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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第一章 魔王との出逢い
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第5話   「タルトォ!! 止めて下さい。通報しないで下さい」


 

 昨日を使い全部の家を訪ねた稲豊だが、返事は全てNO。

 想像以上に非人街(ここ)の住民は生活にゆとりがないらしく、その日の食事にも困る程の食糧不足。というのは、声をかける際に稲豊が聞いた住民の悲鳴である。


「ここじゃ無理……か」


 この場所に止まり木を見つけるのは断念する他無い。

 わずかでも可能性があるなら……と、今日は城下町の店に狙いを定める稲豊。


 しかしその結果は、さらに散々なものであった。




【宿】


「泊めてくれ。金ならここで働いて返す」


「部屋が臭くなるから断る」



 一蹴。




【飲食店】


「ここで雇ってくれ。賄い付きで」


「店内が汚くなるから断る」


「……賄いは問題無いのか」



 辛辣。




【仕立屋】


「手先は器用な方だと勝手に思ってます。雇って下さい」


「や~よ。あんたなんかが生地を触ったら、臭くて汚くなるじゃない」



 絶望。






「もう無理。心が根こそぎ折れた」


 そして戻ってきた非人街の小川。

 昨日と同じ位置へ倒れこみ、稲豊は絶望の表情で弱音を吐き出す。


 声をかけた店は全て人外が営業していたが、ここまで酷く断られるとは、稲豊も想像してはいなかった。

 

 人間だから駄目なのか? 自分だから駄目なのか?

 後者だったら、もう稲豊は立ち直れない。


「僕ね? 疲れたよ……なんだかとっても眠いんだ……」


 やけくそになった稲豊は「もう眠ってしまおう」と目を閉じる。

 実際に彼の身体は疲れ切っていた。昨日今日と、ろくに食事を取っていない。空腹を紛らわすためにも眠ってしまいたかったのだ。


 疲弊した少年の意識はゆっくりと沈んでいく。

 意識が途切れる間際に、稲豊は誰かの近づく影を見る。

 しかしそれを確認するよりも先に、彼の意識は闇へと沈んでいった。



「…………んん………………ん?……」


 ぼんやりと景色が色を取り戻していく。

 そこで稲豊は自分が眠っていた事実に気付き、その不用心さを反省する。


 倦怠感や脱力感に襲われたとはいえ、普段の稲豊なら絶対に取らない行動である。身体がやたらと重く、熟睡したにも拘わらず、疲れがほとんど取れてはいない。

 

「このままじゃダメだ!」


 気合を入れた稲豊は、小川で顔を洗い喉を潤す。


 さっぱりとしたところで、稲豊は意識が消える直前の人影について思い出す。

 ごく自然に、影のいたであろう場所に目を走らせた稲豊は、軽い声を出した。


「あ」


 そこにあったのは人影などではなく、昨日見た芋。

 平たい石の上へ一つ、無造作に置かれていた。


「いただきます」


 手を合わせた稲豊は、まだ顔も良く知らない少女に感謝し、芋もどきを頬張る。相変わらず美味くはないが、それはどこか温かい味を稲豊に感じさせた。


 ラッキーなイベントに遭遇した稲豊だが、何の収穫を得られぬまま次の日を迎えることとなる。




 ――――翌日。


 稲豊を襲う身体のだるさは、日を追うごとに強くなっていった。

 いつもの小川で顔を洗ったあと、稲豊はいつもの場所に腰を落ち着ける。


「今日は……どうしようかな? ってか、どうすれば良い?」


 働かせてさえ貰えれば、頑張れる自信が稲豊にはあった。

 しかし、採用条件が厳しすぎる。城下町では『人外であること』が雇用条件なのだから、人間である彼には手も足も出せない。


「いっそ城にでも行って――――」


 途中まで言葉にしたあまりにも馬鹿な思い付きを、稲豊は(かぶり)を振りながら却下する。得体の知れない人間を雇って貰える訳がない。門番に塞がれ、そもそも城に辿り着くことすら不可能である。


 非人街の住民らには余裕がなく、城下町では検討すらされない。

 まさに八方塞がりである。


「くそっ!」


 脱力感から大の字に倒れる稲豊。

 目が覚めたばかりだというのに、(いた)く頭がぼんやりとしている。

 大きな蛞蝓(なめくじ)が全身を這いずるような、異常な気怠さが稲豊を襲い、脳の機能の大部分を奪われる。明らかにおかしいその異変が、疲れなどではないことに稲豊は今頃になって気が付いた。

 

「何なんだよ……? 俺の身体に……何が起きてんだよ……?」


 言葉を出すことすら体力が削られる。

 空が歪み、雲が踊りだす。

 そこでテレビの電源を落とすかのように、ブツリと稲豊の視界は暗闇に覆われた。


 

:::::::::::::::::::::::::::



 稲豊は夢を見た。


 彼が思い出したくもない、あの時の夢だ。

 

 怒鳴り声に、誰かの苦悶の声。


 嘔吐感。


 サイレンの音。


 肩への痛み。



 そして――――



 

 誰かが体を強く揺さぶる振動で、稲豊の意識は覚醒を迎える。

 薄く目を開けた彼は、呆けた声を漏らした。


「…………あ……」


 眩い光が飛び込み網膜が焼かれる。

 その太陽の高さから、今が昼頃であることを稲豊は咄嗟に理解した。

 

 いまだ光に慣れない目を右手で擦りながら、稲豊は身体を起こす。

 その際に、彼は自身が(おびただ)しい汗をかいている事実に気が付く。

 どんな夢を見ていたのか稲豊は覚えていなかったが、それが良い夢でないことだけは感じていた。



「――――ん」


 声とも言えない音が稲豊の耳に届く。

 そのとき初めて彼は、自分の隣に少女が座っていたことを知った。


「ああ、君か。もしかして俺……寝てた?」


「――――ん」


 頷く少女。

 伸びた前髪のせいで、相変わらずその表情は、稲豊には良く分からない。


「起こしてくれて助かったよ。なんか嫌な夢を見ていた気がする」


「――――ん」


 少女は再びの頷きを見せる。

 そして、前のときのように、芋もどきを持った右手を差し出した。


「また持ってきてくれたのか? ここはあんまり景気良くないんだろ? 俺の事はあんまり気にするなよ。でも、ありがとな」


 動かすのも辛い右手を持ち上げ、稲豊は弱い笑みを浮かべ、少女の頭を撫でる。

 少女の口元が少し綻んだように見えたのは、彼の気のせいではないだろう。


 稲豊が小さな頭から手を離すと、少女はまた「ん」と右手を差し出す。

 あっさりと白旗を降った少年は、気持ちと共に芋もどきを受けとった。


「悪いな、俺が甲斐性無しなばっかりに……! ぃよし! いつか必ず、俺がコレよりもっと美味いのを食わしてやるぜ!!」

 

 少女に対する申し訳の無さから、稲豊は誓いを立てて自らを鼓舞する。

 大きな目標を持った少年の瞳は力を取り戻し、その表情も幾分か良いものへと変わる。


 そんな少年の姿を満足そうに眺めた少女は、いつものように走り去る。

 




 しかしそのとき――――



 小さな身体は音もなく地面に倒れ込んだ。

 そして、倒れた姿勢のまま、全く微動だにしない。


「…………は? お、おいっ!?」


 稲豊が駆け寄り抱き上げた少女は、苦しげな吐息を断続的に漏らす。

 額に手を当てるが熱は出ていない。その代わりに、汗が次々とその玉のような肌へと浮かんだ。顔色は見る見るうちに悪くなり、医師でない稲豊でも、症状が軽くないことが容易に想像できた。


 稲豊は考えるよりも先に、少女の痩せた体を抱きかかえる。

 倦怠感など一度に忘れ、次の瞬間には全速力で駆け出していた。

 

「医者! 誰か! 医者を呼んでくれ!!!!」


 非人街の中央の広場で、稲豊は出せる限りの大声を張り上げる。

 その異様に、住民の何人かが「何事か?」と、近寄って来るのだが、少女の状態を見ると、皆が一様に顔を伏せた。


「……この街に医者なんていねぇ」


「はぁ!? じゃあ……治癒魔法使える奴とかいないのか! 魔物でも構わねぇ!! 絶対に連れてくるから!!」


「無駄だよ。俺達を相手に……そんな手間かけてくれる奴なんているもんか」


「だからってこのまま見過ごせるかよ! 少しでも可能性が!! 残っているなら!!」


 治癒魔法をかけてくれたあの女性がまだ城下町にいるかもしれない。

 どこの誰かも分からず、どこにいるのかも不明だが……可能性はゼロじゃない。


 そんな稲豊の(わら)にも(すが)るわずかな希望は、住民の次の言葉で打ち砕かれる。


「もうそんな猶予は無い……それに治癒魔法じゃ治らねぇんだ」


「そん……な……」


 そこから先は言葉にならない。


 優しい少女である。

 稲豊が街を奔走(ほんそう)し、それでも成果が出ていないのを察していた少女は、見るに見かねてわずかな食料を提供したのだ。空腹を見て見ぬふりしてまで、稲豊へ芋を持ってきたのだ。稲豊はそれを“優しい子だった”、なんて過去形には絶対にしたくなかった。


 だが、現実が非情を押し付けてくる。

 どうしようも無いことはこの世に腐るほどあった。


『この少女の生命も、その一つに過ぎないのだろうか?』


 稲豊の浮かべる憎々しげな表情は、残酷な世界へ向けたものなのか?

 何もできない自身へ向けたものなのか? それは稲豊自身にだって分からない。



「キセラの子か……。ついて来なさい。せめて最後は、母親の前がいい……」


 髭の初老の男が瞳に悲しみの色を宿し、絶望する稲豊の肩に左手を置く。

 親はいまだ帰らぬ子供を待っている。稲豊は緩慢(かんまん)に頷いたのち、初老の男の案内に従う。男の息子も付き添いを申し出たが、今の稲豊にはどうでもよかった。



:::::::::::::::::::::::::::



 母親の第一声は、「タルト」という少女の名前。

 次は嗚咽(おえつ)と、神のあまりの仕打ちに対する非難、そして祈り。

 泣き崩れる母親を、付き添いの男が介抱した。


 稲豊はというと、少女をベッドの上に寝かせたあとで、もうすぐ母だけになる母娘を悲痛な面持ちで眺めていた。


「……この子が初めてではない」


 初老の男が稲豊へ声をかける。

 沈痛な面持ちの少年は、その言葉に反応し顔を上げた。


「見ての通り貧しい場所だ。街などと聞こえは良いが……立場も弱く、力もない人間が身を寄せ合って生きる小さな集落だ。ここでは食材の質も、量も満たす事が叶わん。故に出て来るのがこの子の様な病気だ」


 遠い目をし、街の現状を余所者に語る髭の男、その男が漏らす少女の状態。

 稲豊は鸚鵡オウムのように聞き返した。



「病気?」


「病気と言って良いのか分からんがな、『栄養不足』だ。この街では別段珍しい状態ではない」



 その言葉が稲豊の耳介に到達した瞬間。

 恐ろしく愚かで、優しい『真実』が稲豊に突き付けられる。



「――――俺のせいだ」



 その言葉は慟哭する母親の声で掻き消されたが、声を発した張本人にはハッキリと聞き取れた。

 その意図せず零した声は、彼の心からの声に相違ない。


 余った食べ物を持ってきていた訳でなく……“少女は自らの食料を”稲豊に差し出していたのだ。


 理由は『少女が優しかった』、ただそれだけである。

 タルトは自分の事よりも、稲豊の空腹を優先させたのだ。恐らく母親には上手く誤魔化し、その目を盗んで届けていたに違いない。少女の行き過ぎた優しさは、その身を犠牲にしたものであった。



「……くっ!!」



 血が出るのでは無いかと思うほど力強く握りしめた拳。そんな稲豊の頬を涙が伝う。


 悔しい。自分さえ居なければ少女が死ぬことは無かった。


 嬉しい。他人にここまで尽くして貰った事など生まれて初めてだった……。


 悲しい。そんな優しい行動が彼女の命を奪うのだ。



 少女に縋り付き。声にはならない泣き声を上げる母の後ろから、稲豊は少女の顔を覗き込む。

 稲豊の知ってる栄養失調とは違い。骨や皮だけになるという事もなく。顔色の悪さや、その苦しげな表情を無視すれば普段と何ら変わらない。元の世界の医者が見れば首を捻るだろうが、ここは異世界。元の世界の常識にどれだけ価値があるというのだろう。



「……ぃ……ぶ………」



 耳を澄ますと、微かに少女の譫言うわごとが稲豊の耳に届く。

 顔は血の気が引き、呼吸も今では弱々しい。少女の命の灯火が消えかかっているのは、素人目にも明らかだ。


 そしてその時間は――――もう目の前に迫っている。



「――最後に」



 先程まで泣いていた母親がふいに頭を上げる。母は涙も出なくなった赤い瞳を隠そうともせず、中空をぼんやりと見つめながら、唐突に悲痛な声を絞り出した。



「最後に美味しい物を……食べさせてあげたかったっ!」



 そして視線を娘に戻し、その頬を痩せた右手で優しく撫でる。

 その言葉を聞き男二人は目を伏せ、何も出来ない自らを呪っていた。



 しかし、そんな押し潰されそうな空気の中で、稲豊一人だけは前を向く。

 つい今仕方の母親の言葉で思い出したのだ、倒れる前の少女とした約束を――――


 『次は美味い物を食わせてやる』確かに稲豊は少女と約束した。

 自分の作った料理を食べさせる――と稲豊はあの時。他の誰でもない、自分自身に誓約を課したのだ。

 それを破ることは、誠実さへの冒涜に他ならない。


 自分には出来ることがまだあった。

 それは気休めにもならない只のエゴで、何に解決をもたらさないはずなのだが、稲豊はそんな事を考えもせずに母娘の家を飛び出した。

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