作者の名前
無心で『空を飛ぶ城』を描き込み続けているうちに下校時間を迎えた。
もっと違う何かを描きたいという焦燥感に似た想いがあったとしても、それが見つからないのであれば、目の前の絵を仕上げることが一番大切なことだろう。
それに絵が仕上がっていく様は、ただそれだけでとても楽しいことだ。
絵は部室で描いているので、家にいるときはゲームをしているか、本を読んでいることが多い。
食事を終えて部屋に戻った俺は、鞄から本を取り出した。
図書室から借りた中東の文化と衣装の本と文芸部誌だ。
高校に入って2年も半ばなのに、文芸部誌というものがあることを俺は今まで知らなかった。
図書室には何度も行っている。きっと文芸部誌は今までも扉の横の机に置いてあったのだろう。それなのに一度もそれを意識したことがなかった。
きっと美術部だって同じように意識されていないんだろうな。
少しだけ文芸部に同族意識を持って、文芸部誌を開く。
目次から目当ての小説を探そうとして、俺はタイトルを知らないことに気付いた。
「あー…」
確か後ろ寄りの頁だったな、と頁を繰ろうとして「え?」と目次に目を戻した。
『森公平』
「…!」
森くん!?文芸部だったの!?
びっくりしてしばらく名前を凝視する。
もしかして他にも知ってる名前が?と目次の他の名前に目を走らせる。
しかし他に知っている名前は見つからず…というか、おそらくはペンネームなんだろうなと気づく。
だとしたら『森公平』もペンネーム?…というには、あまりにも普通の名前に思える。
まあ、いずれにしても流石にあの森くんと、この『森公平』が別人ということはないだろう。
そうか、森くん文芸部だったのか…。
…ああ、だから文芸部誌を持っていたんだ。
森くん…本とか読まなそうに見えたんだけど。意外。
どんなものを書くんだろうとタイトルを見る。
『恐怖の廃病院体験記』
「はっ!?」
恐怖の廃病院ってドリームパークにあるお化け屋敷だよな?その体験記?
目次にある他のタイトルにも目を走らせると『うちの猫の観察日記』とか『書評:何かがやってくる』という小説ではなさそうなものもあるようだ。
そうか、小説だけ載ってるわけじゃないんだな…。
恐怖の廃病院体験記か…。
頁を捲って体験記を読んでみる。
「…」
お化け屋敷はあまり好きな方ではないせいか、どうも目が文字を滑る。
途中まで何となく目を通したけれど、「なるほど」とそのまま頁を通り過ぎて捲る。
捲りながら見覚えがある文章を探しているとすぐに目当ての小説に辿り着いた。
「これだ」
タイトルは『ある日のこと』。
俺は昨日初めて見せられた小説を改めて読み始めた。
**
「うーん…」
全体を通して改めて読んでみても昨日の印象から大きく変わることはなかった。
舞台は確かにうちの高校のようだ。まあうちの学校の生徒が高校を舞台に話を書こうと思ったら自然とそうなってもおかしくない。
そして男女が出てくるけれど、恋愛ものというよりは日常の一コマっぽく感じる。もしかしたらこの男子はこの女子が好きなのかもしれないな、くらいの距離感。
大きな出来事もなく、さらっとしすぎていて面白くはないけれど、読みにくいということもない。まあ高校生が書くものだし、こんなものなのかもしれない。
昨日は『俺』が教室の窓から中庭を見ているという目線で読んでいたから、その距離でこんなにはっきり見えるのか?と感じてしまったけれど、作者はその描写を教室からの目線の体で書いたわけではないのかもしれない。
改めて読んでは見たけれど「やっぱり俺関係ないな」くらいの感想しか持てなかった。
「あっ…そうだ」
それで、これは作者は誰なんだ?
頁を小説の最初まで戻す。タイトルの下を見るも作者の名前は見つけれられない。
「あれ?」
首を捻って目次まで戻る。
目次の中から『ある日のこと』を探す。しかしその下にも作者の名前はない。
他のタイトルの下には作者の名前がある中で、『ある日のこと』の下だけは空欄になっている。
目次の次の頁を捲る。そこにある最初の作品の冒頭にはタイトルが、そして次に作者名がある。頁を捲って先を進んでもタイトルの次には作者名がある。
『ある日のこと』だけ作者の名前がない。
記入漏れ?なんてことがあるか?
「あ…」
そうか。だから森くんは文芸部なのに誰が書いたかを知らなかったのか。
そうだよな。森くんは文芸部員なんだ。
それなのに誰が書いたのか知らなかったんだ。
文芸部員に聞けば何か分かるだろうと思っていたけれど、文芸部員でも分からないのか。
「…」
だけど文芸部誌に載っている以上、誰かは何かを知っているはずだ。
でもなー。
文芸部員の森くんでも知らないのに、文芸部員でもない俺が知ることが出来る気がしない。
「はぁ…」
俺は溜息を吐くと文芸部誌を閉じた。
意味不明だったことを解明しようとして不明が増えてる感じだ。
とっかかりもあるんだか、ないんだか。
「まあ、あとは来週安藤さんに聞いてみるくらいか…」
今日はもう、風呂入って、ゲームでもしよう。
俺は立ち上がると部屋のドアを開けた。




