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メシマズ異世界の食糧改革~神の舌を持つ俺は、魔王の姫に拾われる~  作者: 空亡
第一章 魔王との出逢い

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第3話   「俺のじしんさくぅぅぅ!!!!」


 衝突のあまりの勢いから、稲豊の体は数秒間も空中を舞った。

 突然の出来事に受け身すら許してもらえず、体は石畳の上に無常にも叩きつけられる。


「ぐはぁ!!!!」


 一瞬、息が止まり、肺が必死に酸素の取り込みを開始する。

 処理が追いつかない脳の影響で、すぐに立ち上がることができない。


 天を仰ぐように大の字に倒れた稲豊。

 そんな稲豊の視界に、ふいに見知らぬ顔が入り込んだ。


「す、すまない、急いでいたのだ。許せ少年」


 妙齢の女性、それもかなりの美形である。

 研ぎ澄まされた輝きを放つ切れ長の眼、その瞳は美しい黄金色をしている。鼻筋も高く、頬から口元にかけての曲線が悩ましい。


 ふだんの凛々しさも想像に難しくないその顔が、いまは眉をへの字に変え、困惑した表情となっている。


「いっ!」


 女性の手を借りてなんとか立ち上がった稲豊は、苦痛に顔を歪め腰を押さえた。打ち所が悪かった腰は、時間が少し経ったいまでも、断続的な痛みを稲豊へと送っていた。


 苦しげな表情に気づいた女性は、慌てた様子で稲豊の背中側にするりと周り、痛む腰へと右手を添える。


「本当にすまなかったな。少しジッとしていてくれ、治療する」


 男勝りな口調だが、声や仕草からは仄かに優しさが感じられた。

 そんな女性が小声でなにかを詠唱した途端、腰に当てていた右手から真珠色の淡い光が球状に広がる。


 そしてものの十秒も経たないうちに、稲豊の痛覚神経にあれほど訴えていたはずの腰の痛みは、嘘のように引いていった。


「治癒の……魔法?」


 稲豊の口から、自然に言葉が飛び出した。

 ファンタジーではお決まりとなった魔法だが、実際に体験するとその感動はひとしおである。 


 この世界に魔法があると知ったのも、感動を大きくするのに一役買っていた。女性は擦り剥いた左肩も目ざとく見つけ出し、そこにも触れて治癒魔法を展開する。


「どうだ? 他に痛む箇所はないだろうか?」


 両手で稲豊の服を軽くはたきながら、女性は優しく声をかける。


「い、いえいえ! 平気ッス! もうまったく痛みはありません」


「そうか、ならば良かった」


 稲豊の正面に立った女性は、安堵の吐息を漏らすと同時に、強張っていた表情を緩めた。そして改めて女性の全身が視界に収まった稲豊は、『やはり凄い!』と心の中で万歳三唱をする。


 軽鎧を着ているにもかかわらず、自己主張の激しい豊満な胸。

 スカートの両脇のスリットからは、肉付きの良い長い足と、健康的な肌が惜しみなく覗いている。


 視線を上へとスライドさせると、稲豊より拳ふたつ分は高所にある彼女の頭から、ぴょこんと生える犬の耳。それは時おり音を探すように向きを変え、愛くるしさを撒き散らしていた。


『……触ってみたい』


 そんな衝動に駆られた稲豊だったが、それは何とか抑え込んだ。

 ここで相手の機嫌を損ねて、折角の質問の機会を奪われてはかなわない。


 稲豊は一縷の望みを、女性への質問に託した。


「あのスミマセン。この辺で、宿ってありますか? 俺ちょっとその、宿泊できる場所を探している最中で……」


「魔物専用の宿屋なら知っているが、人間が泊まれる場所となると……。すまないが、心当たりはないな」


「そ、そうですか…………」


 絶望の二文字が、稲豊の脳内を埋め尽くす。

 もはや野宿しかないのだろうか。そんな考えが頭をよぎったとき、女性がおもむろにひとつの方向を指差した。


「路地を抜けた先を右に曲がり、道なりに行けば人間たちの集落がある。そこなら或いは……」


「ほ、本当ですか!?」


 稲豊は顔をパアと明るくし、身を乗り出した。

 人間がこの街にいる。それも大勢で。


「なんて名前の場所なんですか? その、人間たちの集落って?」


「ああ、それは…………“非人街(ひじんがい)”。そこはそう呼ばれている」


「ひじん……がい?」


 非人街。

 その名前を脳内で反芻するほど、何だか嫌な気分になってくる。


「やはり君は、あの街の者ではなさそうだな」


「は、はい! 俺はちょっと別口というか、説明すると長くなるやんごとなき理由がございまして。えっと、なにか用事があったんですよね? い、急いだ方が良いと思いますよ!」


 たとえ相手が親切な者でも、『異世界から来た』とは口にできない。

 それがどういう結果をもたらすのか、稲豊にはまったく予想がつかなかったからだ。


 もし『異世界人=悪』の式が成り立つ世界なら、投獄される可能性もゼロではない。

 用心深い稲豊は、もう少しこの異世界の様子を探ることにした。


「たしかに路地裏(ここ)はあまり居心地のいい場所でもないしな、我はもう行くことにしよう」


「ありがとうございます。本当に助かりました」


 女性は背を向けたあとで右手を上げ、腰ほどまである金色の髪をなびかせながら、颯爽と駆け出した。その後ろ姿は、あっという間に稲豊の視界から消える。しかし、消える直前に見えた彼女の“ある部分”が、稲豊の頭に引っかかった。


「尻尾は無いのか……」


 犬耳美女の後ろ姿には、どこにも犬の尾は存在しなかった。

 そのアンバランスに若干の寂しさを覚えつつ、稲豊は自身の右手を眺める。


「いでよ炎!!」


 稲豊は右手を限界まで開き、詠唱しながら前に突き出す。

 当然のようになにも起きない。


「いでよカマイタチ! 爆発! 雨! 氷柱! このさい自爆系でも良いから!!」


 薄暗い路地裏に、稲豊の虚しい叫び声が木霊する。


「ま……分かってたけどね……」


 茶番もほどほどに切り上げた稲豊は、路地裏の奥を目指して足を踏み出す。


 しかしそのとき――――――

 稲豊は自身の両手の異様な軽さに気がつき、同時に顔色を青くした。


「ない……!?」


 女性との衝突前に持っていた、調理器具の入った鞄が見当たらない。衝突の拍子に手を離れたことに思い至った稲豊は、必死に周囲を探した。


「…………あ、あった!」


 稲豊はすぐに、数メートル先の地面に落ちた鞄を発見する。そして飛びつくように鞄を抱きかかえると、頬づりしたあとで中身を確認した。鞄が開いた状態で落ちていたので、中身が無事か気になったのだ。


「良かった、調理器具は無事だ!」


 鞄に固定していたことも幸いし、どの調理器具も無事な状態で収まっている。しかし安心したのも束の間、稲豊は違和感に気がついた。


「ちょ、ちょっと待て!? 俺のタッパーどこ行った!? 昨日つくった料理が……ひとつだけになってる!?」


 しかもよりにもよって残っていたのは、ネタで作った自信作二号こと『牛の干し肉』だった。不味くはないが、別のに入っていた『そぼろ味噌大根』と比べたら、やはり格落ち感は否めない。


「どこだ! どこにいった! 俺の貴重な食料がぁ……!?」


 絶望の声が路地裏の闇へと吸い込まれていく。

 それからしばらく稲豊はタッパー探しに没頭するが、ついに発見には至らなかった。


「やっぱり俺って、不運なのかな…………」 


 砂埃にまみれた稲豊は、がっくりと肩を落とす。

 そして後ろ髪を引かれる思いで、路地裏をとぼとぼと去っていくのだった。


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