土曜日の過ごし方
土曜の朝はゆっくりと寝ていても構わないのに、何故だか早く起きてしまった。
平日は起きなくてはならなくても眠くて仕方がないというのに不思議なものだ。
まあ目が覚めたのならば、起きてのんびりと過ごすだけだ。
朝食を終えてしばらくぼんやりとしていた俺は、昨日図書室で借りた本のことを思い出した。
あれを読むか。
机の上に置いておいた本をぱらぱらと捲る。
本には多くのイラストが入っていて、俺はイラストの服の形や模様を見ながら、気になる箇所の解説に目を走らせる。
俺の描く絵は西洋風なものが多く、何か新しい題材をと考えた時に中東地域が思い浮かんだ。そこで中東の色々なデザインを探して見るようにしている。
色々なデザインを見るのは楽しいけれど、そこから自分が描きたいものを見出すところまでは辿り着けていない。
デザインだけではなく、その歴史や背景を調べれば、何か見つけられないだろうかと思ったけれど、なかなか思ったようにはいかない。
クロッキー帳を開いて、模様をスケッチしたり、アレンジしたり、思いつくままに描き連ねる。
何か違うんだよなあ。
どうにも描きたい方向を見つけることが出来ずにペンを走らせているうち、腹が減ってくる。
そろそろ昼飯の時間だ。
本とクロッキー帳を閉じて、成果の無さに溜息を吐く。
机の端に本とクロッキー帳を置いて立ち上がろうとした時、置き去りにしていた文芸部誌に目が止まった。
…せっかくだから読んでみるか。
同じ高校生が書くものとはどういうものなのかという興味が俺に湧いた。
昨日読んだあの『ある日のこと』は、絵で言うならスケッチのような話だった。
俺が描く絵のようなファンタジーの話もあるだろうか。
少し前まで存在すら知らなかった文芸部誌は、昨日少し読んではみたものの、どんな内容なのか全体像はまだよく分からない。何か面白いものがあったらいいな。
そんな風に考えて、俺は腹を満たすことにした。
文芸部誌はほとんどが小説であった。
昨日読んだ森くんの体験記や目次で見た書評を除いて、半分を過ぎても小説が続いていた。
当初は小説だけだろうと思っていたのだから、体験記や書評が載っていたのが予想外だったことになるけれど、タイトルを見て観察日記なのかと思った『うちの猫の観察日記』は飼い猫から見た飼い主という筋の小説だった。
ファンタジーもここまでで二つあったし、あまり読まないジャンルの小説を読むのも新鮮な気持ちにもなる。あまり楽しめない小説もあるけれど、同年代が書いたのかと思うと興味深い。
冊子も残りの頁の方が少なくなってきた。
普段読むような本や雑誌などは一貫性がどこかにあるものだけど、この文芸部誌には一貫性などなく、全く知らない名前の作者がどんな話を書いているのか予想も出来ず、読むのを楽しむというよりも、何が出てくるのかを楽しむ心地で俺は頁を捲っていた。
新しく開いた頁の話は、どうやら三つ目の登場となるファンタジーのようだ。
少女を乗せたドラゴンが空を飛んでいる。
少女は空の上でなかなか夜が明けないことを不思議に思っていた。そして時間を確かめようと思ったのだろう。腕に付けた円形の板に指を触れる。するとその板は水面が揺らぐように波紋が広がり、板の周囲に光が現れる。光は集まるとオレンジ色の光となり板の上へと動いていく。
板の上に現れた光の位置で、少女は今が昼間であると判断する。
「へえ、面白いなこれ、腕時計的なアイテムか」
俺はクロッキー帳を開いた。
腕に付けた丸い板。指から起こる波紋。小さな湖を腕に付けているみたいだ。
湖の端から現れる光。オレンジの光が湖の上へ昇る。
「日の出みたいだな」
この光が太陽なら、日時計みたいに影で時間が分かっても面白いかも。
影を作り出すための棒を描いてみたり、球を増やしてみたり、いくつか描き散らしてから物語へ戻る。
少女は街の外れでドラゴンから降りて街を散策する。そこは夜が続く街だった。
夜が続くのは1ヶ月ほど、それが終わると半年後には昼が続く1ヶ月を過ごすという街。
少女はドラゴンの元に戻る。街の明かりが減っていく。太陽が昇らなくても人が起きれば明かりは増えて、眠れば明かりが減る。暗くなった街を見ながら少女はまた腕の円盤に触れる。今度は青い光が現れる。街には明かりはなく、空には星が瞬く。太陽がなくても朝と夜はあるのだと少女は感じる。
「青い光か。月かな」
俺はクロッキー帳にまた描き始める。
月なら満ち欠けするだろうか。だけど腕に付けた円盤よりも更に小さな光が欠けたら見えなくなってしまわないか。それにそれでは新月の時は光がなくなってしまう。
「あ、だったら湖に映る月の影なら」
光が腕の上の水面に影を映す。影はまるで水に映る月のように満ち欠けする。
これなら日にちの変化も分かるじゃないか?あ、月の影ができる場所で時間も表現出来るかも。
思いつく毎に線を増やしたり消したりしながら、腕時計に比べたらとても便利とは言えないアイテムを描いていく。
便利にしようとするとどうしても腕時計に近づいてしまうけれど、それじゃあ面白くない。それほど便利じゃないかも知れないけれど、ないよりは役に立つという線で考えるのはちょっと楽しい。
少女が街を訪れてから数日後、街に太陽が昇る日がやってくる。
太陽が昇っていく街の外れで少女は真っ黒いドラゴンを見上げる。夜の闇には紛れていたドラゴンは朝日の中では隠しようもない存在感を放っている。ドラゴンが身体を揺らす。揺すられたドラゴンから黒い鱗が落ちてくる。ドラゴンが夜の闇を映しとった鱗を落とすと後に現れたのは白い鱗のドラゴン。
少女は落ちた鱗を拾う。鱗の一つを少女は腰に付けた花形の装飾品に嵌め込む。残りの鱗を袋に入れると少女はドラゴンに乗って再び飛び立っていく。
見つかりにくいように鱗の色が変わるのかな。カメレオンみたいだ。
夜が明けたから色を落として、元の色は白ということなのかな。ファンタジーだけど冒険という感じではなくて、だけど色のついた鱗をコレクションしているみたいだ。
これはちょっと面白い。
ドラゴンの鱗を嵌める装飾品。しかも腰に付けている。
クロッキー帳に花の形の装飾品をいくつも描いていく。ちょっとだけ中東っぽいデザインになってしまっているのは午前中に見た本の影響かもしれない。
そういえば、と思って小説の最初の頁へ戻る。
その小説のタイトルは『夜の街』 作者は『霞日和』と書かれていた。
『かすみびより』?『かすみ ひより』かな?女子っぽい?男なら戦う話になりそうな気がする。
日和という名前の響きも女子っぽい。だけど男子じゃないとは言い切れないかな。
ちょっと俺が描いたのを見せて話してみたいな。
俺はもう一度最初から小説を読み始めた。今度は街の様子をクロッキー帳に描いていく。
思いつくままにペンを走らせて文字を追うのは、とても楽しかった。




