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文芸部長の懇願

「この文章を部誌に載せさせて欲しい」

そう言って文芸部長に見せられた文章に、私は顔を青褪めさせた。

パソコンのモニターに映し出されている文章は、そこにあるはずのないものだった。


「何でこれが…」

言葉に詰まっている私に、部長はそれがここにある理由を教えてくれた。


「文芸部誌の原稿提出用フォルダってファイルを入れると自動的にバックアップされるんだ」

「え?」

文芸部では部誌の原稿は、部のパソコンの指定フォルダにデータで提出することになっている。私も一昨日、秋号の原稿をフォルダに入れた。

ただ、その時にうっかりUSBメモリの中身を全部コピーしてしまったので慌てて原稿ではないこの文章はフォルダから削除したし、ゴミ箱からも削除した。

それなのに…自動バックアップ?


「うん。何年か前の先輩が間違って原稿を削除して集め直すはめになったことがあるらしくって、それから自動バックアップをする設定にしてあるんだって。僕も部長になって初めて知ったんだけど」

部長の説明を聞きながら私の心臓は止まりそうだった。

「彰吾くんが事故で原稿のデータが壊れて出せないって聞いて、まだ提出する前だったようだけど、もしかしたらバックアップに何か残ってないかと念の為見てみた。

そしたら提出用のフォルダにはなかったデータが一つあったから、もしかしたら彰吾くんが途中で保存したものかも?と思って読んでみた。ファイルの作成者を後で確認して彰吾くんのじゃないことに気づいて。それなら彰吾くんの原稿の穴をこの文章で埋めさせてもらえないかと思ったんだ。

削除したわけだし提出するつもりじゃなかったとは思うんだけど、お願い、この原稿を掲載させて欲しい」

私に頭を下げる部長を見ながら、私は言葉を返すことが出来なかった。


この文章は私がクラスメイトを観察して文字で書き綴ったものだ。


高校で文芸部に入るまで小説を書いたことがなかった私は、人の動作や仕草を上手く書くことが出来なかった。何気ない時、人は身体をどう動かしていただろうか。そんなことに悩んでいたから、自然とクラスメイトの動きを観察するようになった。そして観察したものを思い出して文字にした。クラスメイトの内面には興味は向かず、ただ動きを観察して文字に換えた。

誰にも見せるつもりはなかったけれど、それでも観察することに後ろめたさがあったから、個人名は書かずに、公でのただの動作や仕草を書いただけのもの。

だとしても観察されていたと知ったら嫌な気持ちになるかもしれないし、文章にされるのは気持ちが悪いかもしれない。

だからこっそりと誰にも言わずにそれをしてきた。


そんなものをまさか文芸部誌に載せられるはずがない。

「だめ。載せられない」

だから私は我に返ると慌てて断りの言葉を告げた。

「うっ…もちろん全部じゃなくていいんだ。少しだけ、6頁欲しい」

「無理だよ」

「そこをなんとか」

「嫌」

「僕を助けると思って」

「ごめん」

「お願い、無事に部誌を発行したいんだ」

「これは載せられない」

「…っ」

部長は唇を噛み締めると呻くように声を出した。

「僕は無事に部誌を発行して先輩に告白したいんだ。お願い、僕を助けて」

「こ、告白?」

私は突然の単語に驚いて問い返してしまった。

「秋号は僕が初めて一人で編集する部誌だ。春号は橘ぶちょ…先輩が引き継ぎついでだって、手伝ってくれたから…。

だから一人で無事に発行して大丈夫だというところを先輩に見せて、それで告白しようと思って…」

部長は真っ赤になって目を逸らせた。


私はぽかんとした顔で部長を見つめてしまってから慌てて断る。

「だけどこれを人に見せるのは無理だよ。だって嫌だよね、こんな文章書かれているなんて」

部長はモニターに目を向けた。

「…そうか、これ学校での人間観察日記か…」

「…」

「あー…この学校が舞台なのは読んでて分かったし、文章書く練習なんだろうなとは思ったけど、実際に観察したものなのか、頭で考えたものなのかは分からなかった。個人が分からない文章を選べば大丈夫じゃないかな」

「でも本人が読んだら分かるかもしれないし」

「うーん、こう言うのはなんだけど文芸部誌読んでる人なんてそんなにいないよ」

「だけど…」

私は上手く言葉を続けられず、部長は少し考え込むように沈黙した。


「うん。僕は掲載許可がもらえるなら、これをいくつか繋げて小説っぽく仕立てたらどうかと思っていたんだ。だから個人特定される描写がないか確認した上で美月みつきちゃんを書いたところをメインに繋げよう」

「え?」

「少なくとも文芸部員なら文章書く練習と言われたら文句を言ったりしないと思うし、それ以前に美月ちゃんが読むはずないじゃないか。ホラー仕立てにはしないからね」

「それは…確かに」

美月ちゃんはホラーにしか興味がなく、ホラー以外の本を読むことはない。元々フィクションを見ても楽しめたことがなかったそうなのだけど、ある時たまたまホラーを読んで『怖い』と言う感情を揺さぶる体験が病みつきになったらしい。ホラーがちょっと苦手な私にはよく分からない。

「名前は伏せるし、もちろん編集して小説仕立てにするのも出来るだけ僕が頑張る。だから」

お願い!と頼みこまれた私は断り切ることが出来ずに部長の頼みを受け入れてしまった。



だから足立くんに迷惑を掛けてしまった本当の原因は私なのだ。

それなのに部長に一人で謝らせてしまったことを私はとても申し訳なく感じていた。


「そう言えば…」

あの日の回想から意識を戻した私に、部長が躊躇いながら口を開いた。

「足立くんに…霞日和かすみひよりのことを聞かれた」

「え?」

「どういう人なのかって」

「なんで…」

私は掠れた声を出した。

「部誌を読んでくれたらしいから、たぶん霞日和の小説を気に入った…んだと思う。気づけるわけないと思うし…」

「…」

私は考えることが出来なくて、言葉を返すことが出来なかった。


足立くんは大丈夫だよ、いい人だよ、怒ったりしていないよ、たまたま気に入ってくれたんだよ、部長はたくさんの言葉を私に掛けてくれたけれど、動きの止まった私の頭には入ってくることがなかった。


ただ私にとって『知らない誰か』だった足立くんが急に輪郭を持った。

『知らない誰か』は私のことに気づいてはいなかったけれど、私の知らない『足立くん』は私の方を見ている気がした。

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