隠された道
「ううっ……。今日も酷い目にあった……」
私は別の意味で痛いお腹をさすりながら風呂場から出た。痛みを引き起こしている犯人はもうすでに居間に戻っていることだろう。
「……どうにかして月村さんに代わってもらわないと……このままじゃ、別の意味でおかしくなっちゃう……」
そう何度目かになる決意をしながら、薄暗い通路を這っていると壁に変な線が入ってるのを見つけた。
「あれ、こんな傷なんて昨日までなかったよね……」
気になって軽く触ってみると壁は変な音をたてながらバタンと倒れた。
「…………ええっ……」
あまりにも呆気ない展開に私は思わずドン引きした。こんな簡単にバレていいものだっけ? 隠し通路って……。
「……これ、実は避難用通路とかで外に出れたりしないかな……」
私は落とし穴とかに警戒しつつ、謎の通路に手を踏み入れた。
ーーー
乳搾りが始まって(推定)一週間が経った。皆藤さんの読みが正しかったようで、あれから佐藤さんがお腹を痛めて寝込むことはなくなった。代わりにやつれ始めたのが気になる所だが……。
「……それにしても遅いな」
しかし今日は乳搾りを終えた錦戸さんが戻ってきてから数十分たっても、佐藤さんが戻っていなかった。すると錦戸さんが生肉をくちゃくちゃ噛みながら言った。
「もしかして、まだノビてるのかな?」
「ノビてるって……どんな搾り方してんだよ錦戸さん」
「えー、だって搾り残しがあって病気になっちゃったら大変だろうなーって」
「いや、それは分かるけども。ノビさせちゃダメだろ、ノビさせちゃ」
「えー」
「えー、じゃないだろえーじゃ。だから最近やつれてきてんじゃないのか? 佐藤さん」
「えー? やつれてきてる?」
「やつれてるよ確実に」
「あ、あのー。私が見てきましょうか?」
俺と錦戸さんの不毛な会話についていけなくなったのか、服部さんが右翼を上げながら言った。
「あ、それじゃあ頼むわ一」
「はーい」
そうして意気揚々と扉を蹴り開けた瞬間、服部さんの目が険しくなった。
「どした?」
「……あの穴、何ですか?」
俺が後ろから覗き込むと、扉がない方の壁に大きな穴が出来ていた。
「錦戸さーん、この穴、戻って来た時ありましたか?」
「いや? 私が通った時にはこんな穴なかったよ?」
「じゃあ……佐藤さんが開けた、ってことですよね」
俺たちが穴の周りに近寄ろうとした時、金庫の部屋から皆藤さんが飛び出してきた。
「み、皆さん! すごい発見ですよ!」
「ん? 扉のシリンダーの番号なら『N10894』だぞ」
「そうなんです! 扉の片隅に……ってなんで月村さん知ってるんですか?」
「……無駄に皆藤さんより一週間近くも長くここで過ごしてるわけじゃないんだぞ。入って2日ぐらいで気づいたわ」
「そ、そうですね……」
大ニュースだと思ったのに……、と皆藤さんはシュンとなった。うーむ、数字を入れても別の鍵穴が出てくるだけだから、変な期待を持たせてはいけないって思って黙ってたんだけど……さっさと言っておくべきだったか。
「あのさー、洋子ー。こっちもニュースなんだけど。これ見て」
服部さんが手招きならぬ翼招きをして例の穴を皆藤さんにも見せる。
「……これって、隠し通路ですか?」
「だよねぇ……」
「どうする? 佐藤さんはもう入っちゃったみたいなんだけど」
「なら、一応私達も入った方が良い気が……」
俺が尋ねると皆藤さんは蹄をあごにつけながら言った。
「あれ? 皆そんな怖い顔してどうしたんですか?」
すると奥からケロっとした顔で佐藤さんがトコトコと戻ってきた。
「しょ、翔子!? 大丈夫だった!?」
戻ってきた佐藤さんを錦戸さんが抱きしめた。なんだかんだあっても、こういう所を見ると友達なんだな、とほのぼのする。
「だ、大丈夫だよ、心配しないでも危なくなったら帰ってくるし」
「そっか。で、翔子。この穴の奥、何かあった?」
「あったよー。皆にとっていい所が」
そう言う佐藤さんの顔はとてもキラキラしていた。
「うわぁ……」
「これは……」
「スゴイね……」
生まれつき女子一同が言葉を失う。
佐藤さんの案内であの通路を通っていった先は丘の上だった。真上には永らく見れなかった青い空と太陽が、その下には草原や森、さらには川まで見える。
「何だこれ、もしかして異世界か? ここ」
「うーん……近いかもです」
「マジか」
「だって、ほら。あそこを見てください」
佐藤さんが指差した先には、白い靄に覆われた川の先があった。
「……あの白い靄がどうかした?」
「私はよくわからないんですけど、あの川を下っていったら、あそこらへんで突然途切れたんです」
「途切れた?」
「はい。途切れた、って言うよりかは消滅したというか、別の世界に飛ばされたというか、流れてた水がパッと消えちゃったんです」
「水が消える、ねぇ……。なぁ、錦戸さんはどう思……ってあれ?」
振り向いた先に女子3人の姿はすでになかった。
「おーい、翔子も月村もこっちに来て遊ぼうよー」
声がした方を慌てて見ると、3人はすでに草原に向かって駆け出していた。
「うわっ、皆早い……」
「仕方ないだろ、そりゃ」
ずっと何も無い室内でゴロゴロさせられる生活を強いられていたのだ。突然こんなだだっ広い自然を見せられたら駆け出したくもなるだろう。むしろ、色々考えてしまう俺がおかしいのだ。
「月村さーん、早く早く!」
「皆藤さんああ叫んでますけど、どうしますか?」
「当然だろ」
俺は軽くストレッチすると笑った。
「俺達も追うぞ」
「はい!」
嬉しそうにうなづく佐藤さんと共に俺は女子3人の後を追った。
ーーー
「すいません。わざわざこんな土地まで買っていただいて」
「別にいいさ。このくらい軽い物だ」
安部と白衣の男はコーヒー片手に研究所の屋上の1つからこの間買った研究所の裏手にある自然豊かな土地を眺めていた。
「この計画が終わった後でも避暑地として使えるしな。それにあの捧げ物達も喜んでくれているようだし何よりじゃないか」
安部は草原で走り回る5人の獣が混じった姿をしている少女達の姿を見ながらコーヒーを口にした。
「そうですねー。しかし、それにしても札の威力は絶大ですね。この土地を完全に我々のいる場所と隔離してしまうのですから」
佐藤が見つけた白い靄に覆われ消えていった水。それは物理的に消えたのではなく、札の力によって消されたように見えているだけで、実際は海まできちんと流れている。
ちなみにその現象は草原でも森の中でも発生しているが、彼女らがそれに気づくのはまだ当分先の話である。
「褒めても何も出ないぞ?」
そう言いつつも、安部は満更でもない様子である。
「ではこちらも聞くが、第2号はどうだった?」
安部が問いかけると男の目が突然泳ぎ始めた。
「え、いや、それは……」
「昨日辺りに実行すると言ってたでは無いか。君のことだからやってないわけがないだろう?」
安部にじっと見られた男は観念したかのようにがっくりと肩を落とした。
「……それについてですが……ついに失敗してしまいました」
「何?」
男の反応に安部の顔が険しくなる。
「それはどういうことかね?」
「あ、安部さんがよろしければ、それをお見せしたいのですが……よろしいですか?」
「別にいいぞ。どうせ今夜は本社には戻らないつもりだったからな」
安部は一息で残りのコーヒーを飲み干すと、カップを皿の上に戻して言った。
「で、その失敗作とはどれかね?」
「今お持ちします」
男は猛ダッシュで建物の中に入ると、数分後には中で何かが蠢いている布袋を持って安部の元へと戻ってきていた。
「こちらになります」
そう言って男は袋の口を開いた。中には一匹の動物が入れられていた。
「これはこれは……ずいぶんと可愛らしい失敗作ではないか」
「まぁ、可愛らしいといえば可愛らしいのですが……捧げ物とは全く関係ない物が出来上がってしまって……」
「別にいいさ。私だって最初から順風満帆に11体揃うなんて考えてない。これくらいで怒っていたら体がもたんよ」
安部が笑顔を見せると男は安心したように息を吐いた。
「では……これはどうしますか?」
「ここに放せばいいだろう。森の中には池がある。そこに岩塩でも置いておけばこれが住める環境にはなるだろう」
「そうですね。では注文リストに加えさせていただきます」
自分の住処が(勝手に)決められている間も、失敗作呼ばわりされた被害者は怒りや憎しみがこもった目で安部達を見続けていた。




