不思議な人たち
何のアイデアも思い浮かばないうちに三連休が終わった。
今日の読書会が終わったら、テスト前の部活動停止期間に入ってしまう。
文芸部室に入る前に、私は図書室を一周して来た。
先週、自習コーナーで見たあの絵。もしもあの人がまたあそこで絵を描いていることがあったとしても、授業が終わったばかりのこんなに早い時間では来ていないだろうとは思う。
それ以前に、あの日たまたまあそこで絵を描いていただけで、いつもあそこにいるわけではないだろう。
それに、もしもまたあそこにいたとして、絵を描いていてくれなければ、あの日の人だということにすら、私はきっと気づくことが出来ない。
だからいないだろうと分かっていた。私はそれを確認しにいったみたいなものだ。
だって少しだけ…もっとあの絵が見たかったから。
見れないのだな、とせめて確認しようと思った。
読書会は、特に始まりの時間が決まっているわけではない。
だから文芸部員は授業が終わると、それぞれぱらぱらと部室に集まってくる。
とはいえ、大体の部員が授業が終わると直行するから、それほど時間がかからず集まるものだ。
でも今日はまだ美月ちゃんと公平くんの姿がない。
テスト前最後の部活で、先週部長が文化祭のアイデアを募ったこともあって、一応まずは皆んなで話をしようと待っていた。
ただまあ部長の顔を見ると、既に文化祭で新たに何かを企画することは諦めたように見えるけれど。
「お疲れー」
公平くんと美月ちゃんが部室に入ってきた。
「日直で遅くなりました」
美月ちゃんがそう言うのを聞いて、部長が公平くんの顔を勢いよく見た。
公平くんは部長の顔をちらりと見ると
「…別に何もしてないから…ただそばに居ただけだから」と眉を顰めながら言う。
「美月ちゃん、公平くんは日直の邪魔はしてない?足立くんに絡まなかった?」
『足立くん』!名前を聞いて私の心臓が跳ねた。
私が書いたもののせいで迷惑をかけてしまった人。
「…特には。片付けして日誌書いてるのをずっと見てた。
足立くんは…気まずそうにはしていたけれど…邪魔というほどではないと思う」
美月ちゃんが淡々と話すのを部長は難しそうな顔で聞く。
「ん?なんかあるの?」
そのやり取りを見て、副部長が不思議そうに尋ねた。
「えーと…」部長が口籠る。
「あー…ちょっとした誤解があって、公平くんがC組の足立くんに絡んで…。けどそれは解決したことだから。…でもちょっと心配になって…。
あー、うん。何もないなら安心した」
副部長に向けて簡単に説明してから、部長は公平くんに苦笑のような笑顔を向けた。
「ふーん?」副部長は不思議そうにしていたけれど特に追求はしなかった。
美月ちゃんは鞄から本とヘッドホンを取り出していて、公平くんはそんな美月ちゃんを眺めている。
あまりにも美月ちゃんを見過ぎな公平くんの姿は、文芸部に入ったばかりの頃は戸惑ったし気まずかったし心配もしたけれど、人間慣れるものなのだ。もうすっかりこれを普通のことだと受け止めている。
だけどそれにしても、これを最初から気にもしないで受け止められる美月ちゃんはすごい。
美月ちゃんは本当に不思議な子だ。人にどう思われるか、とかは少しも気にならないみたい。いつも淡々としている。それが少しも冷たく感じられないのは、ちょっと幼い容貌が雰囲気を和らげているからなのかもしれない。
色々無頓着で世話を焼きたくなるところもあるし、だけど品があって気軽には近寄りがたい。
美月ちゃんは私が観察日記を書いたって、間違いなく気にしない。そう思うから、美月ちゃんの部分をメインに編集した部長の判断は間違っていないと思う。
間違ってはいないと思うけれど、それを美月ちゃんが気にしないからといって、私が気にしないかどうかは別問題なのだ。
私も美月ちゃんの半分、いや四分の一でもいいから強い精神力があれば…。
2年生になって美月ちゃんとクラスが分かれてしまったから、部活以外で美月ちゃんと顔を合わせる機会はほとんどない。そして部活では公平くんが美月ちゃんから離れないから、なかなか美月ちゃんと話したりはしなくなってしまった。
美月ちゃんも公平くんも、私がそこで話をしたって少しも気にせずいてくれるけれど、公平くんの顔を視界に入れながら美月ちゃんと話をするには、私の精神力がまだ足りない。どうしても気になってしまうのだ。側から見ている分には気にならないようになったけれど、その只中に入るにはまだ色々足りていない。
美月ちゃんも不思議だけど、公平くんも不思議だ。
副部長によると、公平くんは美月ちゃんがいないところでは、明るくてノリが良くて、コミュ力高く誰にでも気軽に話しかけて社交性が高い…らしい。美月ちゃんと一緒にいる時の公平くんは、美月ちゃん以外が全く目に入らないような感じなので、美月ちゃんと一緒にいるところしか知らない私には、ちょっと想像が難しい。
公平くんに最初に会ったのは、文芸部に見学に来た時だったけれど、その時、私の横には美月ちゃんがいた。
だから私は本当に最初から美月ちゃんがいない公平くんというものを見たことがないのだ。




