不穏な動き
翌日の朝……かどうかは定かでないが、一日の始め(と思われる)食事を、皆藤と服部はチラチラと目の前の3人を見ながら食べていた。
その3人はというと、月村は仏頂面で野菜スティックをかじり、その横でなぜか少し凹んでいる錦戸が(2人にとっては初対面で見覚えの無い)佐藤に慰められていた。
そこで2人はこう思うのだった。
((私達が寝てる間に何があったんだろう……?))
「ゔゔ〜〜っ」
食事が終わってから推定数時間後。
藁のベッドの上で佐藤はお腹をおさえて、うめき声をあげていた。横では心配そうに錦戸がとぐろを巻いている。
「おーい、大丈夫かー?」
月村が水道水を入れたコップを持って寝室に入ってきた。
「あ、あんまり大丈夫じゃないです……」
「翔子ー、あんた朝ちゃんと食べた? 空腹だとお腹痛くなることあるよね?」
「ちゃんと食べたよ。いやいやだけど……」
なんでこんな大量の草食べなきゃいけないの……。よりによって苦いし……、とは食事中の佐藤のボヤキである。佐藤が月村からコップを受け取り、水を一口含んでいると皆藤が部屋に入ってきた。
「あのー、月村さん」
「ん? どした?」
「佐藤さんの腹痛の件なんですけど……もしかして乳房炎じゃないですか?」
「「にゅーぼーえん?」」
「はい。確か搾乳しないと牛乳の中で細菌が増えて、それで炎症を起こして……っていう病気があった気がするんです」
「ねぇ、翔子ー。あんた今日出した?」
「出すわけないじゃんそんなの……」
ということで論より証拠、実際に搾乳してみることになった。もちろん搾乳機なんて便利な物は無いので人海戦術である。
「で、なんで浴室でやるんですか?」
「いや、排水設備が整ってる場所といえばここかなー、って」
もったいないが、佐藤の牛乳は廃棄処分である。飲んで自分の(動物の物になってるかもしれない)胃袋に拒否反応が起きたら大変だし、細菌が繁殖してる可能性がある物を飲みたくないし、第一、他人の乳を飲むこと自体、倫理的&精神的問題があるからだ。
「ちなみにさー、セルフ牛乳風呂はセーフ?」
「……個人的にはアウトです」
「そっか。じゃあ、聞かなかったことにして」
月村は自分の意見をあっさり却下されても、引っ張って無理矢理通そうとするような愚かな男ではなかった。
「ここからは本題だけど……搾ってみて、実際にお腹の痛みが落ち着いたら、これからは朝一番に搾乳することにしよう」
「そ、そうですね」
佐藤からの賛同を得た月村は後ろを振り返って声をかけた。
「で、誰が搾るよ」
「あ、私やりたい」
すると錦戸が真っ先に手を挙げた。
「じゃあ錦戸さん頼んだ」
「よっしゃ!」
「あ、錦戸さんがやるんだ」
この時、佐藤はすでにお湯の抜けた浴槽内に四つん這いで立っていた。そんな佐藤に近づいていく錦戸の口から何やら不穏な言葉が漏れ始めた。
「フフフ……。いつも翔子の胸って無駄に大きいなって思ってたんだー、私のと違って」
「えっ?」
「確か母乳を出し続けると胸のかさって減るんだよねぇ……」
「えええっ!?」
錦戸の目がキラーンと光る。何かよからぬ物を察知した佐藤は咄嗟に外に出ようとしていた3人に助けを求めた。
「チェ、チェンジ! チェンジで! か、皆藤さん! 服部さん!」
「ご、ごめんなさい。私、手が原形とどめてないですから……」
「右に同じく」
「つ、月村さん!」
「いや、俺男だから。もし脱出出来た時、胸触ったことが佐藤さんの両親にバレたら、何言われるかたまったもんじゃないから」
「諦めなさい翔子! さぁ、腹をくくりなさい!」
「ええーっ!!?」
月村が静かに浴室の扉を閉めると、中から佐藤の悲痛な叫びが響いた。
「大丈夫かなぁ、佐藤さん……」
「「さぁ……」」
服部の不安を月村も皆藤も払拭することは出来なかった。
「あのさ……」
「はい?」
「女の子もさ……やっぱり胸の大きさって気になるもん?」
「……まぁ、はい」
「そっか……」
そういえば、昨日見せられた錦戸さんの胸、小さかったもんな……と思いつつ、月村は心の中で佐藤にむかって合掌した。
ーーー
「ほぉ、最初の物でここまでの変化が出たか」
阿部は送られてきた佐藤の様子を撮った映像を見ながら満足そうにうなづいた。対してテレビ画面に映っている白衣の男の顔は渋い物だった。
『いや、完全に変化しないと捧げ物には使えませんから実質失敗ですよ』
「しかし送ってからわずか1日で作った物にしては上出来ではないか?」
『いや、配列が似ている物と置き換えて、最初の薬通りに合わせてみただけですから。自力で作った物ではないので』
そう苦々しく言う男の様子を阿部は嬉しそうに眺めていた。この程度で満足せず、さらなる高みを目指そうとしている様子がわかるからだ。
『もうすぐ試作品第2号が出来ますので、今度は満足のいく結果をお伝えしたいと思います』
実は熱心な働きぶりや薬をバージョンアップさせるごとに増加する獣化の進行度に、もうそこそこ満足していたのだが、そんな胸の内を阿部は口にはしなかった。変なことを言って白衣の男のやる気をそいではいけないからだ。
「そうか、それは楽しみだな。……そういえば、この間は聞きそびれてしまったが、札の効果はどうだった?」
『あ、それはもう……私の作った人払い薬なんか霞むほどの威力でしたよ。まさか人の記憶まであやふやにさせてしまうとは』
「なら良かったよ。では完全な獣化薬の作成、頑張ってくれたまえ」
『了解しました』
そうして通信は途切れた。何の音もしなくなった一室で、阿部は不敵な笑みを浮かべた。
「あと半分、もう少しであれが蘇る……そうすればこの世は私の物だ……!!」




