イベントの発生時期
「最近教室で昼飯食わないのな」
「え?」
今日も美術部室で昼飯を食べようと立ち上がった時、隣から声を掛けられた。
「彼女でも出来た?」
「は?」
驚いて隣の席を見ると三上くんがニヤニヤと笑っている。
「まさか!そんなわけがないだろ。
部室で食べてるんだよ。…文化祭用の絵を描いているから」
本当は昼に描きに行かないといけないわけじゃないけれど、俺は言い訳のようにそう付け加えた。
「へー…」
納得したのかどうなのか、三上くんは片眉を上げた。
文化祭では是非美術部展を見に来てよと三上くんに声を掛け、俺は教室を後にした。
何で彼女…と複雑な気持ちで廊下を歩く。
森くんの話を聞いて何となく教室の席で昼飯を食べづらくて。だけどそんなのは本当に何となくだ。気にしないで食べることが出来ないわけじゃない。
だから美術部室で食べているのも何となくなのだ。ただ少し前まで絵を描くことに何となく迷っていたのが、ここのところ気分よく描けている。だから何となく描く時間が増えている。何となくだ。
全部何となく。
三上くんも急に俺が教室で昼飯食べなくなったから、きっと何となく彼女とでも食べてるのかって思ったんだろう。彼女なんて何となく出来るものじゃない。
…もしも彼女と昼飯を食べるとしたら。
俺が架空の彼女とのランチタイムを妄想しかけた時、上方から滑るような音と「うわぁ!」という叫び声がした。
続いてバタバタっと大きな音。俺は反射的に階段の上を見上げた。
「あぶなっっ…かっ…た」
階段を降りてこようとしていた男子生徒が女子生徒に制服を掴まれて、片足を踊り場から一段下に置きバランスをとるように足を踏み締めていた。男子生徒はダンボール箱を抱えている。
「足元見えなくて…びっくりした」
「もう…気をつけてよ」
「お前足元見てやれよ」
「分かった」
後ろからもう一人来た男子生徒が女子生徒に声を掛ける。後ろから来た男子生徒も丸めた紙を手に抱えている。書類を抱えた女子生徒も一緒にいるようだ。
3階は1年生の教室だ。
俺はどうやら無事に階段を降りられそうな1年生たちに安堵して、止まっていた足を渡り廊下に向かって動かす。
そうか…。
渡り廊下を進む俺の後ろからは無事に階段を降りてきた1年生たちが歩いてくる。
確か1年生の時にやたらと沢山、図や模型を使った授業があった。彼らはその授業の後片付けをしているのだろう。
つまり、あの小説の場面もそういうことだ。
森くんは俺が安藤さんと日直で一緒になるから荷物運びを一緒にしたんじゃないかって言ってたけれど、2年生になってからああいう沢山の教材を使った授業はしたことがない。だからあれは1年生の話なのだ。
…って、森くんに最初に実話的に話されたからついつい実話っぽく考えてしまうけれど、黒木くんも言っていたようにノンフィクションってわけないよな。
でも。
実話じゃなかったとしても、小説の舞台はうちの高校ではあるだろう。安藤さん自身に起こった話ではなくても彼氏があそこまで言うのだ、安藤さんがモデルなのかもしれない。教室から中庭が見下ろせるように、沢山の教材を片付けるイベント自体は実在するようだ。ただし2年生ではなくて1年生で。
俺とは関係がないけれど、あの小説はうちの学校での物語なんだな。あれ自体が実話ではなくても、この高校を通して繋がっている感触がする。
もしも森くんにまた言いがかりをつけられた時には、あれは1年生の話だろうって言おう。
自分が無関係な証拠を一つ手に入れた気分になった俺は、ただの謎掛けのように思っていた文章を少しだけ身近に感じた。




