沼の気配
図書室で本の返却を終え帰ろうとした俺は、だけどせっかく来たのだから本棚を眺めてみようかと少し迷う。
図書室の扉と本棚に目を彷徨わせていて、扉の手前に積まれている文芸部誌に目が向いた。文芸部誌は先週俺が手に取った時と変わらずにそこにあった。多少冊数が減っているような、全く変わらないような、そんな様子である。
俺が読んだと伝えて、黒木くんが驚いていたのは、やっぱり読む生徒が少ないからだろうか。
まあ俺も文芸部誌の存在を先週まで知らなかったもんな。
そんなことを考えながら積まれた文芸部誌を見ていて、『ご自由にお持ち帰りください。校内資料棚にバックナンバーもあります』と書かれた紙に意識が引かれた。
バックナンバー…
俺は校内資料の棚に足を向けた。
図書室の奥、自習スペースを抜けた先に校内資料の棚はある。学校案内や各部の発行物、文化祭のパンフレットなどが収められている。
校内資料の棚から文芸部誌を探す。
文芸部誌の一番新しいものを手に取った。
『文芸部誌5年度春号』
俺が読んだのは5年度秋号だったはず。その前は夏号じゃないのか?
文芸部誌をいくつか取り出して表紙を確認する。春号の前が冬号、そしてその前が秋号、そして春号。
遡っても夏号は見当たらない。どうやら文芸部誌は年3回の発行物のようだ。
俺は取り出した文芸部誌を元の通りに棚に戻して、5年度春号だけを手元に残した。
その場で目次を確認する。霞日和の名前を見つけた。
俺の口角は知らず上がっていた。
頁を捲る。
タイトルは『火の山』。
『夜の街』は夜が続く街の話だった。『火の山』はおそらく火山の話なのだろう。
そう思ったら、そのストレートなタイトルが俺は少しおかしくなった。
きっと素直な性格なのだろうな。
そんな風に思って、そしてこれを読みたいと思った。
今日はこれを借りていこうと文芸部誌を閉じたところで、俺は押されていた貸出禁止の印に気づいた。
ハッとして校内資料の棚を見上げる。
棚の上部には『校内資料は貸出禁止です。図書室内でお読みください』と書かれていた。
俺は時計に目を遣る。
まだ図書室が閉まるまでにはしばらくある。
俺は自習コーナーの隅に座った。
残りの時間で小説ひとつくらいは読み終えることが出来るだろう。
『火の山』を開く。俺は目の前の文字を追い始める。
それはドラゴンに乗った少女が火山の噴火に遭遇する話だった。
白いドラゴンに乗った少女が空を飛んでいる。森を抜けて、湖を越え、岩場の上を飛んでいる時に、前方に見えていた山から火が噴き出す。
山は暫く火を吹き続け、そしてまた沈黙した。
少女はドラゴンに守られていて無事であったし、ドラゴンも火を直接受けることはなかったため無事であった。しかしまだ山から噴き出した火が岩場に流れてきており、その熱の煽りで上空はとても暑い。
ドラゴンと少女は山から離れるように進路を変えていたけれど、未だ下には流れる火が見える。
ドラゴンの身体は火を映したように赤くなっていた。飛んでいる内に雨が降り出す。
暑さが辛かった少女は雨を喜ぶが、雨は火を鎮めてはくれなかった。雨は止み。茹だるような暑さが残った。
少女とドラゴンは火が流れるよりも高い岩場を見つける。そこで身体を休める。
雨は再び降り出し、止んではまた降った。それが続くうちに流れていた火はなくなり代わりに水が流れている。暑さもようやく落ち着きを見せる。
ドラゴンは赤い鱗を身体を揺すって振り落とす。少女は鱗を拾い集める。少女は鱗のひとつを腰につけた花形の装飾品に嵌める。
少女は方角を確かめてドラゴンと再び飛び立つ。
少女はどこを目指しているんだろう?
俺は『火の山』を急いで読むと文芸部誌を棚に戻した。
時間を確認するアイテムはこの話でも登場した。なんだかよく知るアイテムが登場した気分で、出てきた時に嬉しくなってしまった。
そして『夜の街』では出てこなかった方角を確認するアイテム。思わずクロッキー帳を鞄から取り出したくなったけれど、図書室が閉まるまでゆっくりするほどの時間はない。描きたい気持ちを抑え込んだ。
帰ったらクロッキー帳を開こう。
俺はそう決めて、図書室から出る。
逸る気持ちを堪能しながら、俺は軽やかに暗くなった道を家へと帰った。




