迷える行先
夏休みを迎え、制服姿の生徒たちが教室から消えた学校。しかしグラウンドや部室棟には相変わらず制服姿とジャージ姿の男女がうろついていた。
そんな中、グラウンドの外周にあるトラックを1人のランニングウェア姿の少女が猛スピードで駆けていた。
「はい、あと1周!」
そんな彼女を横目で見ながらジャージ姿の少女が叫ぶ。すると心なし、ランニングウェアの少女の走るペースが上がった。
そして……
「はい!」
ランニングウェアの少女が最後の白線を過ぎた瞬間にジャージの少女は手に握っていたストップウォッチを止めた。ストップウォッチに刻まれたタイムを見たジャージの少女は目を見開いた。そしてすぐに、日陰に直行し冷やしておいたペットボトルのスポーツドリンクをがぶ飲みするランニングウェアの少女に駆け寄った。
「すごいよ茜ー! また自己ベスト更新だよ!」
「え? ちょっと見せて」
茜と呼ばれた少女は口を手で軽くぬぐい、ジャージの少女からストップウォッチを受け取り、そのタイムを見ると軽く首を縦にふった。
「ふーん……」
「……いつも思うけどさ、茜って反応薄いよね……」
すると茜は澄まし顔で言った。
「だってこの程度のタイムだったら記録会の予選でもバンバン出てるから。もし記録会で優勝できるようなタイムだったら思いっきり喜ぶよ」
「……それ、感動するまでのハードルが高すぎるよ」
ジャージの少女は呆れたようにため息をついた。
「別にさ、大会に出なくても楽しくやれればそれでいいじゃん?」
「あーーーーっ!!」
あたしはシャワーを浴びながら大声で叫んだ。周りには誰の姿もないから迷惑はかからない。
「こんな感じになるつもりはなかったのになぁ……」
そもそも走ること自体は小さい頃から好きで、クラブとかには入るつもりはなかったが、近くのランニングコースをいつも走ってはいた。
その姿を見たのか、すでに陸上部に入っていたクラスメイトが先輩に「倉木さんっていう足の速い子がいるんです」とタレコミしたらしく、部紹介を聞き終わってから2日も経たないうちにスカウトが来たのだ。
本当は軽音部とか調理部とか女の子らしい部に入りたかったのだが、先輩からの度重なる&強引なスカウトに、あたしは折れて入部することとなった。
ただ、やるからには高い目標を持って全力を尽くさないと、と思い必死に取り組んでいるのだが、適当に走れて楽しくやれればいいという周りとの温度差は、入って半年も経っていないがひしひしと感じていた。
「はぁ……こんなんならやめちゃおうかなぁ……。今から別の部に入ってもまだ2年もあるんだから間に合うだろうし……」
あたしはボヤきながらシャワーを止めた。
「お、倉木さん。またベスト更新したんだって?」
「あ、河合先輩」
あたしが更衣室を出て来ると、偶然河合先輩と出会った。ちなみに河合先輩は陸上部ではなく調理部に所属する先輩で、時々お菓子を作ってくれては差し入れしてくれたりしている。
「さん付けしなくていいですよ。後輩ですし」
「うーん、でも呼び捨てだとなんかしっくりこないんだよね」
河合先輩はそう言って首を軽く傾げながら爆弾を投げてきた。
「で、なんでベスト記録が出たのに倉木さんはそんなに思い悩んでいるような顔をしてるのかな?」
「えっ……そう見えます?」
「うん。とっても」
そう笑顔で頷くと、先輩は近くのベンチを指差した。
「自分用に作ったやつあるから一緒に食べながら話さない? 深刻なやつじゃなかったら相手になれるよ?」
「い、いや、大丈夫です!」
あたしは全部見透かされているような気がして、怖くなって、しどろもどろになりつつ河合先輩のそばから離れた。
ーーー
最近この近辺で立て続けに起きている「連続少女誘拐事件」。その現場には必ず、ビリビリに破かれた被害者の衣服と動物の毛が残されていた。それらの共通点から3件の事件は共通の事件として捜査されていた。
しかしその捜査はうまくいっていなかった。
理由は簡単。証拠が一切上がらないのだ。
被害者となった4人の共通点は女子高生で2年生、ということだけ。ビリビリに破かれた衣服から犯人の指紋やDNAは検出されず、事件現場周辺の住人からも「忘れた」とか「覚えてない」とか「寝てた」とか事件の手がかりになりそうな証言が得られず、捜査は早い段階で暗礁に乗り上げかけていた。
「……ここまでくると街ぐるみの犯行かと思ってしまうな」
長谷川 宏明はもはやデジャヴのようになりかけている意味のない聞き込みの道中でそうつぶやいた。
「それはそうですけど……絶対にそれ相手の前で言っちゃダメですよ? 聞けるものも聞けなくなりますから」
「わかってるよ、そんなこと」
そう言って同僚である犬飼 亜樹の小言を右に受け流すと、長谷川は手帳を開いた。
今、長谷川達が調べているのは第3の事件、佐藤翔子が誘拐された事件である。現場には買いたての水着が入った紙袋、スニーカー、ビリビリに破かれたワンピースと下着類。そしてホルスタインの物と思われる動物の毛が残されていた。
「佐藤が水着を買って店を出たのが午後4時48分、その後53分頃にこの公園の近くの交番の掲示板を眺めていたのがカメラで撮影されていて、午後5時18分に公園の清掃員が散乱した衣服を発見……。この25分の間に何があったんだ?」
「第一、いつもなら人がいるはずの時間帯に人が全然いなかった理由もわかりませんしね」
犬飼のいうことも的を射ている。深夜の4時5時なら人気がなくて当然だが、事件が起きたのは夕方にすらなっていない4時5時。人がいて当然の時期である。現に今、事件現場となった場所は大勢の子供連れで賑わっている。
「……そうなんだよな。『いつもはウォーキングに行く時間だったけど、その日は突然足が痛くなって病院に行っていた』って証言はあったけど、そんなのと同じようなことが公園に行っている人全員に同時に起こる、なんて非科学的過ぎるしな……」
本当に街ぐるみの犯行なんじゃないか? 、と長谷川は再び物騒なことを言い始めた。犬飼はそれには全く反応せず、手帳を開きながら言った。
「あと突破口になりそうなのは動物の毛ですかね?」
「毛?」
長谷川が胡散臭そうに見ると犬飼は急に不安になったのか、ビクビクしながら言った。
「だって2番目の事件なんて特徴的ですから……」
「あー、確か……蛇の鱗が見つかったやつだっけ?」
「そうです。その蛇なんですけど……国から特別な許可を得ないと販売が出来ない外来種のやつらしいんです」
「はぁ!?」
長谷川は目を見開くと思いっきり犬飼の頭を平手で叩いた。
「痛っ!」
「何だそれすんごい証拠じゃないか! つまり犯人はそれを販売しているペットショップの店員とそこで買った飼い主、あとそれを飼っている動物園の職員に絞られるじゃないか! なんでさっさと言わないんだ!」
「だ、だって、この間の会議で言ってたから……」
そう頭をおさえつつ犬飼が言うと、長谷川は明らかに動揺し犬飼から視線を逸らした。
「あ、もしかして長谷川さん……寝てました?」
「う、うるさい!」
長谷川は再び犬飼の頭を叩いた。先ほどと違い、ゲンコツで叩いたところを見ると本当に寝ていた可能性が高い。
「り、理不尽……」
「とにかく! そうと決まれば今すぐその蛇を所有してるところを片っ端からあたるぞ!」
そう言うと猛ダッシュで長谷川は覆面パトカーに乗り込んだ。
「あ、は、長谷川さん! 私を置いてかないでください! そもそも長谷川さん、あの会議ちゃんと聞いてないから場所知らないでしょー!?」
犬飼が焦ったように叫ぶと、長谷川は図星だったのか、再び表情を曇らせ、シートベルトを握った状態で固まった。




