第1話 「夢であれ! 夢であれ!!」
タイトルは主人公がネタでコメントしているだけなので、本編と関わりがない場合もございます。
「き…………ぶ……………………か……?」
遥か遠くから、誰かの声が聞こえる。
稲豊には聞き覚えのない、男の声だった。
「しっ…………まえ…………きみ……!」
少しずつ、稲豊の意識が覚醒する。
それに伴い、男の声も次第にはっきりしていく。
「大丈夫かね君! しっかりしたまえ!!」
「………………え? あれ?」
稲豊は体を起こし、そこでようやく自分が仰向けに倒れていたことを知る。しかしそんなことよりも稲豊が気になったのは、目の前にいる男のことだった。
「良かった。気がついたようだね」
そう声を掛ける男は、奇妙なことに全身を西洋甲冑で覆っていた。
顔はおろか、肌さえ鎧のせいで見ることができない。
「えっとあの……はぁ」
まだ頭が上手く働かない稲豊は、気の抜けた返事を返す。
しかしそれでも立ち上がり、周囲へ視線を走らせることにした。
「何だぁ…………コレ」
稲豊の前にあったのは、巨大な鉄の門だった。
門は高さ十メートルを有に超える石壁の間にあり、その石壁も遥か遠方どこまでも続いている。
もちろん、稲豊が生まれて初めて見る光景だ。
「あの、すいません、ココって……どこですか?」
稲豊が訊ねると、鎧の男は困惑した様子で首を傾げた。
「どこって……モンペルガの東門だが」
「は? モンペ……? 東門?」
聞いたこともない場所だ。
そしてどうして自分がそんなところにいるのかも、理解できない。
「そうだ、携帯」
稲豊はポケットから携帯電話を取り出すと、すぐさま起動させた。もしかしたら、GPSで現在地が分かるかもしれないと考えたからだ。
しかし携帯電話の画面には『圏外』の文字。
「石壁に巨大な門って……RPGの城門そのものじゃん。何かのテーマパークか? 日本にこんな場所あったっけ?」
だがどれだけ考えても、答えは出そうになかった。
「君、身分証は持っているのか?」
「身分証? 入場チケットじゃなくて?」
「は? チケ? 身分証は持っていないのか?」
稲豊は仕方なくズボンのポケットにあった財布を手に取り、遠出をするために取得した原動機付き自転車の免許証を取り出す。そしてそれを甲冑男に差し出した。
「なんだこれは?」
「なにって……運転免許証ですけど? あ、もしかしてマイナンバーカードの方とか?」
「まいなん? いったい君がなにを言っているのか、さっぱり分からん」
甲冑男が首を傾げるが、稲豊も同様に首を傾げることしかできない。
しばらく沈黙の時間が続くが、それは別の男の声によって終りを迎える。
「おい、マース。そろそろ交代の時間だぞ」
門の脇に据えられている、古風な小屋。
そこからまた甲冑を着た男が現れ、稲豊らの方へ近づいてきた。
「それがな、ミース。どうやらこの人間が色々と妙なことを言っていてな。身分証も無いらしい」
マースと呼ばれた男は、困惑した様子で返す。
新しくやってきた甲冑男は、稲豊の全身をまじまじと見つめた。
「確かに妙な格好をしているな……。う~む、君には申し訳ないが、持ち物を検めさせてもらうぞ。そこの黒い箱も、君の持ち物なのだろう?」
「箱? あ!」
男の指差す先には、稲豊が家から持参した鞄が落ちていた。
「これもまた、妙な箱だな」
石畳の地面の上にあった鞄を持ち上げ、男たちは訝しげに見つめる。
そして稲豊の見ている前で、鞄の中身が検められる。
良い気分ではなかったが、稲豊にはどうすることもできなかった。
「包丁に、箸……それとこれば調味料か?」
「この四角い容れ物に入っているのは、なにかの料理だな。これ、君が作ったのか?」
いきなり訊ねられ、稲豊は「あ、はい」と反射的に頷いた。
すると男たちは、なにかひそひそ話を開始する。
「料理人か……。ひょっとすると、貴族の関係者かもしれないぞ?」
「身なりも奴隷のものには見えん。おそらく使用人だろうな」
「確証があるなら捕まえれば良いが、そうでなければ放って置けばいいさ。変に干渉して、貴族連中に文句を言われてはかなわん」
「そう……だな、こんなに言動の怪しい間諜もいないか」
ひそひそ話を終えたふたりは、おもむろに稲豊の方を向いた。
「君、行っていいぞ。もうこんな場所で寝たりしないようにな」
「あ、はあ……じゃあ俺、病弱な妹が家で待ってるんで行きますね(大嘘)」
稲豊は訳もわからぬまま、解放される。
そしていつまでも門の前にいても仕方がないので、とりあえず歩き出すことにした。
頭の中は、いまでも困惑で埋め尽くされている。
「いったい……なにが起きたってんだ? 謎の組織に連行されて、変な実験の被験者になったとか? それともテレビの大掛かりなドッキリに、俺が選ばれた……的な」
周囲を見渡しても、カメラの類は見つからない。
それどころか、日本建築とは明らかに違う建物が視界に入り、その度に不安が膨れ上がっていった。
住宅街といった雰囲気のそこは、中世ヨーロッパを彷彿とさせる古風な西洋建築が乱立している。街並みに溶け込むように置かれた看板の文字も、見覚えのない奇妙な文字の羅列でしかない。遥か遠くへ視線を向ければ、なにやら巨大な城のようなものまで見える。
間違いなく、日本では見られない光景だった。
しかし稲豊は住宅街を抜けた先で、更に異様な光景を目の当たりにすることになる。
「う、嘘だろ…………?」
そこは大きな十字の道路で、先ほどの道とは違い、多くの住民たちが行き交う大通りだった。馬車が何台も稲豊の前を横切り、粉塵を巻き上げている。
いや、それを『馬車』と表現して良いものか、稲豊には分からなかった。
大きな荷台を牽引するのは、巨大な猪だったからだ。
それも足が六本もある、異様な猪だ。言ってみれば、猪車という名が相応しい。
だが稲豊が驚いたのは、猪にではない。
歩道を歩く住民たちの姿が、人間のそれとは大きくかけ離れていた点だった。
「鎧を着た二足歩行のトカゲに、斧を担いだ青色の巨人。全身が毛むくじゃらの犬人間に、羽の生えた鳥人間…………」
そのどれもが、二足歩行で大通りを跋扈していたのだ。
特殊メイクや着ぐるみの類でないことは、ひと目でわかる。
ゲームに出てくるような魔物たちが、普通に稲豊の前を歩き横切っていく。
「夢……だよな? ハハハ……こんなの現実なわけねぇよ……」
しかし照りつける太陽も、頬を流れる汗も。
自分の鼓動の音でさえ、ここが現実であることを如実に物語っている。
魔物たちに道すがら奇異の視線をぶつけられても、稲豊は引きつる自分の頬を止めることはできなかった。
「もしかして、ここって外国とかテーマパークじゃなくて…………異世界?」
稲豊は自分の置かれた絶望的な状況に、ようやく気がついたのだった。
現在、一章から文章を少しずつ修正しております。




