線が見えることから相当高級なローブを着込んでいることがわかる。
明らかに魔術師と思われる外見なのに、剣を振るう姿は自然と歴戦の猛者のような凄さを感じてしまう。
助かったのだろうか?
周囲にいたアシッドアントが一掃され、静寂が支配する洞窟の中、手に持つ剣で人が通れる範囲だけ檻を破壊した男が初めてこちらへ話しかけた。
「さて、早速だが奴隷契約をしよう」
目深にかぶっていたフードが軽く動き、男の顔が視認できるようになった。
「仮面?」
男の顔は演劇で使用されるような顔全面を覆う仮面を着用しており、表情を見ることができない。
しかし、声色から私は彼を『少年』だと判断した。
少年は奴隷達を助けるために来たのではなく、つい最近目撃情報があった銀龍煌出現場所の調査クエストを受けているといい、私たちを発見したのは偶然で、周囲の銀龍煌の龍鱗片を撤去しながらここまで来たのだと告げた。
なぜ奴隷契約をしなければならないのかについても、奴隷契約をしておかないと途中逃げ出した奴隷が犯罪を犯していた場合、助け出し放置した人間に罰金刑が課せられると聞いたからだと説明された。
無論国に戻れば解除するという内容を盛り込んで一時的な契約を結んでしまおうというわけらしい。
しかし、奴隷商人は死んでしまっている現状において新規、もしくは主人の変更の手続きなどできないと思うのですが。
同じ思考にたどり着いた奴隷の一人の言葉に、仮面の少年は他の場所に保管されていたのであろう複数の奴隷の首輪を見せてくる。
「奴隷の首輪の契約は、専門の術者の他に奴隷の主人となる者の魔力による奴隷紋の刻印が必要だとされているが、一時的にだがより強力な魔力の波動による奴隷紋の上書きが可能だ。最も本来奴隷紋が施されていない相手にはただの魔力の波動をぶつけられるだけの苦痛でしかないが、奴隷紋のみに当てれば問題ない。本来ならこの地は銀龍煌の魔力無効化の余波が残っている場所だが、既に周辺の龍鱗片は駆除してあるので問題はない」
それに奴隷商が死んでいるのであれば、今現在の私たちは野放しにされている野良奴隷とも言える。奴隷紋に魔力を流して契約しておかないと別の人間や奴隷商に取られてしまうと彼は告げた。
ここが未だアシッドアントの巣の中だとは思えないほどに目の前の少年は落ち着いている。まるでちょっと散歩に出かけたら子犬を見つけたようなそんな気軽ささえ感じられる。
無意識に手を伸ばしてしまう自分がいた。彼の提案を自然と受け入れてしまう。助かるのなら、こんな場所から出られるのなら、アリシアを助けられるのなら。
私はたとえ悪魔でもこの身を売ろう。
『龍ヶ崎 隆一視点』
まずはじめに姉妹であろう二人の女の子のうち姉と思われる方が手を伸ばしてきた。
今まで必死に妹を守ってきたのか憔悴がひどく元は綺麗であった顔も翳りが差している。
「妹を助けて……」
ややかすれた声色で伸ばしてきた彼女の手を両手で優しく掴み安心させると首元に見える二人の奴隷紋に手を伸ばし、一息に魔力を当てる。
奴隷紋の上書きの方法は草薙から聞いた。
それに、実は銀龍煌の龍鱗など撤去していない。何よりそれを回収処理している暇などなかったのである。
どこにあるのかもわからないモノに時間をかけるより、目の前の奴隷を助けるのが個人的に重要だったからだ。
目もくらむレベルの光量が奴隷紋から溢れ、それは糸となって隆一の手に絡みつく。
そして一本の糸となって隆一の中に消えていった。
「終了だ」
二人の奴隷紋は確かな光を帯びて隆一のモノになったと主張しているようにも見える。
隆一は手に持っていた奴隷の首輪にも同じように魔力を通して二人の首にはめた。
すると共鳴するかのように首輪と奴隷紋が点滅したのを確認した。
そしてその光は隆一の手に新たに刻まれた奴隷の主たる証拠として出現する『隷主紋』という魔法陣と同調している。
これで二人は名実ともに仮にではあるが隆一の奴隷として登録されたのである。
「ほら、早くここから出なきゃいけないんだからとっとと契約を済ませるぞ」
隆一の言葉に、方針していた他の奴隷達も、半信半疑の状態で隆一との奴隷契約を済ませていった。
全員と奴隷契約を結んでいる間、近場の倉庫から拝借してきた槍を一緒にいた獅子族と思われるライオン顔の獣人と熊族の獣人に持たせて氷で塞がれた道と出口へ向かうと思われる道の双方を警備してもらった。
あれだけ騒いだのに一向に追っ手が追ってが来ない。
ここに来るまでのアシッドアントは全滅させたはずだが、まだロックアントとソルジャーアントやらの上位種が残っているはずだ。
こちらの異常に対して女王蟻が守りに入って閉じこもっているのなら今のうちに逃げ出してしまおう。
「契約も住んだことだし、このまま一旦外へ出るぞ。馬車はないが食料ならある程度倉庫内に眠っていたのを手に入れてある。2~3日もすればエインズワーグにたどり着けるだろう」
隆一の言葉に、奴隷達はここから出られると聞いて活力が戻ってきたようだ。
先頭に隆一、真ん中に戦えない女性や怪我をした奴隷達、最後尾に槍を持たせた獣人族の2人を配置して出口へ向かって進み始める。
本来ならアリの巣ごと根絶やしにして素材を集めたいのだが、足で纏いの奴隷達を連れた状態では万が一のこともある。
素直にエインズワーグヘと戻りギルドへ話を通したほうが楽そうだ。
「ご主人様。先ほど馬車はないと仰られていましたがどうやってここに?」
最初に契約を施したアリサ(実は貴族らしい)と名乗る美人が話しかけてきた。
この世界の美人率は日本にいた頃と比べると9割がた美人にあたってしまう。
別に仮の契約なのだから畏まらなくてもいいのに、(まぁ逃がす気はないが)心の声をかくしてアリサの質問に目線は変えずに返答する。
「銀龍煌の出現場所近くまで来た時にアシッドアントに奇襲を受けてね。馬車はその時にオジャン。来てみてびっくりだよ。地面はえぐられてるしそこがアリの巣になってるしでさ。しばらく調査してたらアンタ達が洞窟内にドナドナされてくのを見ちゃったからね。一応は人名救助という名目になるのかな?クエストにはない仕事だけど討伐部位さえあれば金にはなるし」
割と適当なでまかせを言ってるが、アリサは真面目なのか「なるほど」とつぶやいてそれ以上追求してこなかった。
ついと後ろを見やれば、皆一様に病人服みたいな薄布一枚身にまとった姿で歩いているのがわかった。
野郎の横乳なんぞ見て嬉しくないが、女性陣は流石に目のやり場に困ってしまうな。中世レベルの文化基準ならこれくらいはもしかしたら気にしないのかもしれないがなるべく早めに着るものを提供しよう。
洞窟内だとすぐ汚れると判断して、洞窟から出たら服を用意しよう。
「もうすぐ出口だ。外へ出たらなるべく巣から離れるぞ。奴らの行動範囲はそんなに広くないから少し離れれば襲われる心配もないはずだ」
隆一の言葉に、奴隷達はようやく解放されると笑顔を浮かべて歩みを早めた。
隆一も、そんな奴隷達を見て顔をにやけると、出口に向かって一気に距離を詰めた。
手は瞬時に大剣を握り締め、大上段からひと思いに振り下ろした。
『ギシュ!』
出口で岩に擬態して待ち伏せていたロックアントを一撃で切り裂いたのだ。
「やっぱり出口を固めていたか……」
にやけている隆一を他所に、奴隷達は再びパニックになり始める。
一撃で仕留めた隆一の技量よりも、目の前の出口の灯りを遮るかのようにロックアントが隊列を作り壁として立ちはだかってきたからだ。
この数を一匹ずつ倒していくのはめんどくさいし、草薙だと大丈夫であろうが万が一刃こぼれしたら困るので、ローブが仕舞われていた扉を開けるのに使用した鍛冶槌を巾着から取り出して肩へと担ぐ。
「さて、硬い奴にはハンマー装備が王道でしょう?」
意気揚々と体内の魔力を爆発させるように循環させ、残像を残す速さで前方へと突撃をかける。
次いで発生するのはボウリングのピンのごとく空へと吹っ飛ばされるアリの軍勢だ。
そして鍛冶槌の遠心力を持ってジャイアントスイングをアリ達の中心で発生させ、台風さながらに周囲一帯を荒らしまくる。
アリたちも、そんな隆一を驚異と認識したのか物量で押しつぶそうと殺到するが、隆一の攻撃は収まることを知らない。
ボウリングのように小気味のいい音は出ないが、アリ達の潰される破砕の音は止むことはない。
アリサ達奴隷は、目の前で繰り広げられる暴力という名の嵐を前に、手も口も出せず呆然と立ち尽くすしかなかった。
しばらく続いていた破砕音は次第に止んでいき、アリ達の体液や甲殻が散乱する戦場跡、もはや『災害』跡には、体液や蟻酸によって汚れてしまったローブを纏い、あれだけの攻撃を続けてなお輝きを失うことなく黒く光り続ける巨大な鍛冶槌を背負い立ち、大きく息をつく暴力の化身とも言うべきアリサ達奴隷の仮の主が屍の上にただ一人立ち尽くすのだった。
鎧袖一触、明らかに常軌を逸した戦闘能力をもった少年。
奴隷達は知らず震える。
それは恐れか、それとも畏怖か、はてまた新たな英雄の出現に立ち会えたことに対する尊敬の身震いと評すべきか。
少なくともアリサは目の前の少年に、命の恩人に対して絶対の忠誠を誓おうと心に決めた瞬間でもあった。
久々です。
職場が変わって覚えること多くて更新まで手が回らない現状です。
本当に更新が不定期になって申し訳ありません。
なるべく休みの間は更新に手を回したいのですがいかんともしがたい現状です。
どうか気長に更新を待っていただけたら幸いです。




