賭けの一言
事件を追っていた記者と刑事が誘拐された。
報道機関を遠ざけるのにこの出来事は十分過ぎる物だった。
これ以上突っ込んだら、自分達にも被害が来るかもしれない。その想像による恐怖は自然に報道陣に伝染し、結果この事件を取り上げるメディアは少なくなった。
しかしメディアが取り上げなくなっても事件が終幕することはない。担当の刑事達は今も少なすぎる条件から犯人を炙り出そうとしていた。
そんな中、鑑識課所属の青木 雄大は呆れたように目の前に置かれた袋を手にとった。
「犬飼の毛と、事件現場で見つかった犬の毛のDNA検査して欲しいなんて……何考えてんだよ、椎名のやつ」
犬飼の失踪が判明した翌日、椎名は「人間が動物に変えられた」説を本部内で発表したが、当然のことながら荒唐無稽な笑い話、と華麗にスルーされた。長谷川からは頭おかしいんじゃねぇのか? と笑い者にされた。
普通ならここで心が折れて終了、である。しかし椎名の意地は凄まじい物だった。
それから椎名は手始めに犬飼のデスクの下から犬飼の物と思われる髪の毛を何本か採取し、友人であった青木に検査を依頼したのだった。「きっと同じデータが出るはずだから」と言い残して。
「同じデータが出るわけないだろ……遺伝子レベルで違うんだしさ……」
そう愚痴りつつも青木は犬飼の毛をピンセットで掴み、薬品に投入するのだった。
ーーー
その頃椎名はコーヒー片手に、レストランである人物が来るのを待っていた。
「……お待たせしました」
そう言ってやって来たのは1人の固い表情を見せる少女ーー河合仁美だった。
河合と椎名が会うのはこれが初めてではない。倉木茜の事件の際にすでに2人は顔を合わせており、その時には長谷川と犬飼、そしてもう1人別の刑事と一緒だった。
「あの……今回は何の用ですか? 私が知っていることはみんな話しましたけど……」
河合は所在無さげにウェイトレスが持っていた水に口をつけた。
「いえ、今回伺ったのは倉木さんの事件ではなく……」
そう言って椎名が懐から出したのは月村の顔写真だった。
「……悠ちゃん、ですか?」
「はい。もう2ヶ月も前のことですから、記憶が曖昧になっているかもしれませんが……月村くんが攫われたときのことをもう一度お聞かせ願いたいのです」
「は、はぁ……。いいですけど」
椎名が河合の元を尋ねたのは彼女の周りで月村悠貴・倉木茜と知り合いが2ヶ月の内に立て続けに行方不明になっていること、さらに月村の事件でも現場に動物の毛が残っていたからだった。
椎名は河合はこの一連の事件に何らかの関わりがある、とよんでいた。
「では……まず、月村くんと図書室で合流したのが午後5時48分。そして学校を出たのは50分でしたね?」
「はい、これは学校の防犯カメラにも時間入りで写ってましたから……間違いはないと思います」
「それから2人はストーカーと見られる犯人を見つけるまで、家にまっすぐ帰ったんですよね?」
「は、はい。それが何か?」
「いえ。気にしないでください。58分ごろ、犯人を見つけた月村くんは逃げた犯人を追走。その後を河合さんも追いかけた……と」
「はい……しばらく待っても戻ってこなかったので……『待っていろ』と言われてたんですけど心配になって、つい……」
「それで追いかけた先にあった石水第三公園の前で犯人によって白い軽自動車に放り込まれる月村くんを発見、慌てて近づくが車に乗った犯人はすぐに逃走しナンバーはわからず。とにかく警察に通報しなければ、と近くにある交番に駆け込んだのが午後6時13分……ここまでに間違った点はないですね?」
河合が無言で頷くと椎名は今度はカバンから写真を取り出した。写真に写っていたのは月村のワイシャツだった。この事件で現場に残されていた唯一の物証である。
「……これがどうかしたんですか?」
「河合さん。学校から事件現場にかけて、もしくはあの事件現場で、ウサギの姿は見ましたか?」
「ウサギ、ですか? ……いえ。何でそんなことを?」
「実はこのワイシャツの内側からウサギの毛が何本も検出されたんです。月村くんの家、及び学校ではウサギが飼われていませんから、そこでウサギの毛がくっつくことは考えられません」
「もしかして、犯人ともみ合った時についたと?」
「はい。ただこのワイシャツから犯人と見られる指紋は検出されませんでしたから、確証はないんですが」
「そうですね。犯人は手袋をつけてましたから……」
「見たんですか?」
「あ、遠目でしたけど、手がなんか黒っぽいのに覆われてたので手袋とかしてるのかな、って」
「なるほど……。まぁ、計画性のある犯人はそれくらいのことはいつもしてきますからね……」
そう言いつつも、椎名は手帳を取り出し「黒い手袋(?) 着用」と書き記した。
「他に何か言ってないことは無いですか? これは特に関係ないよな、と思うような些細なことでもいいんですが」
「…………」
河合は思い悩んだような顔で下を向いた。椎名はその反応に違和感を感じた。
「……まだ、何か話してないことがあるんですね」
「……いや、何もな……」
「例えば、月村くんはウサギの姿にされて攫われた、とか」
椎名は玉砕覚悟で鎌をかけた。それを聞いた河合は目をまん丸にし、口をポカンと開けた。
椎名が「間違ったか……」とつぶやこうとした時、河合は目を見開いたまま、言葉を絞り出した。
「ど、どうして、知ってるんですか……?」
椎名は、賭けに勝った。
ーーー
河合が帰った後、椎名はおでこにペンの先をつけながら聞き出した話をまとめていた。
「半人半兎のバニーガールに、か……。最初の方の事件だから薬の影響が変な方に向いてしまった可能性があるな。犯人は20〜30代の男で白衣を着ていた……そういや倉木が誘拐された日に、白衣を着た不審人物が目撃されていた、ってやつあったな」
一昨日の会議で報告された情報を思い出した時、中山からの電話が入った。
「はい、もしもし」
「椎名か? 至急戻ってきてくれないか」
携帯の先で中山は焦りながら言った。
「……いいですけど、そんなに慌ててどうしたんですか? まさか、何か別の重大事件が起きたとか……」
「そのまさかだ。下手すれば、国交問題になりかねないほどの……な」




