捜査の加速
「……まだ安部のやつはティアラをどこにやったのか吐かないのか?」
「ええ、それどころか『貴様らはもうすぐ地獄を見ることになる』とかほざいてますよ」
犯人を異例のスピードで確保・逮捕となった「ティアラ盗難事件」。しかし肝心のティアラは未だにその行方がわかっていないままだった。誘拐事件本部からここへ異動となった椎名は机を指でトントン叩く、上司の近藤 雄太郎に報告していた。
「……あと、一応盗品市場にも潜らせていますが、ティアラの一部とみられる宝石や貴金属はまだ影も形もないそうです」
今、警察が最も恐れていることは「ティアラの破壊」である。世界的に有名な美術館の展示品であるティアラを普通に売ろうとしてはすぐに足が付く。それを恐れて犯人がティアラを砕き、バラバラになった金属・宝石を別々に売ることはすぐに予想がつくことであった。
「……そうなるとあとは、安部がどこかに隠しているか、だな。ワイルドキャッツがティアラを安部に渡したのは安部本人も秘書もワイルドキャッツの3人も認めているからな」
しかし安部の自宅、会社、工場への立ち入り捜査でティアラも税務署が大喜びしそうなデータも全く出てこなかった。
「その件ですが、気になる物があったんですが」
そう言って椎名は脇に挟んでいたファイルから一枚の紙を取り出した。
「これは……土地の契約書か」
「はい。安部は一年前に東京ドーム約3個分の土地を『新工場設立のため』という名目で購入しているのですが、現時点でそのような動きがないんです」
「……もしかしてそこにティアラがあるかもしれないと?」
「はい。安部は一年前に訪れた以降、ここに来てないそうなんですが、部下が観光客を装って来たことも充分考えられます」
「なるほど……。分かった。長野県警には俺から連絡しておくから、君は出発の準備をしておいてくれ」
「はい、わかりました」
椎名は一礼すると部屋を出て行った。その直後、大きな足音をたてながら長谷川が飛び込んで来た。
「おい! しい……?」
「椎名ならもう帰ったが」
「あ、お疲れ様です……」
長谷川は眉間にシワをよせている近藤を見て大人しくなった。出世欲と疑うことしか考えないようなバカでも、自分より階級が上なだけでなく、次期警視総監との呼び声も高い近藤にたてつく気はないようだ。
「そんなに慌ててどうしたんだ? 話だけなら聞くぞ」
「あ、はい、実は椎名刑事が鑑識に頼んでいた検査の結果がこちらに届きまして……」
ーーー
それから3日後。椎名は長野の土を踏んでいた。
電車の待ち時間中に椎名が見つめる先には出立前に近藤から渡された鑑識の検査結果が書かれた書類があった。その結果は99.9%一致。
予想していたとはいえ、なんともいえない吐き気に近いような嫌悪感が椎名の胸の中で渦巻いていた。
「すいません、東京から来た椎名ですが」
「あ、はい、近藤さんから聞いております。2階の205室に頼まれた資料を揃えております」
安部の所有する土地に1番近い警察署に着いた椎名は早速、集めてもらった安部の土地についての資料の精査を始めた。
この土地にはかつて日本軍が使っていた施設があったが、戦後すぐに取り壊されたという。しかし地下にあった施設までは埋めたてられていなかったという噂が、都市伝説という形で語られていた。
安部は開発してない理由を最近の物価上昇と経営悪化によるもの、と言っていたが、安部の所有する会社は全て去年も黒字計上で終わっている。
椎名は、安部はこの地下施設が目的でこの土地を買ったのではないかと考えていた。理由まではわからなかったが。
渡された資料全部に一応目を通した椎名は遅めの夕食をとろうと立ち上がった。
しかしその思惑は叶わなかった。
「椎名警部!」
慌てた様子で若い警官が部屋に飛び込んできたのだ。
「どうしたんですか?」
「く、倉木茜と名乗る人物からここに、連絡が入ったんです……!」
「なんだって!?」
「本部から回されてきた個人情報と本人の言葉を合わせたところ、全部、一致してるんです……!」
「どこからの通報だ!」
「は、はい! 今、保護のために車両を出しますので、着いてきてください!」
ティアラの調査に来たはずの椎名が呼ばれたのは「帳場が同じ所にあるんだから、連続誘拐事件の情報もある程度知っているだろう」という若者ならではの甘い考えだったが、結果的にそれは功を奏した。
連続誘拐事件の担当経験もあり、「被害者は皆、動物にされているかもしれない」という情報も知っている椎名でなければ、今、目の前にいる倉木の惨状を冷静に見ることは出来なかっただろう。
倉木が電話をかけてきたのは村内の土産物店だった。
その土産物店の駐車場に流れ込んだ警官達が見たのは、恐らくそこの店員に借りたのであろう誰も買わないであろうナンセンスなご当地Tシャツとスカートを身につけ、そのスカートから馬の脚と尻尾を覗かせた倉木の姿だった。
偶然店にいたと見られる一般人と店員が気味悪がって遠目で見守る中、ショックから早めに覚めた椎名は緊張している倉木に声をかけた。
「……倉木茜さんだね」
「は、はい……」
「早速で悪いけど、君はどこから逃げてきたんだい?」
「あ、あそこの山にある建物からです……!」
倉木が指差した方向には安部が買っていた土地があった。椎名の頭に一つの、あまりにも残酷な予測がよぎった。
倉木は緊迫した様子で、椎名に訴えた。
「あ、あの、あたし以外にも先輩やいろんな人がまだ捕まっているんです、すぐに助けにきて欲しいんです!」
「……わかった、これから車に乗せるなら道案内を。あと、わかってるだけでいいから捕まってる人の名前を教えてくれ」
「はい! もちろんです!」
そう言って倉木はそばに置いてあった紙袋を持って一番近くにあったパトカーに乗り込んだ。椎名は厳しい表情をしたままその後を追った。
「この道を右に真っ直ぐ進んでください!」
椎名が車の扉を閉めた瞬間、倉木はすぐに運転手に指示を出し、その声でショックから覚めた運転手は慌ててエンジンをかけ直した。




