塩の泉の主
「……こっちも霧だらけだな」
「ですね……」
月村・佐藤ペアは丘から見て左奥に広がっていた森の中へ入っていた。しかしいくら進んでいっても、中に入ると若干違う場所に転送させる霧ならうんざりするほど見つかったが、2人が期待していたような抜け道などは影も形もなかった。
「こうなると単に運動不足解消のために作ったのかもな」
部屋の中でゴロゴロしまくっていただけに、自身の体の衰えとかを気にしていた月村としては嬉しいことではあったが。
「でもそれだけのためにこんな広い土地を買いますか?」
「うーん……もしかしたら俺達のようなやつをもっと増やすつもりなのかもしれない。それだったらこの広さもうなづける」
「そんな……」
佐藤が信じられないとばかりに首をふる。
「何のためにあの男の人はこんなことをしてるんでしょうか……」
「さぁ? 案外ケモノっ子に萌えてる変態なんじゃねぇの? どんどん獣に姿が変わっていく女の子の様子に興奮するとか」
「ええっ……それはないと思いますけど……」
軽く引く佐藤にむかって月村は自分の体を指差しながら言った。
「じゃあなんで俺は性転換させられてんだよ。獣にするだけなら性転換させなくてもいいだろ」
「…………」
妙に納得させられてしまうような実例を提示されたことで、佐藤は返す言葉が思いつかず、曖昧に笑うことしか出来なかった。そんな佐藤をよそに月村は周りを見渡しながら言った。
「……にしても、のど渇いたな。どっかに湧き水ねぇかな?」
川のそばにいた時は好きな時に飲めていたが、森の中に入ってからはなかなかそういう機会に恵まれてなかったのだ。すると立ち直った佐藤が言った。
「あ、そういえばあっちの方に湖みたいなのがありましたよ?」
「本当か?」
佐藤が指差した先を進んでいくと、彼女の記憶通りに湖があった。
「やった、水だ水だ……うげっ、なんだこれ!?」
月村は嬉々して水をすくって飲んだが、すぐに吹き出した。
「どうしたんですか!?」
「……めっちゃしょっぺぇ」
月村の苦々しい顔を見た佐藤も恐る恐る口をつけてみたが、すぐに顔をしかめた。
「本当ですね……」
「少しは信用してくれよ……」
「さっき信用してくれなかったお返しです」
近くでゴロゴロしている岩を見ると、ほとんどの岩に白い物が付着していた。木の枝で削って舐めてみた所、白い物体は塩だった。さらによく見ると湖の淵は塩害対策のためか、コンクリートのような物で覆われている。
「こりゃまるでミニチュア死海だな」
「本当の死海はこんな自然豊かじゃありませんけどね」
そんな湖を探索していると、明らかに人が作ったとわかる岩を模したオブジェが見つかった。
「えーと……パンチングホタテ? なんだこりゃ」
岩に刻まれたピンク色の塗料で塗られているアルファベットを読んで月村が首をかしげる。
「うーん、あの赤いの殴ったらホタテが出てくるんじゃないですか?」
そう言って佐藤はくり抜かれた穴の中にある赤いサンドバッグのような物を指差した。
「……ホタテかぁ。そういやここにぶち込まれてから野菜スティックしか食ってねぇや」
「そうですね……私も草ばっかりです」
そうして2人は真人間だった頃の豊かな食生活を思い出し始めた。
「ま、ここから出れれば好きなだけ食えるか」
「ですね」
しばらくしないうちに、2人はケロっとした顔で思考を断ち切った。この時、2人の脳内には「所持金」とか「アレルギー」とかいうマイナスな言葉は存在しないことになっていた。
そんな時、湖の方からカッカッ、と何かを叩くような音がした。気になった2人は湖の方を見ると、すぐに水上に浮かぶ音の発生源を見つけた。
「あ、もしかしてあれ、ラッコ……か?」
「本当だー。かわいいですね」
予想もしない遭遇に2人はほのぼのし始めた。対するラッコは月村達に気づいてないようで、叩かれまくったことでヒビが入ったハマグリにキバを差し込み、無理やりこじ開けようとしていた。
「うわぁ、ワイルド」
「野生の動物なんてみんなそんな物だよ。……そうだ」
月村は軽く肩を回すと、例の赤いサンドバッグを思いっきりぶん殴った。すると岩の色が茶色から緑、さらに黄色、とどめに赤色へと変わっていき、頭頂部からホタテがポーンと飛び出してきた。月村は少しジャンプして、宙に舞ったホタテをキャッチした。
「やっぱり予想通りだったな」
「どうしたんですか? 悠貴さん」
「いや、これ使えばあのラッコを誘い出せるかなって」
そうして月村はしゃがみ込むとホタテでコンクリートを叩きながら呼びかけ始めた。
「おーい、ラッコー。ラッコ、ラッコラッコ11号ー」
「なんですか、その呼び方」
「昔見たアニメの劇中歌ー」
大真面目に答える月村の様子を見て、佐藤は思わず吹き出した。するとラッコが月村達を見た。そして食べ終わり、殻だけになったハマグリを水中に捨てると、短い脚と尻尾を器用に使って月村達の方へ近づいてきた。
「警戒心0だなー」
ラッコは昔は海岸に生息していたが、保温性に優れた毛皮を狙った人間による乱獲によってその数を減らされ、警戒心が高まり海上へと住む場所を移した、という話を知っていた月村は思わず笑みをこぼした。
「くわっ、くわぁぁっ」
ラッコは水から上がってくると思いっきり鳴いた。
「はいはい、これだろ?」
月村が苦笑しながらホタテを渡すと、ラッコはすぐにその場にあった石にむかってホタテを叩き始めた。
「あれ? ラッコっていつも水の上で叩くんじゃないんですね」
「そうだなー。おい、ラッコー、うまいかー?」
月村は佐藤のつぶやきを軽く返しながら、貝殻に無事にヒビを入れ、そこから中の身を食べ始めていたラッコに声をかけた。するとラッコは「くわっ」と鳴いて再び食べ始めた。
「おいしそうですね……」
「だな」
気づけばもう夜。夜目の聞く動物になっていることや、月明かりで照らされているおかげで物を見ることに不自由はなかったが、空腹だけはどうしようもなかった。
「悔しいけど俺達も帰るか……。あいつらに報告もしないといけないし」
「ですね……」
月村が立ち上がるとラッコがすかさず横にいた佐藤の腕を掴んだ。
「ん? どうしたの? もっと食べたいの?」
「くわっ」
ラッコは首をぶんぶんと横にふる。するともう一度パンチングホタテをぶん殴る気満々で肩をぐるぐる回していた月村が不安げに言った。
「……あのさ、さっきからこのラッコ、俺達の言葉にちゃんと反応してる気がするんだが」
「ですよね……」
「くわっ、くわわぁ」
ラッコは何かを伝えたいのか、必死そうに鳴いている。月村は再びしゃがみ込んで話しかけた。
「おい、ラッコ。日本語わかるのか?」
ラッコは縦に首をふった。すると佐藤の顔が突然青くなった。
「悠貴さん、もしかしてこの子……」
「言いたいことはわかってる……なぁ、ラッコ。お前、もしかして俺達と同じ元人間か?」
月村は佐藤の発言を手で制すると、自分達にとって禁断の質問を投げかけた。それに対してラッコは……
「くわぁっ!」
2人の気持ちを考えることなく、無邪気に、嬉しそうに首をぶんぶん縦にふるのであった。
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