腹を括ろう
「悠貴さーん」
誰かが俺を呼んでいる気がする。
「ねぇ、悠貴さーん、朝ですよー。やくそく守ってくださいよー」
……うるさい。ゆさゆさすんな。俺が渋々目を覚ますと、そこには佐藤さんの姿があった。
「おはようございます! 今日もよろしくお願いしますね!」
……そんなキラキラ笑顔で言われても困るんですが。
俺の失言から始まった佐藤さんの乳搾り。正直一週間経った今でもなれない。
だって今はこんな姿だけど、冷静に考えたら胸触り放題だよ!? しかも本人了承で! ドキドキするわ状況が状況でも!!
目の前にいるのは牛、目の前にいるのは牛……と自分に言い聞かせて、若干強めに乳首を握る。すると大量の牛乳が出てきた。
「役得だよねぇ〜」
任を解かれた錦戸さんが脱衣所でこちらを見ながらニヤニヤしながら言う。カチンときた俺は手元にあった桶を投げつけた。
桶は即座に閉められた扉に直撃し、カコーン、と良い音をたてて転がった。
「ちっ……もう少し近ければ当てられたのに」
そう愚痴りながら扉の鍵を閉める。ちなみに乳搾りは未だに風呂場にて源泉掛け流しで済ませております。
「……あのー、どうかしましたか?」
佐藤さんがこちらを心配そうに見る。どうやら錦戸さんの冷やかしは佐藤さんには聞こえてなかったようだ。
「大丈夫……。じゃあさっさと続きやりますか……」
ーーー
「う、ううっ……」
「……」
「んんっ、はぁっ……」
「…………」
「い……あっ、ひっ」
「…………うるさい」
「ごふっ!?」
月村の繰り出した膝蹴りが佐藤の腹に炸裂した。
「げ、ゲホッ、な、何するんですかヒドイです!」
「ヒドイのはどっちだヒドイのは。なんかさっきから色っぽい悲鳴出しまくって。コッチの気がおかしくなるわ」
腹を押さえながら涙目で訴える佐藤に月村は顔を真っ赤にしながら文句を言う。
「だいたい、なんで急にそんな声出し始めた。昨日まではうんともすんとも言ってなかったじゃないか」
「だ、だって……悠貴さん上手くなってきていて、だんだん気持ち良く」
「……そんなん上手くなりたくねぇわ」
月村は大きく伸びをすると真顔で言った。
「こうなったら錦戸さんに再交代してもらうか?」
「それは勘弁してください」
佐藤は即座にひれ伏す。元々四つん這いになっていただけに土下座体勢への移行が早い。
「じゃあ耐えろ。歯食いしばれ。なんならタオルでも持ってくるか?」
「だ、大丈夫です……」
それから佐藤はよっぽど錦戸の「尻尾搾り」がトラウマになっているのか、今度はしっかりと歯を食いしばっていた。変な気にさせる雑音が消えたことで、月村は再び作業に集中しだした。
佐藤が外への扉を見つけてこの日で一週間が経っていた。この一週間、月村と佐藤は外を散策し続け、抜け穴・抜け道が無いか探ってきたが、残念ながら見つからなかった。
ただ3日目の夜に6人目の被害者・立石海と遭遇したり、5日目の昼にリンゴの木が大量に自生している地域を見つけたりと収穫が一切無い、というわけではなかった。
乳搾りがひと段落した頃、佐藤はおもむろに口を開いた。
「あの……海さんのことなんですけど」
「ん? 立石さんがどうかした?」
あれから立石とはホタテの貝殻を再利用した筆談でどうにか会話を成立させた。しかし立石は自分の名前の読み方を「まりん」ではなく「かい」と偽っていた。よっぽどDQNネームな自分の名前を知られたくないようだ。
「海さんをここに連れて来ることって無理なんでしょうか……」
「連れて来るのは可能だろうけど、一緒に生活するのは残念だけど無理に近いだろうな」
月村はデッキブラシで浴槽を磨きながら答える。
「食糧はあのホタテを持ってこれればどうにかなるけど、筆談が出来ないのはかなりのハンデになるだろうし。それに海水内で生活している動物が突然真水の環境に入れられた時に拒否反応を起こすかどうかもわからない」
そう月村が思ったのはあの高濃度の塩水を立石が平気で飲んでいたことからである。月村達が唖然としている様子を見て「なんかおかしなことしましたか?」と恐る恐る書いていたことから、立石はあの濃度を塩辛いとは思っていなかったことがわかる。つまり立石の体はかなりラッコの方に変化している、と月村は推測しているのだ。
「でもタマちゃんは平気でしたよね」
「あれは真水と海水の混じってる場所にしか出てなかっただろ? 真水だけの所にも出てたらこっちに移住させることも考えたけどさ。夜中に森の中で1人っきりじゃ心細いかもしれないし」
月村はブラシの柄を持ちながら、両手をあごにくっつけた。
「あそこの岩塩何個か拝借してこの湯船を即席の海にすることは可能だけど、絶対女子陣から大反対くらうだろうしなー」
どうやらこの間の「汗をかいたなら川の水で流せ」と言ったことに対する大ブーイングに若干懲りているようだ。
「ま、そこらへんは今日聞いてみるさ。どうせ東側の森の探索に行くつもりだったからさ」
そう言って月村は掃除を再開した。




