お疲れ
捕らえた使用人は延べ八人。
意外にもリーダーらしいリーダーはおらず、ただ変わりゆく屋敷の姿やミモザ、ベルテなどに強い反感を持っている人物らが愚痴を言い合うだけのとるに足らない集団だった。
だが、そんな彼らは集団の中でも特に強い思想を持つマリアに感化され、屋敷を変えられると勘違いした。
元は単独で動くはずだったマリアの行動に便乗し、結婚式でテロを起こそうとした。
彼らの予定ではマリアがベルテを殺し、それと同時に残りの仲間が使用人らを無差別に殺すことで自分たちの存在を誇示して屋敷を牛耳ることとなっていた。
そのためにいくつか強力な薬品や武器も用意していたのだが、いくら攻撃力を高めようと計画は杜撰で協調性も皆無な集団の行動など成功しようがない。
結局、犬井らに計画の全貌がバレ、ろくな成果も残せずに捕らえられた。
縦にも横にもつながりの無い集団であるため残党もおらず、マリアの組織は壊滅したといってよい。
彼女らの処分には少し困っているものの、大した問題ではない。
また、騒動直後は屋敷内も多少混乱したがメイド長らの冷静かつ適切な指揮によりすぐに落ち着きを取り戻した。
結婚式前に災いの芽を摘むことができたのは不幸中の幸いだったのだろう。
式は問題なく執り行われた。
午前中には厳かな式を、昼からは盛大な披露宴を行って二人は王族の祝福を受けた。
夕方には縁もたけなわとなって来客たちも帰路につき始める。
午後八時を過ぎる頃には屋敷は随分と静かに、安らかな雰囲気となっていた。
楽しさの跡を残す教会や客間、宴会場などはすっかり人を失って寂しくなっているくらいだ。
ミモザたちの身辺を強く警戒する必要のなくなった今夜から、犬井は護衛の任を解かれる。
犬井はミモザに挨拶をして久しぶりにトレーの待つ自宅へと向かっていた。
例の騒動を処理するなど様々な関係でトレーとは会っていたが、あいにく仕事の話ばかりで彼に甘えている時間はなかった。
それがようやく終わり、トレーとゆったりした時間を楽しめるようになる。
おまけにトレーから『ご褒美』をもらえることもあって、犬井のご機嫌は最高潮に達していた。
犬井は今、肉へと一直線に向かっていく腹をすかせた犬だ。
嬉しさと興奮で尻尾をブンブンと振って意気揚々と足を動かしていた。
そのため、
「マオちゃん、お疲れ様。今日まで大変だったね。体調はどうだい? 具合が悪くなったりはしていないかい?」
と、穏やかに話しかけてくるベルテに気が付かなかった。
「マオちゃん、マオちゃん!」
不審がったベルテに肩を叩かれ、犬井はようやく彼に気が付いた。
「あ! ベルテ様、お疲れ様です」
前しか見つめていなかった目の焦点がベルテに合って、彼はホッとため息を吐く。
「本当にお疲れみたいだね。大丈夫? ものすごくボーッとするとか、何も考えられなくなっちゃうとか、心にダメージは負ってないかい?」
「いえ、特には。家に帰ったらトレーもいるし、大丈夫です」
「そうかい? それならいいけれど、しばらくはちゃんと休むんだよ。君もトレーも慣れない任務に長く就いて心身ともに疲れているだろうからね」
「分かった。でも、トレーは魔獣の世話があるからって無理しそう」
「そうだろうね。彼は責任感が強いから。だから、マオちゃんがトレーを休ませてあげるんだよ」
「私が?」
「そうだよ。トレーだって、可愛い恋人には弱いだろうからさ」
「でもトレー、けっこう意地悪だし、あんまり私の言うこと聞いてくれない……」
犬井がしょぼんと耳を垂らせば、ベルテはおかしそうにクツクツと肩を揺らした。
「まあ、トレーは意地っ張りだからね」
「ちょっと困る。そういえば、ベルテ様は体調どうですか? 疲れてます?」
「僕かい? 僕は、まあそれなりには疲れてるかな。でも、式での興奮が冷めきっていないのかもしれない。意外と体は軽いし頭も回るよ」
「なら、後でドッと来るかも。ミモザ様がよくそうなってるから」
「そうなのかい?」
「うん。さっきも他の使用人の前では元気だったのに、部屋に入ったらグッタリしてた。疲れた、眠いって」
「そうか。ミモザは頑張り屋さんだからね。君と二人だけになってようやく落ち着いたんだろう。ミモザを見てくれてありがとう」
ベルテは丁寧に礼を言うが、犬井は彼の意図が分かるようで分からない。
犬井はコテンと首を傾げながら、「うん」と頷いた。
「よく分かっていないね」
ベルテがおかしそうに笑う。
「まあ。だって、ミモザ様を見るのは護衛としてもメイドとしても当たり前のことだから」
「それでも、大切な人の心や体を守ってもらえたらありがとうって思うんだよ」
「そっか、確かに。分かりました」
素直に頷く犬井にベルテは見守るような穏やかな笑みを溢す。
話している間にも犬井の耳や尻尾はソワソワと落ち着きなく動いている。
無意識のうちに体がトレーの方へ向かおうとしているのだろう。
恋人を真直ぐに愛する犬井の姿勢が微笑ましい。
「お互い、そろそろ大切な人の所に帰ろうか。じゃあね、マオちゃん」
「はい、また今度。ベルテ様もお体は大切に」
「ありがとう」
ベルテは普段通りの柔らかい笑みを溢して犬井に手を振る。
『僕は、まだ気が抜けないけどね』
独り言を頭の中で溢して、ミモザの待つ寝室へと向かった。




