24 アマーリエ
ぱちりと目が合う。アマーリエが扇で口元を隠し、つい、と目を逸らす。
「……どうしても、確かめたいことがあったのです」
「何をだ」
沈黙が落ちる。騎士たちが顔を見合わせている。従者までもが、主の背中を見上げて困った顔をしていた。
やがてアマーリエは、大きく息を吸い込んだ。
「ミレイユさんが、無事かどうかですわ!」
「え」
ミレイユはびっくりして声を出してしまった。慌てて口を押さえる。
「べ、別に心配などしておりませんわ。ただ、あなたが魔導部隊に連行されたきり食堂も辞めたと聞いたものですから。様子くらい、見に行かせても罰は当たらないでしょう!」
顔を真っ赤にして、アマーリエが早口にまくし立てる。それから扇をぱたりと閉じ、胸を張った。
「あのときミレイユさんに助けていただいたのだから、当家としてもお礼をしたいと思っていただけですわ。それが貴族の嗜みというものですから!」
ミレイユはぱちくりと瞬きをした。
学園時代、この人から向けられるのはいつも棘のある言葉ばかりだった。そう思っていたけれど、違うのだろうか。
だって、まるでミレイユのことを心配してくれているように聞こえた。
「お嬢様、流石に無理があるかと」
「お黙りなさい」
アマーリエの指摘に、従者が口を噤む。そのやりとりを見ていたミレイユは、思わず笑みをこぼした。
それから、アマーリエの前に進み出る。
「心配してくださりありがとうございます、アマーリエ様。わたし、大丈夫です」
「っ!」
アマーリエの動きが止まった。扇の陰で、口が何か言いかけて閉じる。真っ赤だった頬の色が、一段濃くなった。
「そのようですわね!」
それだけ言うと、彼女はくるりとレオナルドへ向き直り、今度は文句のつけようのない礼をした。
「ヴァレンティン侯爵閣下、この度はお騒がせして申し訳ありませんでした。ご迷惑をおかけしたのは事実ですので、どのような罰でもお受けします」
深く頭を下げたまま、アマーリエは動かない。
レオナルドが息をついた。
「今回は不問としよう。従者の方も、主命に従ったまでのことでしょう」
騎士に合図を送ると、拘束が解かれた。従者は素早く立ち上がってから、深く頭を下げる。
「それと、ローゼンヴァルト嬢のご心配には及びません。ミレイユは私の婚約者として、この屋敷で預かっております」
「婚約者ですって……!?」
アマーリエが顔を上げた。扇を落としそうな勢いで、ミレイユとレオナルドを何度も見比べている。
説明が難しい。ミレイユは曖昧に笑うしかない。
アマーリエはしばらく口をぱくぱくさせていたが、やがて扇をぱちんと閉じ、深く息を吸った。
「……あなたが安全な場所にいてよかったですわ」
言い切って、くるりと背を向けた。
「ほらお前、行きますわよ」
「はい、お嬢様!」
アマーリエは従者を引き連れ、来たときと同じ勢いで出ていく。
扉のところで一度だけ足を止めた。振り返らずに言う。
「また、お会いしましょう」
「はい。ぜひ」
答えたときには、もう扉は閉まっていた。
ミレイユとレオナルドは、閉じた扉をしばらく見つめる。
「なんだか、嵐のようでしたね」
「ああ」
レオナルドは苦笑してから、表情を戻した。
「裏手の見回りは、そのままにしておけ。門と裏口の人員も増やしたままだ」
「はっ」
騎士たちが下がっていく。ミレイユは思わず首をかしげた。
「今日のことは、誤解だったのでは……?」
「今後のことも考えて、警備はしっかりしておく」
短く答えて、レオナルドはミレイユの方へ向き直る。
(今後のことって、どういうことだろう)
問い返そうとしたところで、レオナルドがふと足を止めた。それから、少し身をかがめる。距離が、近い。
「やっぱり、君から甘い匂いがする」
「あ」
すっかり忘れていた。
「そうでした! 少しお待ちください」
ミレイユは厨房へ駆け戻り、皿を抱えて戻ってくる。
「キャロットケーキを焼いたんです!」
湯気はもう引いていたが、香りはまだ十分に立っている。ふんわりと焼き上がった生地に白いアイシングをたっぷりと重ねてある。上には砕いた木の実が散らし、出来上がりは上々だ。
「お父様のために良くしてくださるレオナルド様に、せめてものお礼をと思いまして」
そこへ、控えていたマティアスが一歩前に出た。眼鏡の位置を人差し指で直し、業務報告そのままの口調で言う。
「僭越ながら。閣下はニンジンがお嫌いです」
空気が止まる。
「マティアス」
「事実の共有です。いつもそのように指示をしているので間違いありません」
レオナルドの低い声にも、マティアスは眉ひとつ動かさない。
ミレイユは皿を見下ろした。すりおろした人参が、生地の隅々にまで練り込まれている。




