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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第一章 魔王との出逢い
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第3話   「俺のじしんさくぅぅぅ!!!!」



『人間がいるかもしれない』


 微かな希望は、稲豊の足を急がせた。


「さっきのオークの言い方だったら、たぶんこの街のどこかにいるはずだ」


 稲豊は予想というより、願いに近い理論を組み立てる。

 だが城下町は予想以上に広く、なかなか目当ての場所には辿り着かない。



「くそっ! 明るい場所だけじゃダメか?」



 そんな稲豊の前に佇むのは、光を拒んだ、喧騒とは対局の場所――。


『路地裏』である。


 漫画やアニメでは犯罪率が飛躍的に上昇し、嫌な者との遭遇率もアップする、あの路地裏だ。


 本来であれば避けて通りたい場所ではあったが、背に腹は代えられない。

 稲豊は深呼吸したのち面を上げ、暗く澱んだ路地裏の影に足を踏み入れた。



:::::::::::::::::::::::::::::::::::::



「な、何も出ねぇじゃねぇか……拍子抜けだぜ!」


 威勢のいい言葉だが、稲豊の腰は引けている。

 それでも、路地裏の半分も進んだころには、最初にあった緊張の糸は解けていた。「どうやら考え過ぎだったな」そんな楽観すら稲豊の口をついて出る。


 しかしそれから数秒後、彼の楽観は覆されることとなった。

 路地裏には、やはり魔物が棲んでいたのである。


「ひでぶ!?」


 それは唐突にやってきた。

 建物の狭い隙間から飛び出してきた物体が、稲豊をね飛ばしたのだ。

 

 衝突のあまりの勢いから、稲豊の体は数秒間も空中に投げ出される。


『この世界に来てからこんなんばっか』


 そんなどうでも良い思考が頭に浮かんだのち、受け身すら許してもらえなかった稲豊は、石畳の上に無常にも叩きつけられた。


「ぐはぁ!!!!」


 一瞬息が止まり、肺が必死に酸素の取り込みを開始する。

 処理が追いつかない脳の影響で、稲豊はすぐに立ち上がることができない。


 天を仰ぐように大の字に倒れた稲豊。

 そんな少年の視界に、ふいにこの現状を招いた者の頭が映り込んだ。


「す、すまない、急いでいたのだ。許せよ少年」 


 妙齢の女性、それもかなりの美形である。

 研ぎ澄まされた輝きを放つ切れ長の眼、その瞳は美しい黄金色をしている。

 鼻筋も高く、頬から口元にかけての曲線が悩ましい。


 ふだんの凛々しさも想像に難しくないその顔が、今は眉をへの字に変え、困惑した表情となっている。


「いつっ!」


 女性の手を借りてなんとか立ち上がった稲豊は、苦痛に顔を歪め腰を押さえた。

 打ち所が悪かった腰は、時間が少し経った今でも、断続的な痛みを稲豊へと送る。


 そんな少年の苦しげな表情に気付いた女性は、慌てた様子で稲豊の背中側にするりと周り、痛む腰へと右手を添えた。


「本当にすまなかったな。少しジッとしていてくれ、直ぐ治す」


 男勝りな口調だが、声や仕草からは慈愛が溢れんばかりだ。

 そんな女性が小声で詠唱すると同時、腰に当てていた右手から真珠色の淡い光が球状に広がる。


 そしてものの十秒も経たないうちに、稲豊の痛覚神経にあれほど訴えていたはずの腰の痛みは、嘘のように引いていった。


「…………治癒の魔法」


 稲豊の口から、自然に言葉が飛び出した。

 ファンタジーではお決まりとなった魔法だが、実際に体験するとその感動は一入ひとしおである。


 この世界に魔法があると知ったのも、感動を大きくするのに一役買っていた。

 女性は擦り剥いた左肩も目ざとく見つけ出し、そこにも触れて治癒魔法を展開した。


「どうだ? 他に痛む箇所はないだろうか?」


 両手で稲豊の服を軽くはたきながら、女性は優しく声をかける。


「い、いえいえ! 平気ッス! もうまったく痛みはありません」


「そうか、良かった」


 稲豊の正面に立った女性は、安堵の吐息を漏らすと同時に、強張っていた表情も緩めに入る。そして改めて女性の全身が視界に収まった稲豊は、『やはり凄い!』と心の中で万歳三唱(ばんざいさんしょう)をした。


 上半身に薄手の鉄鎧を纏っているにも拘わらず、自己主張の激しい豊満な胸。

 ロングスカートの両脇のスリットからは、肉付きの良い長い足と、健康的な肌が惜しみなく覗いている。


 視線を上へとスライドさせると、稲豊より拳二つ分は高所にある彼女の頭から、ぴょこんと生える犬の耳。それは時おり音を探すように向きを変え、愛くるしさを撒き散らす。


『……触ってみたい』


 動物好きの本能が大いに騒いだが、稲豊はそれを理性で鎮めた。

 

「えっとその……大丈夫ですか? 急いでいるんですよね?」


「問題ない、既に見失っているからな。少年にぶつかってしまった時点で諦めはついているので、君は気にしなくて構わないさ」


 稲豊は心の中で『問題しかないのでは?』とツッコミを入れる。

 しかし、ようやく見つかった話の分かる異世界の住人。“このチャンスを逃すわけにはいかない”と、稲豊はここぞとばかりに質問を口にした。


「この街に人間が集まる場所があると聞いてきたんですけど、知ってますか? 教えていただけたら嬉しいなぁ――――なんて」


非人街ひじんがいの事を言っているのか? 路地を抜けた先を右に曲がり、道なりに行けばある場所だが……」


 指を差して道筋を説明する女性。

 人の存在があっさり判明されたことに驚いた稲豊だが、そのときの彼が気になったのは、女性の怪訝そうな顔とその名称である。


非人街ひじんがい


 その名を記憶するため脳内で復唱するたび、稲豊はどことなく嫌な印象を覚えた。


「そんな質問をするということは、君はあの街の者ではないのか?」


「は、はい。俺はちょっと別口というか、説明すると長くなるやんごとなき理由がございまして。えっと、だれかを追跡中なんスよね? い、急いだ方が良いと思いますよ!」


 たとえ相手が親切な者でも、『異世界から来た』と口にはできない。

 それがどういう結果をもたらすのか、稲豊にはまったく予想がつかなかったからだ。

 

 もし『異世界人=悪』の式が成り立つ世界なら、投獄される可能性もゼロではない。

 用心深い稲豊は、もう少しこの異世界の様子を探ることにした。

 

「たしかに路地裏ここはあまり居心地のいい場所でもないしな、我は追跡に戻ろう」


「ありがとうございます、本当に助かりました」


 女性は背を向けた後で右手を上げ、腰ほどまである金色の髪をなびかせながら、颯爽と駆け出した。その後ろ姿は、あっという間に稲豊の視界から消える。しかし、消える直前に見えた彼女の“ある部分”が、稲豊の頭に引っかかった。


「――尻尾は無いんだ」


 犬耳美女の後ろ姿には、どこにも犬の尾は存在しなかった。

 そのアンバランスに若干の違和感を覚えた稲豊。だが、魔法の存在、目的の場所、目の保養、など有意義な時間を過ごせたことへの満足感の方が強かった。


「いでよ炎!!」


 稲豊は右手を限界まで開き、詠唱しながら前に突き出す。

 当然のように何も起きない。


「いでよカマイタチ! 爆発! 雨! 氷柱! このさい自爆系でも良いから!!」


 薄暗い路地裏に、稲豊の虚しい叫び声が木霊する。


「ま……分かってたけどね……」


 茶番もほどほどに切り上げた稲豊は、路地裏の奥を目指して一歩踏み出す。

 しかしそのとき、彼は自身の両手の異様な軽さに気がつくと同時に、顔色を青くした。


「――っ! 無い!?」


 女性との衝突前に持っていた、料理鞄とビニール袋が見当たらない。

 そのどちらも、衝突の拍子に手を離れたのは明らかであった。


 美女との遭遇で舞い上がっていたとはいえ、完全に失念していたことを、稲豊は驚きながらも反省する。自信作壱号には先ほど命を救ってもらったばかり、稲豊は必死の形相を周囲へと向けた。


「…………あった!」


 数メートル先の地面に、料理鞄を発見する稲豊。

 彼は飛びつくように鞄を抱きかかえると、頬づりした後でその中身に視線を走らせた。


「良かった、中身も無事だ!」


 どの調理器具にも致命傷はついていない。

 稲豊は安堵したのも束の間、次にビニール袋の捜索を開始する。

 これも建物の隙間から、比較的すぐに見つけられた。


 時間の経過により味が数段落ちているとはいえ、貴重な貴重な地球の食料。

 稲豊は小走りで駆け寄り、ビニール袋を左手で持ち上げる。


「ん? …………軽くね?」


 あきらかに重量が軽くなっているビニール袋。

 嫌な予感が、容赦なく稲豊の脳裏をよぎっていった。


「……な、ない!?」


 慌てて中身を確認した稲豊は、タッパーが一つになっていた事実を知る。

 残っていたのは、よりにもよってネタで作った自信作参号(牛の干し肉)のみであった。


「俺のじしんさくぅぅぅ!!!!!!」


 絶望の絶叫が路地裏の闇へと吸い込まれていく。

 それからしばらく稲豊はタッパー探しに没頭するが、ついに残りの二品を見つけることは叶わなかった。



「やっぱり路地裏なんてろくなもんじゃない……」



 埃にまみれた稲豊は、がっくりと肩を落とす。

 そして後ろ髪を引かれつつも、路地裏をとぼとぼと後にした。




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