第5話 「俺の甲斐性が無いばっかりに……!」
昨日を使い全部の家を訪ねた稲豊だが、返事は全てNO。
想像以上に非人街の住民は生活にゆとりがないらしく、その日の食事にも困るほどの食糧不足。というのは、声をかけた際に稲豊が聞いた住民の悲鳴である。
「ここじゃ無理……かもな」
この場所に止まり木を見つけるのは断念するしかない。
わずかでも可能性があるなら……と、今日は城下町の店に狙いを定める稲豊。
しかしその結果は、さらに散々なものであった。
【宿屋】
「泊めてくれ。金ならここで働いて返す」
「部屋が臭くなるから断る」
一蹴。
【飲食店】
「ここで雇ってくれ。賄い付きで」
「店内が汚くなるから断る」
辛辣。
【仕立屋】
「手先は器用な方だと勝手に思ってます。雇って下さい」
「や~よ。あんたなんかが生地を触ったら、臭くて汚くなるじゃない」
絶望。
「もう無理。心が根こそぎ折れた」
そして戻ってきた非人街の小川。
昨日と同じ位置へ倒れこみ、稲豊は絶望の表情で弱音を吐き出す。
声をかけた店は全て魔物が営業していたが、ここまで酷く断られるとは、稲豊も想像してはいなかった。
人間だから駄目なのか? 自分だから駄目なのか?
後者だったら、稲豊はもう立ち直れないと思った。
「僕ね? 疲れたよ……なんだかとっても眠いんだ……」
やけくそになった稲豊は「もう眠ってしまおう」と目を閉じる。
実際に彼の身体は疲れ切っていた。昨日今日と、ろくに食事を取っていない。空腹を紛らわすためにも、眠ってしまいたかった。
疲弊した稲豊の意識はゆっくりと沈んでいく。
意識が途切れる間際に、稲豊は誰かの近づく影を見る。
しかしそれを確認するよりも先に、その意識は闇へと沈んでいった。
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「…………んん………………ん?」
ぼんやりと景色が色を取り戻していく。
そこで稲豊は自分が眠っていた事実を知り、その不用心さを反省する。
倦怠感や脱力感に襲われたとはいえ、普段の稲豊なら絶対に取らない行動である。身体がやたらと重く、熟睡したにもかかわらず、疲れがほとんど取れていない。
「このままじゃダメだ!」
気合を入れた稲豊は、小川で顔を洗い喉を潤す。
さっぱりとしたところで、稲豊は意識が消える直前の人影について思い出した。
「そういやさっき、誰か近づいて来てたような…………あ!?」
振り返った稲豊は、石の上に置かれた芋の存在に気がついた。
昨日、食べた芋と同じ芋だ。
「いただきます」
手を合わせた稲豊は、まだ顔も良く知らない少女に感謝しつつ、芋もどきに齧りつく。相変わらず美味しくはないが、それはどこか温かい味を感じさせる。
そうして少しだけ腹を満たした稲豊は、今日もまたひもじさに震えながら、廃屋で夜を過ごすのだった。
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翌日――――――
身体のだるさは、日増しに強くなっていく。
いつもの小川で顔を洗ったあと、稲豊はいつもの場所に腰を落ち着けた。
「今日は……どうしようかな。ってか、どうすれば良い?」
働かせてさえ貰えれば、頑張れる自信が稲豊にはあった。
しかし、採用条件が厳しすぎる。城下町では『人間ではないこと』が雇用条件なのだから、稲豊には手も足も出せない。
「いっそ城にでも行って…………」
途中まで言葉にしたあまりにも荒唐無稽な思いつきを、稲豊は鼻で笑って却下する。得体の知れない人間を雇って貰えるわけがない。門番に止められ、そもそも城に辿り着くことすら不可能だろう。
非人街の住民らには余裕がなく、城下町では検討すらされない。
まさに八方塞がりである。
「くそっ! 詰んでんじゃねぇか!!」
脱力感から大の字に倒れる稲豊。
目が覚めたばかりだというのに、ずっと頭がぼんやりとしていた。
大きな蛞蝓が全身を這いずるような、異常な気怠さが全身に纏わりついている。空腹には違いないが、それにしても異常な倦怠感だった。
「どうなってんだよ……? 俺の身体にいったい…………なにが起きたってんだ」
言葉を口にするだけで、体力が失われる感覚。
空が歪み、雲が踊りだす。そこでテレビの電源を落とすかのように、ブツリと稲豊の視界は消失した。
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稲豊は悪夢を見た。
彼が思い出したくもない、あの日の夢だ。
怒鳴り声に、誰かの苦悶の声。
嘔吐感。
サイレンの音。
肩への痛み。
そして――――――
誰かが体を強く揺さぶる振動で、稲豊の意識は覚醒する。
薄く目を開けた稲豊は、呆けた声を漏らした。
「…………あ……」
眩い光が飛び込み、網膜が焼かれる。
その太陽の高さから、いまが昼頃であることを稲豊は理解した。
いまだ光に慣れない目を右手で擦りながら、身体を起こす。
その際に稲豊は、自身が大量の汗をかいていることに気がついた。
どんな夢を見ていたのか稲豊は覚えていなかったが、それが良い夢でないことだけは覚えている。
「――――――ん」
声とも言えない音が耳に届く。
そのとき初めて稲豊は、自分のとなりに少女が座っていたことを知った。
「ああ、君か。もしかして俺……寝てた?」
「――――――ん」
頷く少女。
伸びた前髪のせいで、相変わらずその表情はよく見えない。
「起こしてくれて助かったよ。なんか嫌な夢を見ていた気がする」
「――――――ん」
少女は再び頷いた。
そして前のときのように、芋もどきを持った右手を差し出した。
「また持ってきてくれたのか。ここ、あんまり景気良くないんだろ? 俺のことはあんまり気にするなよ。でも、ありがとな」
動かすのも辛い右手を持ち上げ、稲豊は弱い笑みを浮かべる。
そして力を振り絞って、少女の頭を撫でた。そのとき口元が少し綻んだように見えたのは、気のせいではない。
小さな頭から手を離すと、少女はまた「ん」と右手を差し出す。
あっさりと白旗を降った稲豊は、少女の気持ちのこもった芋もどきを受けとった。
「悪いな、俺が甲斐性無しなばっかりに……! ぃよし! いつか必ず、俺がコレよりもっと美味いのを食わしてやるぜ!!」
少女に対する申し訳のなさから、稲豊は己に誓いを立てた。
大きな目標を持った稲豊の瞳は力を取り戻し、その表情も幾分か良いものへと変わる。そんな姿を満足そうに眺めた少女は、いつものように駆け出した。
しかしこの日は、いままでと違った――――――
「あ」
小さな声を出し、少女の体がぐらりと揺れる。
「お、おいッ!?」
稲豊の叫びも虚しく、少女は音もなく地面に倒れ込む。
そしてそのまま、動かなくなった。




