133話
クラストオーブとの戦闘は一筋縄ではいかないものだった。動きそのものは決して俊敏とは言えず、その巨体もあって攻撃を当てること自体はそう難しくない。
事実、エリカは弓も魔法も確実に命中させている。しかしそれによってダメージを受けている様子が見られない。
「『ボルトランス』!」
今一度魔法を放つもクラストオーブは動きを止めることもない。
だが幾度かの攻撃のおかげでようやくカラクリが見えてきた。
「やはり障壁のようなものを展開しているようですね」
よくよく観察してみれば、ボルトランスが直撃する瞬間に何かに阻まれたように弾けて消えた。
弓矢による攻撃に対しては同様の事象が起きていないことを鑑みるに、あれは恐らく魔法・魔力に特化した障壁の類いなのだろう。
「ああ。魔法や魔力を用いた術技の効果は薄そうだ」
「なら剣で直接ぶった斬ってやれば!」
言うや否や、ライナーが間合いを詰めるべく突進する。
確かに物理攻撃に切り替えるのは正しい考えだ。しかしエリカの弓矢ではあの金属製の装甲を破ることはできず、物理的な攻撃であっても並大抵の威力では意味を成さないだろう。
加えて言えば、クラストオーブの動き自体は速くないものの、その体内から蠢く様に露出した複数の太いワイヤーらしきものが相手への攻撃と牽制を兼ねているようで、接近して物理攻撃を仕掛けるのも難しい。実際、ライナーも近づくのに苦労し後退せざるを得なくなる。
「くそ、戦いにくいぜ」
ライナーがそう感じるのも無理はない。魔法が通じない相手、しかもこちらの手数が限られている状況では単騎で挑んでも勝ちの目は薄い。
何よりエリカ自身がクラストオーブとの相性が悪い。ここにいるのが自分ではなく他のパーティーメンバーやウェントス達であれば話は変わっただろう。とはいえ今ここにいるのは自分なのだからできる限りのことをするしかない。
「エリカさん、君は射撃の精密さに自信はあるか?」
攻略の手立てを考えていると、何か作戦でも思いついたのかフィンセントがそう尋ねてくる。
「対象物の大きさや動きにもよります。何を狙えばよいのでしょう?」
「クラストオーブのあのワイヤーのような物体だ。私に向かってくるものを弾くことは可能だろうか?」
その質問でフィンセントの狙いがなんとなく読める。だがそうなると、エリカとしてもシビアに判断しなければならない。
「確実性をもって弾けるのは二本まで。それ以上の数となると撃ち漏らす確率は上がります」
「いや、充分だ。というか同時に複数の対応ができる、なんて返答がくるとは思わなかった」
その口ぶりからするに、フィンセントとしては一本でもいいから弾けるのかを聞きたかったようだ。
エリカの感覚を基に言えば二本までなら確実に当てることはできる。三本でも九割程度はすべて落とせるが、四本以上となると精度も落ちるし、何より物理的に手数が間に合わなくなるだろう。
「ライナーくん」
「は、はい!」
「君と私でクラストオーブに突っ込む。エリカさんが弾き落とせなかった分のワイヤーは君が対応してほしい」
「分かりました!」
「私達で貴方をクラストオーブに接近させればよいということですね」
「そうだ。間合いさえ詰められれば、あとは私が仕留めてみせる」
フィンセントは力強く言い切った。聖王騎士団団長という肩書もさることながら、その泰然自若とした佇まいはある種のカリスマ性のようなものを感じさせる。
単純な強さだけではなく、彼ならば大丈夫と思わせるものがあるからこそ騎士団団長の座に就いているのだろう。
ハロルドとは異なった在り方で、しかしその姿は少し似ているようにも思えた。
市井の人々から英雄と称されるフィンセント。その名声は王国を飛び出し、他国の人間にも伝わっていると聞く。
片やハロルドの風評はそれとは真逆のもので、彼自身も面と向かって英雄などと呼ばれれば眉根をひそめて嫌がるだろう。もはや見慣れた不機嫌そうな表情さえくっきりと脳裏に浮かび上がる。
けれどエリカにとっては間違いなく、ハロルドは英雄なのだ。彼がいなければ自分も、家族も、スメラギの領民もどうなっていたか。想像するだけでも恐ろしい。
「準備はいいかい?」
「ええ」
「いつでもいけます」
「いい返事だ。では始めるとしようか!」
フィンセントとライナーが駆け出す。すると案の定、クラストオーブが二人に目がけてワイヤーを殺到させる。その数は四本。
「『楓花旋』」
同時に放たれる三本の弓矢。単純な威力だけで言えば魔法を交えた術技を使った方がいいのだが、魔力・魔法を無効化されることを想定して純粋な弓矢のみの射撃を選択した。
ただしそれでは命中しても力負けによって撃ち落とせない可能性もある。その威力不足と精密性を底上げするために必要になるのが魔力による軌道の遠隔制御。命中する直前までの魔力操作なら障壁に阻まれることはない、とエリカは判断した。
とはいえ軌道の遠隔制御など言葉にするほど容易ではなく、実際にそれを行うとなると一朝一夕では到底会得することのできない離れ業だ。
(これで撃ち落とせるのは三本まで。ならば……!)
フィンセントとライナー、そしてそれぞれのワイヤーの位置関係を正確に把握し、ライナーが“最も迎撃しやすい一本”を残して撃ち落とす。
ギギギン、という金属質な音が響く。三本の弓矢は正確に狙ったワイヤーへ命中し、その軌道を逸らして二人が突き進むための道を拓いた。
「でりゃあ!」
そしてエリカが残したワイヤーを、ライナーが一振りで叩き落す。そのライナーを追い越してフィンセントが前へ出る。
それを阻止しようとクラストオーブがさらに別のワイヤーをくり出すが、一手遅い。
再度の金属音が響き、先ほどと同じようにワイヤーの軌道が逸れる。エリカの二射目によって放たれた矢が、まるでリプレイのようにそれらを正確に撃ち落とした。
これでもう、フィンセントとクラストオーブの間に侵攻を阻むものは存在しない。
右足で踏み込んだ地面がその威力に耐え切れず、音を立ててひび割れる。その右足を軸にして、さらなる推進力を得たフィンセントは右上段から袈裟斬りを放った。
「『星覇一刀』!」
それはまるで、音を置き去りにしたと錯覚するような一振りだった。障壁が発動しているようには見えなかったということは、今の技は術技ではなく純粋な剣術なのだろう。
障壁も含め、その強固な外殻による鉄壁の防御力こそクラストオーブの脅威であったはずだ。けれどフィンセントの一撃でクラストオーブは真っ二つに両断され、重々しい音と共に崩れ落ちた。
ハロルドやライナーが扱っているものよりも一回り大きい大剣。それをこれほどの速度で振れるその膂力にはさすがにエリカも驚きを隠せない。
個人の武勇で見ても、恐らくハロルドに勝るとも劣らない傑物。
「い、一撃で…⁉」
「お見事です」
「ありがとう。だが、君達の助けがあったからこその結果だ」
エリカの見立てではフィンセントなら一人でもこのモンスターを撃破することは可能だ。とはいえその場合であれば今ほど損耗を抑えられたかは分からないし、そういう意味ではこの言葉も謙遜だけではないのだろう。
「さて、一先ず片は付いたが……」
言葉を止めて思案するフィンセント。
その視線の先には崩落跡から続いていたものとは異なるこの空間への出入り口だった。問題はそれが二つあることで、恐らくは片方が地上へと向かうもの。そしてもう一つはさらに先のどこかへ通じていると思われる道だ。
「どちらに進むべきか、ですか?」
「ああ。普通に考えれば最深部を目指すべきだが、それが正しい保証もない」
「なら二手に分かれるとか」
「これ以上人数を減らすのはさすがに危険だろう。進んだ先にまたクラストオーブのようなモンスターがいるかもしれない」
フィンセントの言うことは尤もだ。少なくともエリカ単独であればクラストオーブには勝てなかった可能性が極めて高い。
二手に分かれることを前提とするなら一人になるのはフィンセントだろうが、何が待ち受けているか分からないこの場においては彼であっても絶対に安全と言えるわけでもない。ハロルドを助けるためだとしても、彼以外の犠牲を許容できるかというと答えはノーである。
「……私は最深部を目指すべきだと思います。ライナー、先ほどのモンスターは以前ヒューゴが遺跡の奥で戦った個体と似ていると言いましたね?」
「ああ。ヒューゴの話で聞いたモンスターと特徴は一致してるはずだぜ」
「もしここが元は遺跡で、そこにユストゥス博士が手を加えたと仮定するならば、当然なんらかの目的があるはずです」
その目的までは不明であるが、ここまで大掛かりなことをするのであれば限りなく人目に付きにくい、誰にも辿り着かれない場所を選ぶだろう。
仮にここが遺跡の最深部付近だったとするなら、それより上の階層であれば冒険者らが立ち入ってくることは考えられる。
「なるほど。そんな危険性のある場所に秘密を隠そうとはしない、か」
もちろんこれも確証があるわけでもない。ユストゥスの目的によっては上層階に何かしらの秘密があってもおかしくはないのだ。
あくまで手持ちの情報だけで推測すれば、という話ではある。
「そうと決まれば早く行こうぜ!もし何もなければ、その時は上の階を調べたらいいんだからさ」
「ええ、そうしましょう」
ライナーのやると決めたら迷わないこの姿勢はエリカとしても見習いたいところである。時には猪突猛進だと諫められてしまうこともあるが、考えすぎて動きが鈍くなってしまう自覚があるエリカからすれば、それは間違いなくライナーの長所だ。
そんな彼を先頭にしてエリカ達は最深部を目指してさらに地下深くへと降りていく。
その道中はこれまでの人工的な造りとは異なり岩や岩盤がむき出しになっていて、最低限の舗装もなされていない。
ライナー達との旅の中でエリカは一度だけ遺跡というものに入ったことがあるが、ここはまさに記憶になる遺跡の内部と酷似している。やはり考えていた通り、元々遺跡だったことは間違いなさそうである。
以前探索した遺跡と異なる点があるとすればモンスターの姿を一切見かけないことだ。あの時はかなりの数の戦闘を行うことになったというのに、今はモンスターの気配すらしない。
三人の足音が響くだけの異様な静けさ。そんな中を警戒しながらも淀みない足取りで進んでいく。
モンスターとの戦闘がないだけにそのペースは非常に良好であった。そうしてしばらく進んでいくと、遺跡内の雰囲気も少しずつ変化していく。
凹凸が激しかった壁面は整えられてなめらかになり、足元もほぼほぼ平坦となってだいぶ歩きやすくなる。人の手が加えられているのは明らかだ。
「ん?なあ、あれって……!」
ライナーが何かに気付いて声を上げる。
指を指した先にあったのは表面に何かの紋様が彫り込まれた大きな石造りの扉だった。見るからに重厚で、とても人の力で開閉できるような代物には思えない。
だが扉があるということは、この奥には何かがあるはずなのだ。
「この扉は開けられるのでしょうか……?」
問題点はそこである。いくらフィンセントがいると言っても、とても腕力でどうにかなるものではないだろう。
どうしても難しい場合は魔法を叩き込んで扉を破壊することはできるかもしれないが、閉鎖空間で高威力の魔法を発動させるのにはリスクが伴うし、奥に何があるか分からない以上はあまり強硬な手段は使いたくない。
さてどうしたものか、と頭を悩ませ始めた瞬間だった。
ゴゴゴゴゴ、という重々しい音と地響き。まるで三人がくるのを待っていたかのように巨大な扉が自動で開き始めたのである。
何かが起きるのか、とエリカ達は身構えた。しかし開ききった扉からモンスターが飛び出してくるわけでもなく罠が仕掛けられている様子もない。
そこにあったのは少し高くなった、祭壇のような台とその中心に聳える高さ三メートルほどの光の柱。
そして――
「ご足労をおかけしたようだね。まあこんな場所だ、もてなしは期待しないでもらおうか」
ボサボサの白髪にくたびれた白衣。眼鏡越しの双眸は生気が薄く、こちらを見ているようでその実は目の前のものすら映していないようにも感じる。
モンスターを操って街を襲撃し、この大崩落を引き起こした可能性が極めて高い渦中の人物。
ユストゥス・フロイントが光の柱の前に立っていた。
「まさか、今ここに貴方がいらっしゃるとは思いませんでした」
それはフィンセントの言葉ではあったが、エリカとライナーも同様の心情である。
もちろんこの遺跡にユストゥスが手を加えた可能性を考えればいてもおかしくはないのだが、こうもあっさり自分の姿を晒すとは思ってもみなかった。
こちらがユストゥスを一連の事件の首謀者だと疑っていることを知らないわけがない。
「想定外にどう対応するのかも君の腕の見せどころだろう?」
「ならば大人しく貴方の身柄を確保させていただきたいところですが」
「ほう、それは意外だな。ハロルドではなく私を優先するのかね」
ユストゥスの口からハロルドの名前が出る。それ自体はユストゥスがハロルドの行方を知っている、またはその身を抑えている確証にはならない。
しかしこちら側の目的は完全に見透かされているようだった。
「フロイント博士」
「何かな?お嬢さん」
「ハロルド様が今どこにいるのか、貴方はご存じなのですか?」
「ああ、知っているとも。彼の婚約者としてはやはり気になるだろうな」
単刀直入なエリカの問いかけに、ユストゥスはあっさりと口を開いた。
イツキは直接の面識こそないが、カブランにハロルドを呼び出す際に手紙でユストゥスとコンタクトを取ったと聞いている。より正確に言えばアストラル研究所の窓口を通してのやり取りという形ではあるのだが、それでもやはりユストゥスはエリカのことをしっかり認識しているようであった。
「知りたいのならば教えてやってもいい」
「……対価はなんでしょう?」
「別に何も。ただ、ボクなりの親切心さ」
「うさんくせぇ……」
ライナーが小さな声でそんな言葉をこぼした。エリカとしても似たような思いではあるが、それ以上にユストゥスの思惑が読めず不気味さが勝る。
初対面ということを差し引いても、面と向かって会話をしているのに全くと言っていいほど情報が読み取れないのはエリカとしても経験のないことだった。
話している言葉だけではない。その瞳は虚空を映し、声色は無機質。目の前にいるはずなのにそこに存在していないのではと錯覚してしまいそうになる。
「まあ強いて言うなら覚悟が必要か」
「覚悟……?」
ここにきて初めて、ユストゥスの顔に表情が現れる。それは明確な喜色だった。
しかしその喜色は決して無邪気なものではなく、身の毛もよだつ狂気によって彩られていた。
「なんてことはない。ボクの言葉を信じる覚悟だよ」




